ピラジナミドを加えた短期化学療法とは

結核の治療は抗結核薬が発見される前は大気安静療法と言って安静にし、栄養を取る方法しかなかったのですが、その後化学療法(いわゆる抗生物質)が発見され、全身麻酔法が発達し外科療法が行われました。有効な薬剤がなかったために肺がんのように肺の一部を切除する方法が行われていました。昭和30年代は外科療法の最盛期でしたが、イソニアジド、ストレプトマイシン、パスを併用することで、肺結核症は薬で治せることができるようになりましたが、治療期間は1年半も要しました。その後リファンピシンという強力な薬剤が開発されて治療期間は9ヶ月に短縮されるようになりました。
ピラジナミドという薬は1952年に臨床応用されたのですが、毒性が強くそのころは抗結核薬としての評価はあまり高くありませんでした。しかし1970年台に入り、ピラジナミドの再評価が行われ、治療開始2ヶ月間併用すると治療期間を9ヶ月から6ヶ月に短縮しても治療終了後の再発率は変わらないことがわかりました。1970年代後半から全世界で短期化学療法の臨床治験が広範囲に行われ1986年には米国で、1988年には世界結核肺疾患予防連合が6ヶ月の短期化学療法を標準治療として行うように勧告を出しています。WHOは開発途上国では経済的に高価格のリファンピシンを使用できなかったため,対費用効果の研究の結果が出るまで全世界に進めることができませんでしたが、1991年には開発途上国でも結核患者にはピラジナミドを加えた短期化学療法を行うように勧告を出しました。日本ではWHOの勧告よりもさらに5年遅れて1996年4月から「結核の医療基準」に掲載されるようになりました。
ピラジナミドを加える意義は治療期間を3ヶ月間短縮できることだけではなく、耐性結核であっても新たな耐性菌を作らないようにするためです。また治療期間が長くなると自己中断の割合も高くなります。初回治療肺結核症にはピラジナミドが使えない場合以外はピラジナミドを加えた治療を開始することが重要です。
具体的な治療方法は最初の2ヶ月間イソニアジド、リファンピシン、ピラジナミド、エタンブトール(またはストレプトマイシン)を併用し、その後4ヶ月イソニアジド、リファンピシンを使用する方法です。なぜピラジナミドを併用すると治療期間を短縮できるようになったかと言いますと、ピラジナミドは他の薬が効かない酸性環境にいる菌に殺菌的に働くためと考えられています。
結核の治療に多くの薬剤を併用して服用しなければならない理由は、結核菌には自然耐性菌という生まれながらにして薬の効かない菌がわずかにあります。一剤だけを使用していると日がたつにつれ、その薬が有効な菌は死んでゆきますが、 生き残っている薬の効かない菌が徐々に増殖します。そのためいろいろな作用機序の異なる薬を併用します。このことは化学療法の歴史の中で解明されてきたことです。ストレプトマイシンが最初に結核の治療に使われたのですが、全部の患者を治すことができませんでした。その原因は耐性菌の発現によるものでした。ストレプトマイシンにパスという薬を併用するとストレプトマイシンへの耐性菌の発現が減少したことがわかり、さらにイソニアジドを併用すると長期間治療すれば耐性菌の発現を抑えながら治すことができるようになりました。
以上に説明したように、現在使用されている短期化学療法は多くの科学的な研究に基づいて開発されたもっとも強力な治療法です。


副作用を心配される方へ

 どんな薬にも副作用があります。これは抗結核薬も例外ではありません。
現在使われている抗結核薬は10種類しかありません。そのうち効果が優れて副作用が少ない抗結核薬は4〜5種類しかありません。化学療法の進歩にも関わらず、最短でも6ヶ月という長い間治療を続けなけければなりません。他の抗生剤のように副作用がでれば他の薬剤を使うこともできませんので、副作用が出た場合にはいろいろな対処方法があります。

1. 肝機能障害: これはもっとも重要な副作用です。短期化学療法を受けた患者さんの7〜8%が肝機能障害を起こします。症状は嘔気、嘔吐、腹痛、全身倦怠感、食思不振などがあります。黄疸が出ることもあります。肝機能検査で肝臓の酵素の数値が上がります。抗結核薬を服用している場合には少なくても月1回は肝機能検査を行います。異常が出現してもそのまま継続し元に戻る場合もありますが、一時薬を中止しなければならないこともあります。また原因薬剤を中止しなければならないことがあります。そのような症状が出た場合には薬を服用するのを中止し、診察を受けることが大切です。自己判断で、中止したり、継続したりすると重大な結果をもたらすことがあります。

2. アレルギー反応: これはどんな薬剤にも起こります。発疹、発熱、肝機能障害などを起こすことがあります。症状が出たら内服薬はすべて中止し、症状が回復するのを待ちます。その後一剤づつ少量から開始し徐々に増やして症状が起こらなければ他の薬剤を少量から使い始め、徐々に増やしていきます。これは減感作療法と言われていますが、 失敗しますとその薬剤が効かなくなることがあるので、この療法は経験のある医師によって行われる必要があります。

3. その他の副作用: その他の副作用として末梢神経障害(手足のしびれ)、視力障害(視力低下。視野狭窄など)、第8脳神経障害(耳鳴り、難聴、めまいなど)などがあります。薬を開始するときには副作用について十分に説明してもらい、どのように対処すればよいのかを主治医に聴いておくことが重要です。

4. 臨床医の先生へ: 抗結核薬治療を開始するにあたり患者さんに必ず使用する薬剤の副作用についてなるべく具体的に症状の説明をしてください。自己判断で中止したり、継続すると治療失敗する原因となることもあることを告げてください。


調剤薬局とDOT

DOTとは: WHOは塗抹陽性(痰を特別な染色をして顕微鏡で観察し、菌がみとめられ、他の人に感染させる恐れの高い状態)肺結核症の85%以上を治癒させなければその国の結核は撲滅することができないと推定しております。治療失敗の最大の原因は治療を途中で中断することです。日本でも塗抹陽性初回治療の5〜6%が治療を自己中断しています。1994年からWHOなどが抗結核薬を服用するのを他の人に見届けてもらう(Directly Observed Treatment 略してDOT)と治療成功する割合が高くなることから、全世界に「結核患者すべてにDOTを」と提唱しています。患者さんが薬を服用するのを見届ける人には保健所の保健師さん、地域のボランテアなどがあります。2年前から(2001年)複十字病院と結核研究所が協力して調剤薬局でDOTを行うことを試みに行っています。DOTに参加する患者さんの最も都合のよい薬局を患者さんが定め、その薬局で薬を服用する方法です。調剤薬局で薬を服用するのは週2日だけです。最初の2ヶ月は毎日服用し、その後週2回服用します(これを間欠療法といいます)。薬剤師さんは毎回患者さんが服用したかどうかをFAXで連絡します。何か問題が起これば調剤薬局の薬剤師さんに訴えると薬剤師さんは研究所または病院に連絡します。その訴えは医師に連絡され、必要な処置を調剤薬局薬剤師さんに伝えます。このように従来法(薬を1か月分もらい自分で服用する方法)ですと何か問題が起こっても1ヵ月後の外来受診時まで医師がわからないということは避けられます。今までも患者さん自身が副作用だと思っていた症状は別な病気のためであることがわかり、薬を中止することが避けられた、または副作用が早期に見つかり、すぐ対処できたなどの利点があります。調剤薬局におけるDOTに参加している患者さんは90名以上となり、すでに治療を終了した患者さんが50名以上となっています。治療終了時に患者さんと調剤薬局の薬剤師さんからアンケートをいただいておりますが、患者さんからは参加して、中断することなく服用できとても良かった、薬剤師さんからは地域の患者さんのお役に立ててよかったなどの感想が寄せられています。
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間欠療法とは

 間欠療法とは薬を毎日ではなく、週3回、週2回、または週1回服用する方法です。
この治療法は抗結核薬が開発されるとすぐに試みられています。なぜこのような治療が可能かというと結核菌の分裂速度が他の一般細菌に比較して極端に遅いからです。現在までに種々の間欠療法の試みが世界中で行われています。間欠療法の長所は1.副作用が少ない 2.薬代が安い 3.DOTをやりやすい などがあります。短所は、アレルギー反応がおこったり、飲み忘れると治療失敗する危険が高くなることです。ですから間欠療法を行う場合にはDOTを行うことが必須です
間欠療法にもいろいろな方法があります。もっとも早くに開発された方法は肺の中にいる結核菌の数が多い治療初期(治療開始2ヶ月間)には多剤(3〜4剤)併用し、早期に体内の菌を殺菌するために毎日服用します。その後は生き残った少数の菌を殺菌するために普通は2剤(イソニアジドとリファンピシン)を週2〜3回服用する方法です。その後研究が進み治療開始時に週3回法が行われ、毎日服用する方法と同様の治療成績が報告され、米国では標準治療のひとつとして採用されています。また新薬の開発により、一部の患者さんには最初の2ヶ月は毎日服用し、その後週1回服用し、治癒させることができるようになりました。
 日本では過去に間欠療法が行われましたが、最初から間欠療法を行ったため、副作用が多く、医療基準に採用されませんでした。私たちが試みに行っている方法は最初2ヶ月間毎日治療し、副作用のためにイソニアジド、リファンピシン、ピラジナミドのいずれかが使えなかった場合には間欠療法は行っておりませんので、いままでに副作用で間欠療法ができなくなった患者さんは1人だけでした。また薬の効かない菌で発病した患者さんは間欠療法を行っていません。
 DOTを完全に行うためには毎日服用するのを見届ける必要があり、これには莫大な費用がかかります。日本で試みられているDOTの方法は毎日服用しているが、患者さんの条件により週何日対面服薬を行うかきめて間欠的に服薬確認する方法です。この方法でも従来法よりは治療成績を向上させるためには有効と思われますが、間欠療法を取り入れることによりより完全な形のDOTが行われます。


悲劇を繰り返さないために

研究室には一枚の写真が飾られている。そこには2人の若い女性が勝利のVサインをしながら写っている。二人とも胸の奥に不安を秘めているような何処となく憂いをおびた表情で、若い女性独特な底抜けの明るさはみられない。一人の女性は16歳から結核と闘い、31歳の若さでその人生を閉じなければならなかった。一方の女性は自国で病を得、2回ほど治療を受けたが、回復するには至らなかった。日本人と結婚することになり来日したが、結婚生活もつかの間、東北のある地方都市で多剤耐性結核と診断されて、複十字病院に紹介され、片肺切除という大手術が必要であったが、排菌も停止し、現在は地元の病院で治療を継続している。亡くなった女性は隣の県で十数年間も治療を続けていたが手の施しようもなくなるまで専門家の手に委ねられることなく、一方の女性は数ヶ月前に日本に来て、地元の先生の的確な判断で、専門家の手に委ねられ、治癒への道を歩んでいるのである。人生は皮肉なものである。
亡くなってからご両親から丁寧なお礼のお手紙をいただいた。末尾には「娘のような患者を出ないようにがんばってください」と。

 結核は現在では誰でもが治癒できる病気であると考えられているが、治癒できるためには以下の3項目が満たされる必要があります。このいずれもが欠けると今でも治せない病気です。

1. 治せるうちに発見されること
(肺がぼろぼろになってから発見されても治せない)
2. 有効な抗結核薬が複数あること(わずかな病巣でも効く薬がないと治せない) 
3. 規則的に一定期間服用すること(結核菌はしぶとい菌です)

2000年に行われた厚生労働省の「結核緊急実態調査」で明らかになりましたが、全国に1,234名の持続排菌例(2年以上結核患者として登録され、1年以上排菌が続いている患者さん)の治すことができなくなった原因について調査していますが、治療の自己中断がもっとも多く約40%、次に多いのは失敗した治療に新たな抗結核薬を追加したが約30%、その他糖尿病の合併約20%、副作用で中断したが約20%でした。このような持続排菌の患者さんを作らないためにも、自己中断を防ぐためにもDOTをもっと導入してゆくことが必要です。治療の原則は一剤のみの治療を行わないことですが、治療中に再度排菌陽性になることは服用している薬が効いていないことですので、新しい薬剤を追加しますとその薬が効いている間は症状も治まり、痰の中の菌数も減少していくので、一見して治るように見えますが、実際は多くの薬剤の効かない結核にしてしまう危険な状態です。一度治療に失敗したり、コントロールしがたい副作用が出た場合には専門家に任せることが重要です。

和田雅子