○はじめに
2001年11月1〜4日、フランスのパリで国際結核肺疾患予防連合(IUATLD)の「第32回肺の健康世界会議」(IUATLD世界会議)が開催された。また、それと前後してストップ結核パートナーシップの「DOTS拡大ワーキンググループ会議」、並びに「インセンティブの使用に関するワークショップ」が開催された。近年、IUATLD世界会議には前後してストップ結核パートナーシップの会議が行われることが多くなったが、今年は、いつ現地に到着し、いつ帰国の途につくか、直前まで悩むほど盛りだくさんであった。
○第2回ストップ結核パートナーシップ
DOTS拡大ワーキンググループ会議ス トップ結核パートナーシップについては、本誌前号(283号)をご参照いただきたいが、IUATLD世界会議に先立つ10月31日、第2回DOTS拡大ワー
キングループ(DOTS Expansion Working Group ,DEWG)会議が、WHO主催、オランダ王立結核予防会(KNCV)とIUATLDの後援、一部USAIDとWHOの資金協力によって開催された。2000年3月に行われた「アムステルダム会議」(本誌273号)の後、同年11月にカイロで開催された「DOTS拡大促進のための国際ワークショップ」(本誌278号)にお
いて、ストップ結核パートナーシップ(当時はまだイニシアティブ)の下、このワーキンググループが形成され今回は第2回となる。今回は、カイロでの第1回会議後の各国のDOTS拡大の進捗状況を概観し、2002年の活動を検討するものであった。アフガニスタンを含めた結核高負担国、カナダ、米国などの支援国、結研、ドイツ救らい協会、JICAなどの支援団体の代表など、100名以上の参加があった。
世界のDOTS進展状況などの総論的発表の後、DOTSの進展状況の類似した4 〜5カ国に分かれてのポスターセッションが行われ、それぞれ熱心な討議が行われた。筆者は、「質の良いDOTSを維持するための課題」と題されたグループ(アフガニスタン、エチオピア、ミャンマー、フィリピン、ジンバブエの5カ国)の座長を務めた。先に「DOTSの進展状況の類似した」と述べたが、例えばアジアとアフリカ、治安や政情の安定、HIV感染の影響などの違いが大きく、これら5カ国を一概にまとめることは難しい。空爆さなかのアフガニスタンから2日がかりで国境を脱出してきたザリン国家結核対策責任者の報告では、カブール近郊でDOTSを実施してきたが、空爆後は治療中の患者へ重点を置き、新たに発見された患者には12カ月の標準化学療法を処方しているとのことであった。いい加減な治療、特にいい加減な短期化学療法は行わないというIUATLDの提唱している原則を、困難な状況に置かれても遵守している姿に感銘を受けた。
その後の全体討議では、各ポスターセッションのまとめ、各WHO地域事務局の活動報告、ストップ結核パートナーシップ、結核技術支援連合〔TBCTA
:米国国際開発庁(USAID)に対する技術支援を目的にしたWHO、IUATLD、王立オランダ結核予防会(KNCV)など技術組織の集まり〕などのパートナーの活動報告などが行われ、閉会まで熱心な質疑が行われた。
○第32回IUATLD肺の健康世界会議
(IUATLD世界会議)
本題に入る。11月1日〜4日、第32回IUATLD肺の健康世界会議が、IUATLD世界会議史上初めての1,500名以上の参加登録者を集め開催された。例年の様に、コンサルタント会議(途上国の結核対策を支援する専門家会議)が本会議開催日(正式には夕方の開会セレモニーからがIUATLD
世界会議)にサテライトとして開催されたが、今年は「肺の健康の世界政策:戦略から実践へ」と題する肺の健康政策ワークショップに出席した。このワークショップは、結核、HIV/AIDS、喘息、たばこ対策、小児の肺の健康の各々について、その戦略と実践とのギャップを比較、概観し、欠けているものを如何に補っていくかを検討する会議であった。それぞれ皆すぐれた戦略は存在するが、アドボカシー、ガイドラインやマニュアル、資金の手当てなど実践の部分では、結核分野での活動が一歩先んじていると感じられた。
開会式では、我々の仲間であるWHO東地中海地域事務局に勤める清田明宏医師のカラル・スティブロ賞授賞式も行われた。東地中海地域では、混乱の続くアフガニスタンとパキスタンを除きDOTS戦略が広く浸透し、それを彼らが力強く推進したことに対しての評価である。また、アンソニー・デビッド・ハリス教授に、マラウィでの長年の研究活動に対し秩父宮妃記念結核予防世界賞が結核予防会の青木正和会長より授与された。彼らの人柄と地道な活動のためであろうか、それぞれの授与に対し会場から大きな拍手が寄せられた。続いて行われた特別招請講演では、「イラクの保健指標の傾向」と題して、経済制裁下でのイラクの、主に小児関連の保健指標の悪化が紹介された。しかし、湾岸戦争中に使用された劣化ウラン弾の影響なども生々しく紹介され、ニューヨークにおける同時多発テロとそれに続くアフガニスタン空爆の最中であったこともあり、後味の悪いものであった。案の定、米国肺疾患協会から事務局に対し、プログラムが不適切ではないかとの異議が提出されたとの由である。
11月2日からの本会議では、筆者は主に保健機構改革(Health Sector Reform,HSR)とセクターワイドアプローチ(Sector
Wide Approach,SWAp)、薬剤耐性サーベイランス、対策におけるBCG、私的医療機関の取り込みなど、主に結核対策に関連するシンポジウムに参加した。国家結核対策としてDOTS戦略に取り組むことはもはや常識であり、世界的な流れであるHSRやSWApに如何に対応するか、公的医療機関のみならず私的医療機関でのDOTSをどうするかなど、DOTS戦略拡大とそれに続く課題についての議論がな
されていた。全体の印象として、アジアからのシンポジストが少なく、欧米やアフリカからのシンポジストが目立ち、議論もアフリカを中心に進んでいる印象を受けた。勿論、HIVまん延の影響による結核患者の急増、アフリカで先行したHSRなどその背景は理解できるが、多くの結核患者を抱えるアジアがあまり議論の遡上に載らないことに違和感があった。
また、会期中は様々なワーキンググループの会合も持たれた。喀痰塗抹検査の精度管理のガイドライン作りについてのワーキンググループでは、結研の行っている塗抹スライドを収集し再検鏡する精度管理システムが世界を一歩リードしていることが確認できた。米国CDCを中心に作成中のガイドラインでは、@巡回指導中に再検鏡する方法、A標準スライドを末端検査室に送付し検鏡する方法、そしてB日常業務で検鏡され
たスライドを収集し塗抹の質を評価し再検鏡する方法 が述べられているが、最も望ましいBを技術協力を通じ導入している我々の活動(本誌279号)が、多くの参加者から注目された。また、教材作成のワーキンググループでは、日本のCD付きマニュアルが披露され好評で、すべての医療機関と関連機関、10
万カ所以上の施設に配布されたことも注目された。
○インセンティブの使用に関するワークショップ
IUATLD世界会議に引き続き、11月5日〜6日の1日半にわたって「結核対策活動向上のための患者と医療提供者に対するインセンティブの使用に関するワークショップ」が、USAIDが資金援助する「合理的薬剤管理プラスプロジェクト」とストップ結核パートナーシップ事務局の共催によって開かれた。ここでは、インセンティブ(incentive
:報償、動機付けするもの)とイネイブラー(enabler :実行可能にするもの)の違いから始まり、世界でどのようなインセンティブやイネイブラーが使用されているかの事例紹介、そしてそれらの功罪について、グループ討議を交え議論された。
イネイブラーとは、患者に対する通院のための交通費支弁のように、交通費がないために通院できず治療を完了できない患者に対し、それを可能にするものをいう。インセンティブとは、医療提供者への治療完了に対する報奨金や表彰の様に、動機付けのために使われ
るものを指す。患者に対するイネイブラーについては賛同する意見が多かったが、インセンティブについては、特に医療提供者に対してはインフレの懸念や持続性に対しての疑問が投げかけられた。
○おわりに
来年のIUATLD世界会議はカナダのモントリオールで開催される。DEWGの会議も2日間、同じ会場で開催される予定である。極東に閉じこもらず、日本やアジアからの多くの参加に期待したい。