若年者の結核

結核研究所疫学科長 吉山 崇

 <<はじめに>>

結核というとかつては青年の病気であったが、現在では高齢者の病気だと思っている人も多いと思います。確かに、年齢別の結核死亡率の変化をみると(図1)、50年前まで結核死亡率は青年層で最も高かったのに比べて、最近は高齢者での死亡が目立ちます。
 しかしながら、1997年でも結核に罹患する人数は、15−19歳で515人、20歳代で3,855人、 30歳代で3,202人と少なくなく、人ロ10万人当たりでは、15−19歳で6.4人、20歳代で20.2人、30歳代で19.9人となっています。一方、欧米各国の20歳代、30歳代の結核罹患率は日本よりはるかに少なくなっています(表1)。日本においては、若年者の結核問題はいまだ解決されたとは言えないのです。

図1年齢別結核死亡率の推移
表1若年者結核罹患率

 

<<事 例>>

 ここで若年者結核の一つの事例を紹介します。
 A君は1970年代生まれの男性。父親は60年代、つまり患者が生まれる前に結核性胸膜炎に罹患したが治癒しています。
 高校入学1年後の5月、咳、痰出現。6月V病院受診。胸部X線写真上左上肺野に陰影があり、ツ反応径32×22ミリで結核を疑われ、気管支鏡検査を予定するも施行されませんでした。菌検査結果未着のまま8月より、ヒドラジド、リファンピシン、エタンブトールによる治療を開始しました(保健所への発生届はなされていました)。結局、8月の痰より結核菌8週培養陽性でしたが、9月以降治療中断。10月に高校にて接触者検診を行いましたが、関係教職員生徒のX線検査では異常のある人は見つかりませんでした。治療中断に対して翌年1月V病院より受診勧奨を受けましたが、別の病院を希望し、
W病院を紹介されました。3月W病院を受診、X線上病状の悪化を認めましたが、菌検査結果は陰性でした。5月まで治療し、再び治療中断となりました。本人は、「W病院では結核ではないと言われた」と言っていますが、W病院では「そのようなことは言っていない」との反応でした。なお、A君が通う高校ではA君発病と同じ年の5月にB君、9月にC君が検診で結核を発見され、いずれも塗抹陰性でした。
 A君の発病翌年の9月に、同クラスであったD君が発病し、ガフキー3号でした。その翌年の1〜2月、D君の接触者検診にて、ツ反検査、X線検査を施行し、1名の塗抹陰性患者、7名の予防内服対象が見つかりました。
 A君発病の2年後、母親が菌陰性の結核を発病し、X病院にて治療しましたが、この時は、A君、父親とも接触者検診を受診していませんでした。弟は受診しており、ツ反応陽性でした。
 A君は発病3年後の12月頃より咳、発熱、翌年3月より下痢、体重減少10sの症状により、7月1日、国立Y病院消化器科に入院しました。X線検査にて肺の異常は指摘されるも、喀痰が出ないとのことで結核菌検査はなされませんでした。大腸内視鏡検査にてクローン病の診断で、7月下旬数日間ステロイドの治療を受けました。7月25日ステロイド中止、28日より結核として治療開始。ただしこの時まで菌検査は行われていませんでした。30日Z病院に転院。痰が出にくいと言っていましたが、3日間で出した喀痰のうち2回まではガフキー10号。もう1回はガフキー4号。便培養でも結核菌陽性。 入院時酸素カヌラが4L/分必要であり、8〜9月まで左気胸1回、8〜11月まで右気胸3回を起こすも、ヒドラジド、リファンピシン、ビラジナミド、ストレプトマイシンの治療に反応し、12月酸素なしで、歩行もゆっくりとなら可能という呼吸状態まで改善し、退院。翌年5月の時点では、階段昇降時のみ苦しいという程度まで呼吸不全は改善しました。

 A君がZ病院にて治療を開始した後の8月に接触者検診で、父親はガフキー4号の結核を見つけられました。咳、痰などの症状はなく、X線検査も長く受けていなかったと思われます。同じ接触者検診にて、姉が予防内服対象、弟はツ反応陽性なるも母親の結核が見つかったときの接触者検診結果と径があまり変わっていないため経過観察となりました。
 この患者からいくつかの問題点を指摘することができます。治療中断、受診の遅れ、二次感染、診断の遅れです。


1 治療中断と保健所の対応
 V病院での1回目の治療中断については病院から受診勧奨の連絡がいっていますが、2回目のW病院での治療中断時の対処については、記載がありません。おそらく、W病院では菌陰性であったため、軽く考えたのだと思います。保健所の記録でも治療中断の事態は把握していたようで、その後(母親の発病時など)受診勧奨は行っていますが、本人が従わなかった時にどこまで強く勧奨したのかが問題となります。

2 受診の遅れ
 受診の遅れを年齢別でみると、生産年齢期の男性では以前に比べて長くなっています。たとえば、 20歳代後半では受診の遅れ2ヵ月以上は88年には16.4%しかいなかったのに、97年には21.7%が2ヵ月以上症状があってから医療機関を受診しています。30歳代後半でもその比率は17.3%から26.3%へ、40歳代後半で18.7%から29.2%へと増大しています。
 A君の父親は以前に結核となり治癒していますが、最近は検診などを受けていなかったようです。そのため、長期に排菌を続けてしまっています。また、A君自身も症状が出てから受診まで半年以上かかっています。このため、気がつかれてはいないかもしれませんが、周囲に感染を起こしている可能性は高くなっています。家族など接触が密な人については、発病してまもなくの内に感染させるかもしれませんが、排菌を続けることにより、公共交通機関などの偶発的な接触での感染が増えます。このため、有病期間の延長により、接触者検診で見つかりにくい感染者が増えることとなります。

3 二次感染者
 A君の同級生のうち、B君、C君はA君から感染した可能性は低いですが、その他はA君から感染した可能性があります。
図2 年齢別既感染率の推移  結核に感染している者の割合は図2のように年とともに減少してきています。一度感染すると既感染の状態が残るので、年齢とともに既感染者の割合は増加していますが、99年では15歳で2%程度、20歳で3%程度、30歳で5%程度、40歳で13%程度となります。つまり、40歳以下の人はほとんどが未感染ということになります。A君の場合は、以前発病していた父親があまり症状がないものの排菌を続け、そこから感染していた可能性が高いと思われます。
 未感染者が多い現在は、ひとたび結核患者が発生すると、周りの人は新たな感染を受けやすいということになります。これが集団感染の増加に結びつくのです。集団感染は70年代までは学校などで多かったのですが、これは、職場など20歳以上の集団では既感染者が多かったという事情が背景にあります。しかしながら、現在では、70年代の30歳と同程度の既感染率となる年齢は50歳を超えています。このような既感染率の低下が80年代以降職場での集団感染の増加を招いています。
 A君の結核が見つかった時点でX線検査を行っていますが、これは、A君へ感染させた人間を見つけるための検査でしかありません。A君から感染した可能性のある人を探すのであれば、ツ反検査と6,12,24ヵ月後のX線検査が必要となります。確かにA君は見つかった時点では塗抹陰性で、感染危険度指数は0ですから、その人から感染を受けた人を検討することは、普通は行わないのかもしれません。しかし、bU2と有空洞で、培養陽性であったのだから、もう少し積極的な関与が必要であったと思われます。さらに、V病院では94年6月初診時X線上異常があったにもかかわらず、高校では94年5月初診、X線異常なしと報告されたと記録されており、情報が十分共有されていなかったように思われます。

4 病院における診断の遅れ
 A君は下痢を主訴としてY病院の消化器科に入院しています。咳はあったようですが、痰は出ていないため結核菌の検査がなかなかできませんでした。X線では入院時から異常を指摘されており、結核の多かった頃ならX線写真を見ただけで結核の治療を始める医師もあるような所見です。しかし、現在は結核が減少しており、さらに、日本では喀痰塗抹陽性で他者へ感染させる危険性の高い者はすぐに結核病棟に転院するため、重症の結核を結核病棟の医師以外がみることはほとんどなくなっています。そのため、今回の症例は適切な喀痰が採れればガフキー10号という重症の結核であったにもかかわらず、痰が探れないため診断が遅れてしまいました。Y病院にて院内感染が起こっているか否かまだ不明ですが、その可能性は十分にあります。

<<大都市の状況>>
図3 全年齢層と20歳代の比

 ところで、若年者の結核問題は特に大都市圏で問題となっています。図3は80年を1としたときの95年の肺結核罹患率の割合を示しています。全国でみると、全年齢では0.83つまり15年間で17%の減少、20歳代では0.79,21%減少しています。ところが、東京都、横浜市、川崎市という首都圏の大都市地域では、20歳代の結核罹患率はほとんど減少しておらず、川崎では1.03と逆に3%増加しています。この間に外国人の流入があり、90年代の20歳代若年者の結核の少なからぬ部分 (都道府県によっては20%程度まで)は外国人による結核でありますが。
 高齢者の結核はその多くが内因性再燃であり、乳幼児の結核は新たな感染に伴う発病ですが、若年者の結核はその両方をほぼ同じ程度含むと考えられています。20歳代の結核罹患率が15年間で21%しか減少していないということは、新たに感染する人数もその程度の速度でしか、あるいはそれよりも少し速い程度でしか減少していないということを示しています。そして、97年と98年の20歳代の肺結核罹患率が18.9から19.0と増えているような状況では、毎年起こっている感染はほとんど減少していないのではないかと思われます。
 結核は感染症で他者への感染を起こします。また、治癒してもA君のように後遺障害を残す場合も重症の結核では少なくありません。自分は大丈夫と侮らないことが必要です。

 


Updated 99/10/28