T細胞の話  結核と免疫の働き

結核研究所基礎研究部 分子病理学科長 菅原 勇

 

 免疫系におけるT細胞の話について説明致します。 分かりやすくするためにあえて専門的なことは簡単に触れるようにし、Q &A式にしました。
 

Q1. 免疫とは何ですか?
 人類は昔から1度伝染病にかかると次はその病気にかかりにくくなる事を経験的に知っていました。この2度目に伝染病にかからないという事を、「疫病から免れる」という意味で、ラテン語の課役を免除される「immunitus」を語源に「免疫、(immunity)」と名付けました。 しかし、免疫反応が病原微生物だけでなく生体内に侵入してきたタンパクなどに対しても起こることが明らかになり、現在、免疫は異物(非自己)の侵入から自己を防衛する生体反応と位置づけられるようになりました。 つまり免疫反応とは「自己」と「非自己」(文字どおり自己でないこと!)をはっきりと認識、区別して「自己」以外のものを排除する機構なのです。
 では、どのように自己と非自己が区別されるのでしょうか。この認識の指標となるのが細胞表面上のMHC(主要組織適合遺伝子複合体)と呼ばれるタンパクです。 ヒトではHLA(ヒト白血球抗原)と呼ばれます。HLA抗原は自己の証明書のようにすべての細胞に存在します。 これを認識し自己と非自己を区別しているのがT細胞なのです。

図1 免疫担当細胞(T細胞、B細胞)の分化
Q2. T細胞にはどんな種類がありますか?
  T細胞は胸腺で教育されて分化するため、胸腺(Thymus)の頭文字を取りT細胞と命名されました。胸腺はT細胞の学校です。 T細胞はその機能によって、免疫応答を促進するヘルパーT細胞、逆に免疫反応を抑制するサプレッサーT細胞、病原体に感染した細胞や癌細胞を直接殺すキラーT細胞などに分類されます。 このT細胞のほかに免疫担当細胞としてはB細胞、マクロファージ、樹状細胞等がありますが、ここでは便宜上T細胞とB細胞の発達を記しました(図1)。 T細胞の機能は胸腺を出ていく際、既に決定されています。T細胞の起源である幹細胞は骨髄から供給され、胸腺に入ると急速に分裂増殖を始めます。 すると、胸腺でT細胞に2種類のテストが行われます。 一つは自己のHLAを認識できるか、もう一つは自己のHLAと強く反応し自己を排除してしまうかです。 胸腺で教育を受けた後で、このテストに合格しなかったT細胞は容赦なく殺されます。このテストは大変厳しく合格率は5%しかありません。
 機能の異なるT細胞を形態によって分類することは困難なため、その主な分類は細胞表面のタンパクを利用して行われます。 このタンパクは細胞マーカーと呼ばれCDと表記されます。ヘルパーT細胞はCD4、キラーT細胞とサプレッサーT細胞はCD8を持っています。

Q3. T細胞が無くなるとどうなりますか?
 結論から言いますと、T細胞が無くなることは生体にとって致命的です。例えば、体毛のないヌードマウスは胸腺を持っていないためにT細胞が存在しません。 このマウスは感染に対して非常に弱く自然界では生存できません。ヒトのガン細胞を移植しても移植組織(非自己)に対するT細胞による拒絶現象が起こらず、ガン細胞の増殖によって生理機能が侵されマウスは死んでしまいます。 このように免疫系のなかで中心的役割を果たしているT細胞が無くなると免疫機能全体が弱まり、その結果、いろいろな病原体の体内への侵入を許してしまいます。
 侵入してくる病原体には、免疫系全体が完全ならば決して体内に侵入することのないような弱いのも含まれます。つまり、弱い殺菌でも人間を死に至らすほどの病原体となってしまうのです。 ヒトでT細胞が欠損する遺伝病が知られています。たとえばDi George症候群では、T細胞がないためウイルスや結核などにかかりやすくなります。

Q4.  結核とはどういう病気ですか。免疫と関係がありますか。
 結核とは結核菌(M. tuberculosis) に感染することにより起こる病気です。健康な人は結核菌が感染しても発病する可能性は低いのですが、体力の消耗、高齢化といった原因が存在すると、免疫系に異常が生じるため体内に進入した結核菌は除去されません。 とくに結核菌は通常は菌を食べて殺すマクロファージという細胞に寄生して増えるので、結核菌を殺す役目を持つキラーT細胞の働きが重要です。 マクロファージも結核菌を殺しますが、キラーT細胞の機能が低下しているとますます結核菌が増殖してはマクロファージを殺すという具合に悪循環になります。 事実、老人で結核症が増加しています。私も別の病気で治療を受けて死後、病理解剖で結核と分かった症例を何例も経験しています。 普通の場合、結核の進展に伴い肉芽腫の形成が見られますが、これらの症例では結核の肉芽腫を作らず膿瘍、結核性髄膜炎が見られます。 このように結核と免疫、とくにT細胞とは深い関係があるのです。

Q5. エイズとはどんな病気ですか。T細胞と関係がありますか。
 エイズ(後天性免疫不全症候群)はHIVというウイルスで発症する疾患です。 このウイルスはCD4という分子を持つ細胞に好んで感染します。CD4分子を持つ細胞の代表格はヘルパーT細胞ですからHIV感染によりヘルパーT細胞が死滅してしまいます。 ヘルパーT細胞の役目は他の免疫の働きを助け、ウイルス、原虫、結核菌を体内から除去するようにしむけることなので、この細胞がいなくなることによりこれら病原体が増殖して様々な病気を引き起こします。 感染症の場合、日和見感染(ひよりみかんせん)と言います。 例えば、ニューモシスチス・カリニ肺炎がエイズ患者に多く報告されたことが皆さんの耳に新しいでしょう。 正常人なら感染しない病原体が、免疫力の低下とともに猛威を振るうのです。 それによってエイズ患者が結核にかかる割合も増加します。 また、マクロファージも少しCD4を持っているので、慢性になるとHIVに殺されてしまいます。 エイズ患者の病理解剖でリンパ節に存在するはずのマクロファージが消失していた例を知っています。

Q6.  エイズの流行と結核の関係はどうなっていますか。
 エイズの流行とともに結核が増えてきました。エイズの流行以来、アメリカでは結核で死ぬ人の年齢分布が高齢者と若年者の2峰性になっています。 エイズが流行に伴って若い人の結核死の数と率が増加しているのです。 アメリカで結核が復活したのはいろいろな原因が考えられますが、
@過去の結核感染者で不顕性感染状態にあったのが、エイズによる免疫低下のため結核が再活性化したため、
Aエイズのため免疫不全に陥っている人が、新しく結核菌に感染して急性に発病に向かったため、
の二つの点が重要と考えられます。 WHOの集計によると、世界中で400万人以上が、結核菌とHIVの両方に感染しています。 困ったことに、1980年代からアメリカで多剤耐性結核菌による症例が目立って増加しています。 今何とかしないと治せる病気である結核がまたもや治せない病気の仲間入りする結果になるでしょう。 90年以来、アメリカでエイズ患者の多剤耐性結核菌による結核が集団的に発生しています。 診断を早めることにより伝染の危険性を減らし、不治の病気をうつされる恐怖から解放されなければならないでしょう。 この意味でアメリカの症例は日本の結核研究に大変参考になります。

Q6.  ツベルクリン反応と免疫とは関係がありますか。
 はい、 ツベルクリン反応は免疫反応です。 結核菌を培養した上清液から抽出したツベルクリンタンパクを、結核菌に感染したヒトの皮内に少量注射します。 2〜3日後発赤、硬結をともなった局所炎症反応が出現します。この炎症反応は注射数時間以内に現れる即時型皮膚過敏反応と区別して、遅延型過敏反応と呼ばれます。 すでに結核に感染している場合、マクロファージ、ヘルパーT細胞、サイトカイン(細胞から分泌される反応調整物質)は、前に一度結核菌に遭って活性化しています。 そこにツベルクリンという結核菌のタンパクが入ってくると、Tリンパ球が刺激され、サイトカインを放出し、多彩な細胞性反応がそれに引き続いて起こり、最終的に皮内局所にマクロファージを主とする細胞が集まり、充血がもたらされるというわけです。 これが炎症です。 以上がツベルクリン反応の大まかな原理です。 ですからこの反応が陽性だと結核感染の有無が分かるのです。 このように一つの反応にマクロファージ、ヘルパーT細胞、ツベルクリン抗原、サイトカインがお互いに関連しているのです。 実に、免疫反応はとても複雑で精密なコンピュータのように作動します。 いったんこのコンピュータが狂うと大変なことが起こるのが分かると思います。
 


Updated 97/10/16