1998年1月11日〜17日、米国における結核対策を視察する目的で、結核予防会 青木理事長をはじめとした9名がニューヨーク市を訪問しました。今回はDOT、院内感染 対策の2手に分かれて視察が行われたので、それぞれの参加者より、報告をいただきました。
ニューヨークのDOT ニューヨークにおける結核院内感染対策 |
結核研究所国際協力部 部長 下内 昭
はじめに
米国においては、耐性菌による集団発生、特に病院内での集団感染によって多数の死者が出たこと が問題になった。その原因として、失業者、薬物・アルコール中毒者、結核高蔓延国からの 移民の問題に加えて、HIV陽性患者の増加、さらに予算減や関心の低下など、結核対策の弱体化が あげられる。ニューヨーク市では、全国よりも早く、1979年から罹患率が増加に転じており、 国の疾病予防センター(CDC)が、対策強化するよう勧告していたが、一向に努力がなされず、 1986年以降、患者数が急増した。このため、CDCが主導権をとって、1991年から人材および予算の補強 をした。現在、CDCから派遣された日系三世であるフジワラ女史が結核対策局長であり、人口約700万 人の市で、病院などでの医療サービス以外に、結核の公衆衛生対策に700人の人員を擁し、年間約500 万ドル(約6億円)の人件費および事業費を支出している。そして、1993年から、すでにその効果と して、罹患率が再び減少している。
DOTスタッフのトニーさん(左)。
理科系の大学卒。退役軍人の患者(右)
の家には毎日来るので、まるで家族の
一員のように相談相手となっていた。対策の特徴
市内に10の結核クリニックがあり、患者の登録、診断、治療、管理の拠点となっている。 加えて、DOTにおける家庭訪問等の業務を実施するためのスタッフの地域サービス事務所があり、 次のユニットから構成される。なお、結核の公衆衛生対策は大部分がpublic health advisor、 (PHA-公衆衛生専門員)によって担われている。彼らは、通常の大学卒業生であり、1ヶ月余りの訓錬をし て資格を与えられている。(a) 接触者検診ユニット
1997年は、発見患者1人あたりツ反10人以上、予防内服3人という計算になる。 罹患率が減ってきた今は、徹底的に接触者検診を行い、予防内服によって、 将来の患者を減らそうという方針が明確で ある。 (b) DOTユニット
患者一人一人の家庭などを訪れ、薬を飲むのを確認する。200人のPHAがこの任務に当たっており、 一人のPHAは平均10人の患者を受け持つ。ニューヨークの特徴として、薬は容器ごと各家庭に おいてあり、PHAが訪問した時に、そこから取り出して飲むようにしている。この方法で特に 問題は聞かなかった。 以前は、このユニットは結核対策全体で最も役割が小さいものと見なさ れており、あまりよく仕事ができない者がこの役割を割り当てられるという意識があった。 ところが、CDCによってDOTの重要性が注目されてからは、担当者も誇りを持つようになり、 その他の部門の職員も考えが変わった。DOTを実施するための患者に対する報奨は、缶入りの 栄養剤などの飲み物、食券、地下鉄の切符などである。また、ハーレムの結核クリニックでは、 サンドイッチとコーヒーなどがあり、待ち時間に自由に朝食として飲食している。
車はDOT担当1人1台。
車の中で記録用紙に記録
しているところ。(c) 患者管理ユニット
患者の診断、治療に関して、X線検査、塗抹検査、薬剤耐性検査の結果、内服状況など、 個人ごとに詳しく、コンピュータに入力し、毎月、その状態を確認する。患者の個人情報が 市内の結核担当のどこからでも手に入るため、治療中断者が出た場合に福祉関係の情報から 探し出すことも可能である。一般に漏れさえしなければ、コンピュータに入れることは守秘で あるという理解がプライバシーに敏感な米国で実施されていることが興味深い。 (d)治療中断者をサービスに戻すユニット
他のユニットが成功しなかった場合にだけ、このユニットで、治療中断者をできるだけ、 政府の結核クリニックに紹介する努力をしている。患者が従わない場合は、法的手段もとる 必要がある。治療を拒否する患者は強制的に入院させ、病棟から出ないようにできる。
HIV陽性の結核患者(右)。
カプレオマイシン週2回、 静脈
注射など難しい治療で、DOTは
1年以上にも及ぶことがある。
その他、結核患者の特徴として、さまざまな社会的問題を背後にもっているので、社会福祉の サービスが不可欠であり、ソーシャルワーカーがクリニックに常駐し、住む場所の世話や医療保険の 紹介などをする。結核の治療が最優先でない患者に治療を続けさせることは、並み大抵のことでは なく、それを成し遂げるには、スタッフが如何に患者一人一人と信頼関係を築くかにかかっている。まとめ
ニューヨーク市での成功の要因は、明確な目標を立て、人材と予算を大規模に動員したことである。 また、対策も「徹底」という言葉があてはまる。DOTを成功させるために、患者の要望にできるだけ 沿ってサービスを提供しており、一例も漏れなく、治癒させようという心意気が感じられた。
複十字病院診療部長 中島 由槻
ニューヨークの結核の実情1998年1月11日〜17日、ニューヨーク市にて行われた結核対策実情視察中で、筆者は複十字病院における1997年度の呼吸器外科病棟・手術室を含めた新病棟の建築と、それに続く本館呼吸器病棟・外来の改修に当たって、CDCの勧告を参考にして結核院内感染防止対策をまとめかつ実施した関係上、複十字病院を代表して、主に結核の院内感染対策の実際を視察するメンバーに加わった。視察した医療施設は、ニューヨーク市内のベルヴユー病院、ハーレム国立結核センター結核クリニック、ニュージャージー州立ニュージャージー医科大学病院の3カ所であった。
ハーレム国立結核センターの前で
実際これらの施設においては、まず結核の感染様式が飛沫核による空気感染であることをしっかりと認識した上で、それぞれが程度の差はあれCDCの勧告に従って対策を講じており、そのために管理責任体制とその責任者を明確にし、必要なコストを投資して施設の改造も行っていた。
しかし各医療施設で現実に行われている対策を評価するとき、各医療施設での、さらに米国における結核診療の実情を知らないと正しく理解できないと思われる。例えばベルヴユー病院では1996年にニューヨーク市の約5%に当たる100名強の新肺結核患者を診療したが、これらの大部分は救急外来を訪れており、またこの内の約60%がHIV陽性で、かつ多くがアルコール、薬物の常習者である。そして塗抹陽性患者は原則として感染防止対策が施行されている隔離病室へ収容され(できるだけ患者が室外へ出ないように、室内にTV、電話、シャワーなどが設置されている)、化学療法開始2〜3週間後に3日間連続検痰で塗抹陰性が確認されれば退院し、外来または地域でのDOTに移行する。さらに市および州挙げての結核対策と極めて高い率によるDOTの遂行により、感染源としての患者の治癒率が大幅に向上し、その結果として多剤耐性結核患者の頻度も減り、また集団感染の発生も著減したとのことであった。ちなみに多剤耐性結核はこの5年間で90%減少し、現在多剤耐性結核患者の90%は外来または地域のDOT下にあり、市が各患者を追跡していた。これらの実情からは、わが国のような通常の排菌患者の長期収容対策は特別な事情以外は必要でなく、また長期間入院を継続している多剤耐性結核患者達の対策に悩まされることもないようである。
これらのことはハーレム国立結核センター、ニュージャージー医科大学病院でも似たようなものであった。以下これらの3施設で行われていた結核院内感染防止対策について、まとめた形で簡単に報告する。
院内感染対策
@感染症対策委員会
院内感染対策の第一は、主として感染症担当医、院内感染対策看護婦、職員健康管理・安全管理・施設管理・事務会計等各部門の職員より構成される、感染対策委員会(対象は結核だけでなくあらゆる院内感染に及んでいる)が確立していることである。感染対策委員会は病院としての責任を持って院内感染防止対策を実行し、かつそれが常時有効に機能しているか否か監視する。A換気システムと隔離の徹底
対策の第二は特別な換気システムを有する収容場所と、そこへの排菌患者の隔離の徹底である。このような場所では大風量排気ファンを使用して、廊下または周囲に対して室内気圧を陰圧に維持するようになっており、新鮮外気との入れ替えは10〜14回/時と設定されている。
入院病床は大部分個室で各内科系病棟に分散しており(ベルヴユー50床、ハーレム22床、ニュージャージー62床)、多くは隣り合った2個の個室が2×1m位のーつの前室を共有する構造になっている。ベルヴユー病院の呼吸器病棟には21床(4床室x2、個室13床)がまとまってあり、個室の半分は前室が無く、扉を開けると排気ファンの風量が倍になることで開放時の陰圧を維持する構造になっていた(図)。なおこの結核病床群は社会防衛上の観点から、肺結核治療拒否者に対する拘禁病床としても使われていた。この前室の無い換気システムは、気管支鏡室にも採用されているとのことであった。ところで各施設でのICU、救急患者収容病床の中にも数床の陰圧室が設けられているが、簡単なものは単にパネルで仕切られているのみであり、準清潔区域であるICU等は本来陽圧であるので、室内の排気のみ調節すれば容易に陰圧が維持されるのである。もちろん居住性、室内気の熱効率等の点から、HEPAフィルター(高性能浄化フィルター)を使用した室内気の循環浄化システムを追加している部屋もあり、またベルヴユー、ハーレム両施設では、天井部分の空気に対する紫外線照射が採用されている。次に呼吸器系外来では、待合い室の換気は12回/時以上で、壁の上部の数カ所に上方へ向けて紫外線灯が設置され、さらに排菌肺結核患者を早期に隔離するために、Triage(選別)制度が実施されている。3週間以上持続する咳やその他肺結核を疑わせる症状を持つ者は、自ら Triage Nurse に申し出て陰圧の待合い室へ隔離される。その際外科用(手術用)マスクの着用を指導される。また外来での採痰に際しては、専用の採痰ブースが使用されており(HIV陽性の結核患者のペンタミジン吸入療法でも使用)、このブースはすでに市販されていた。
ベルビュー病院の結核病室前室の向こうに病室がある ベルビュー病院結核病室の扉陰圧等の機能が正常に作動することを示すモニターランプが付いており、扉には感染様式による対策の違いが赤い紙で明記されている Triage Nurseに申し出をうながす提示
Bマスクの着用
対策の第3は、個人的感染防御を目的とした、高性能マスク着用の徹底である。NIOSH認定のN95マスク(空気中の0.3μm以上の微粒子を95%以上捕集しかつマスク周囲からの漏れが10%以下)はすでに数種類市販されており、必要な場所での着用はほぼ完壁である。その他の対策として、職員に対する教育が十分なされていることが挙げられる。Cツベルクリン反応検査の徹底
また健康管理の面からは、ツ反の頻用がある。ツ反は職員採用時の2段階法は当然のこととして、感染危険度の高いグループに対しては年2回、一部では年4回施行されている。ニュージャージー医科大病院では全職員を対象に誕生月にツ反を行うとのことであった。
以上米国における結核院内感染防止対策の実情を簡単に紹介したが、限られた紙面ではとても言い尽くせない。しかし全体の印象として米国ではメーカーも巻き込んで極めて真面目に対策に取り組んでおり、そのことにより多大な成果を上げているのを見るとき(ベルヴユー病院では職員の結核感染率が約4分の1に減少した)、結核の院内感染防止対策は我々の日本においてもすでに待ったなしの課題であることは間違いない。