日本の結核院内感染
予防対策・発病アンケート


 
元 国立療養所松江病院
            第一呼吸器科医長 宍戸真司

 平成9年度厚生科学研究補助「再興感染症としての結核対策のあり方に関する総合的研究( 班長−森亨結核研究所長)」で、筆者は全国の病院の結核感染予防対策実態調査とあわせて 院内結核発病概要調査を担当し、現状の把握と今後の院内結核感染予防対策の課題について検討した。

対象及び方法

 @結核病床を有する病院用と、結核病床を有しない病院用のアンケート用紙を作成して、前者に相 当する333病院、後者に相当する247病院へ調査依頼を行った。  

 A職員からの結核発病者は平成4〜8年までの5年間に発病した者について調査し、わが国の 平成6年罹患率(人ロ10万対)との比較を行った。

結果

アンケート回収率  

 アンケート回収率は、結核病床を有する病院(結核病床有病院)が333病院中179(54%)、 結核病床を有しない病院(結核病床無病院)が247病院中170(69%)であった。

マニュアル作成  

 結核院内感染予防マニュアルを作成していたのは、両病院群とも50%未満であった。

ツ反・BCG  

 @職員採用時のツベルクリン反応(ツ反)歴問診およびツ反実施状況結果を表1
表1 職員採用時のツ反歴問診及びツ反実施
に示した。 職員採用時のツ反実施は、結核病床有病院においては半数以上になされており、 結核病床無病院においても170病院中39(22.9%)とかなり施行されていた。 ツ反実施者の対象は、看護婦・医師等限られた職種の傾 向があった。

 A職員採用時ツ反陰性者への対応策として、ツ反陰性者にBCG接種を施行していたのは、 結核病床有病院が43%、結核病床無病院が12%であり、前者はBCG接種による発病予防を より考慮し、後者はツ反値を把握しておくという点に重点をおいていると推察された。

結核病室  

 結核病床有病院における結核菌飛散防止のための結核病室の構造上の特別の対応については、 結核病棟が別個病棟となっていたのが73%、空調の他病棟との混合回避が27%、部屋が 陰圧式になっていたのが8%あった。結核病床無病院でのこれらの点についてのアン ケートは行わなかった。

安全キャビネット

 結核菌検査について、院内にて結核菌検査を行わずに外注する病院がかなり見られた。 院内で結核菌検査を実施している病院において安全キャビネットを使用していたのは、 結核病床有病院で148病院中69(46%)、結核病床無病院で141病院中41(29%)と、 まだその設置が不十分であった。

マスクの着用  

 @結核病床有病院において、結核患者と接する場合にマスク着用を義務づけられていた職種は、 医師が53%、看護婦が73%であった。マスクの種類は、ほとんどが一般医療用マスクで、 タイプN95微粒子用マスクは数カ所の病院にて使用されているのみであった。  

A結核病床有病院における塗抹陽性患者のマスクについては、93%の病院において診察時等に マスク着用指導がなされていた。

職員結核発病者数  

 @平成4〜8年の5年間の職員結核発病者数を表2に示した。結核病床有病院では、 179病院中79(44.1%)の病院において職員からの結核発病者があり、 その総数は191名であった。結核病床無病院では、170病院中75(44.1%)の病院で 発病者があり、その総数は122名であった。各病院からの発病者数について、緒核病床有病院と 結核病床無病院とを比較すると、発病者数1名のところは結核病床無病院の方が多かっ たが、2名以上になると結核病床有病が多く、10名、18名もの発病を生じていた病院もあった。  

 A職種別結核発病者数を表3に示した。日本の平成6年の人ロ10万対罹患率は35.7である。 結核病床有病院職員の罹患率は47.4で、中でも看護婦は66.2、次いで検査技師が43.1と 高かった。結核病床無病院職員の罹患率は23.8、検査技師が42.4、次いで看護婦が28.9で あった。年齢補正を行っていないが、近いうちにそのための調査を実施する予定である。  

 B看護婦の年齢別結核発病者数を表4に示した。看護婦の年齢別結核発病者の割合は、 20歳代・30歳代をあわせると結核病床有病院で74.5%、結核病床無病院では81.3%と ほとんどを占めていた。

表2 平成4〜8年の5年間の職員結核発病者数 表3 平成4〜8年の5年間の職種別結核発病者数 表4 看護婦の年齢別結核発病数

考察  

 わが国の結核院内感染予防対策調査の結果、ツ反・BCGを主とした職員の健康管理、 マスク着用等についての個人の作業上の管理、検査室・結核病室等の作業環境管理について、 おおまかな実態が把握できた。これらについての解説は簡略にし、病院職員の結核発病実態、 今後の対策上の提言について主として言及してみる。  

 結核病床有病院における職員からの結核罹患率についてはいくつかの報告があるが、 結核病床有病院と結核病床無病院とに分けた全国調査例の報告は他には見られない。  

 職員の5年間における結核発病は、両群の病院ともに44%の病院において生じていたことは 驚くべき結果であった。発病した個々の病院における発病人数は結核病床有病院の方が多い傾向に あり、個別の感染は結核患者の出入りが多い結核病床有病院において、より多いのではと推定された。    
職員の人ロ10万対の結核罹患率は、平成8年の職員数を5倍にした人数と平成4〜8年の発病数を それぞれ職業別に総計して算出した。職員数を5倍にして計算したのは、病院 職員数が5年間の間に大きく変動しないと仮定したためである。  

 その結果、結核病床有病院における5年間の平均罹患率は37.4で、平成6年の日本の罹患率 35.7を上回っていた。特に、患者と直接に接する機会が多い看護婦の罹患率は66.2と明らかに 高く、院内感染を受けた結果によるものと推定された。緒核病床無病院の年平均罹患率は23.8、 看護婦のそれは28.9であったが、年齢補正を行えば60歳以上の発病が大半を占める一般人口 罹患率と比べて決して低くないと推定される。看護婦の結核発病が一般の女性に比べて高いことは 他にも報告例があり、看護婦への重点的な対策強化が急がれる。

 検査技師からの結核発病率が高いことは数多く報告されているが、筆者らの成績でも 一般人口罹患率よりも高率であった。今回は、解剖従事者・病理組織を取り扱う検査技師についての 発病調査は行わなかったが、これらの群からは極めて高率に発生していることが知られている。  

 青木(1)はわが国の院内結核集団感染事例は1985年以降の発生が目立つと報告し、 この大きな理由の一つに成人の間でも最近結核既感染率の低下が見られることをあげている。 筆者らの成績でも、発病率が高かった看護婦はほとんど20歳代・30歳代に集中してい た。結核既感染率は95年に20歳が2.4%、30歳が6.2%となっており、結核免疫を獲得して いないこれらの若者の群に主として院内感染を生じた可能性を裏付けしている。

 それでは、わが国の院内結核感染予防対策をいかにすればよいのであろうか。これについては、  青木(1)が米国の優れた感染対策も紹介しながら、実に詳細に感染に係わる問題に言及している。 また、日本結核病学会予防委員会(2)が「結核の院内感染対策について」の提言をまとめており、 これらを参考にされればよいであろう。筆者らは、今回の全国調査と解剖従事者の結核発病調査等の 経験から、表5
表5 医療従事者の院内結核感染予防対策
に医療従事者の院内結核感染予防対策概要の提言を示した。一般には、医療の 現場においてさえも過去の病気と捉えられかねない結核に対して、適切な対応を講じることは かなり大変なこともあろうが、院内での結核感染防止のためにわが国全体が真剣に取り組む 時期に来ている。

まとめ

 今回の調査結果は、アンケート回収が得られなかった病院における問題点は残るものの、 わが国の結核病床有病院と結核病床無病院の結核院内感染対策上の諸問題を提起しており、 今後の結核院内感染予防対策を充実させる指標となり得ると思われる。特に、結核既感染率が低下して いる現状において、院内結核感染を生じ得る危険性は以前よりも増大していると考えられ、その予防 対策実施は急務を要する。

文献  

(1)青木正和:結核の院内感染. JATAブックスNo.12、1998.  

(2)日本結核病学会予防委員会:結核の院内感染について、結核73:49−54、    1998.



Updated 00/07/13