結核の制圧と医科大学 その2

(WHOワークショップの報告)


訳 日本結核病学会教育委員会

松島敏春 堀江孝之 四元秀毅 長谷川好規

石崎武志 米田尚弘 川根博司 城戸優光 


 「結核の制圧と医科大学」というWHOワークショップの報告書の後半である。 まず地域の結核管理者に求められる条件を具体的に示している。続いて、結核教育の戦略が述べられ、 それが正しく評価されなければならず、フィードバックされなければならないことが述べられている。 そして、最も大事なのは医科大学のあり方であり、医科大学当局には結核に関するプロジェクトチームを作ることが重要で、 それが結核教育を改革し、他の分野と連携して結核医療の組織化や教育の継続や達成度の評価などを行うべきことを示している。 最後に六つのことを勧告しており、これを厚生大臣などへ送らなければならないとしている。

 

第U部

V 臨床医の結核トレーニング(前回のつづき)

4将来の地域結核管理責任者に求められる管理技術
 
国の結核対策指針やその国の健康管理を担当する部局が地域の結核管理責任者や管理者として医師を雇用するならば、医科系大学では表3に述べる管理技術をこれまでのカリキュラムとは別なものとして、多分特別なコースとして教えることを保証すべきである。

5教育戦略
 
さまざまな教育的戦略が医科大学で採用されている。将来の医師に対して結核を制圧するための必要な知識や技能や態度は既に規定されているが、いつ、どこで、どのように教育がなされるべきかも規定される必要がある。限られた財源の範囲内で最良の学習過程となるためには、いつ、どこで、どのように学習するかという調整が決められるべきである。学生(学習者)は可能な限り効果的に学ぶために、最適な状況と環境で全学習課程を身に着けるべきである。結核教育の場合、いつ、どこで、どのようにという問題に関しては相互依存の状態にある。

〈三つの教育的選択〉

●連続教育
 これは多くの医科大学で最も広く用いられている形式で、教育課程の早期に基本的な科学的、生物学的な教育を行う。伝統的に臨床教育は教育課程の後半にあり、公衆衛生は独立して中期か後期の早い時期に組み込まれている。教師にとっては最も簡単な連続的な講義であるが、その間に、学生が断片的知識をまとめる有効的な時間をもたないと、つながりのない知識と技術のままになる恐れがある。
●完全な統合教育
 基本単位の学習課程が完全に統合された形式で用意されているものである。基礎と臨床が結核教育の一部として、あるいは呼吸器疾患に向けられた一部として臨床的・公衆衛生的教育と統合される。学生にとって基本単位を学習するには最適ではあるが、かなりの組織改革と制度上の変化が必要である。医科大学側の財源が、統合された基本単位の学習課程を可能としないかもしれず、妥協が必要かもしれない。
●部分的な統合教育
 いくつかの医科大学では教育課程の早い時期に、統合された基本単位の結核教育を用意し、高学年になっても結核に対する臨床的・公衆衛生的基本教育を続けている。この方法は伝統的な妥協の産物と考えられているが、結果として、完全に統合された基本単位の学習課程の次善のものとされる。

 いろいろの方法があり、それぞれ利点と欠点をもつ。例えば教室や階段講堂での全員出席の講義か、小グループでの講義か、個人あるいはグループでか、問題解決型か、模擬訓練か役割分担練習か、実際の仕事か、プロジェクトか、教科書の朗読か特別に用意された教材か、視聴覚教育か、等々である、学習者が活発に参加できる方法を採用すべきであろう。
 学習の場所もいろいろである。医科大学が主な場であるが、結核に関する教育は胸部専門あるいは一般の病院でもなされるべきであり、ベッドサイドのみと限ったものではない。学生はまた医科大学の関連施設、例えば熟練した医師のいる公的あるいは私的な胸部クリニック、プライマリーケアで、結核に関して経験したり学んだりするべきである。

 

表3 地域結核管理責任者に求められる管理技術

地域結核管理責任者に関する特別なトレーニング期間終了時に、医師は以下の事柄を修得すべきである。

  1. 喀痰塗抹検査に必要な器具を示し、それが整備され、検査室が問題なく機能することを確保する。
  2. 以下の事項についてヘルスケアワーカーを訓練しなさい。
    呼吸器症状のある患者から結核を疑わせる患者の選択
    結核患者が置かれた環境によっては、外来治療を管理下に実施
    抗結核薬の副作用を見つけ、適切に医療機関に紹介
    結核の管理や治療に参加しない患者や、治療を中断している患者の追跡
    塗抹陽性肺結核患者の家族内接触者を見つけ、適切な助言をすること
  3. 地域において抗結核薬、検査試薬、記録用紙、並びに登録用紙を調達し、供給する計画を立てる。
  4. 地域の結核登録を実行し、登録を更新するとともに、定期的に検査室の結核登録を照合する。
  5. 地域の健康管理サービスにおいて、症例の発見と治療にかかわっている職員を監督する。
  6. 以下の事項にかかわる年4回の報告を実施し、内容をチェックしなさい。
    症例の発見
    新規に治療を受けた塗抹陽性肺結核患者群と、以前に治療を受けた患者群のコホート解析から得られた治療の転帰
    地域の対策指針の管理
  7. これらの報告を、もし必要なら補足的なコメントを付記して、さらに上級の監督組織へ送りなさい


6学生の行動の評価
 
伝統的試験によって評価されると、普通は理論的知識が評価の対象になる。教官は自分の教えた内容を網羅するような問題を作成するが、この状況では結核やその制圧に関する知識は評価されることもあるし、あるいはされないこともあるだろう。結核に関する良い評価は医師として資格を得るための必須の条件となっていない。試験や評価の方法にはいろいろあるが、伝統的な論文形式よりも多肢選択問題による試験のほうが優れるとされる。もし、卒業試験の多肢選択問題に臨床的な結核と結核の制圧に関するすべての概要が網羅されていても、臨床的な手技の評価はほとんどなされていないし、たとえそれが評価されており、ある学生の成果が悪かったとしても、医師として資格を得るための障害にはなっていない。最近、いくつかの医科大学では実地臨床上の技能を評価の対象としているところがある。
 一般にベッドサイドでの態度や臨床的技能が将来の医師としての重大な基礎になると考えられている。客観的な臨床試験(OSCE)は臨床医としての適性をみる理想的な方法である。しかしながら学生の数が多く病院勤務は多忙であるので、OSCEを行うには現実的に困難があり、卒業試験の一部に臨床試験を含めることに無理が生じる。そこで、ベッドサイドでの態度や臨床的技能の評価は教育課程の他の段階でなされるべきであり、その結果は卒業の最終成績に必ず反映されるべきである。そのような現実的な考えから、口頭試験は教育課程の最後よりもむしろ中間で必要となるだろう。財政的に恵まれた医科大学では、視聴覚的方法が学生の評価に採用されるだろう。臨床教育が地域医療機関で行われたならば、そこでの教育者による評価もまた最終成績に反映されるべきである。落第した学生の評価もフィードバックされるべきである。これは教育者へのフィードバックともなり、学生が特定の科目の成績に関してのみ連続して悪ければ、すなわちそれは教育者の評価となる。
 結核の頻度の高い国や社会において結核の分野を講義する場合、教育が結核の実際に適応できているかどうかの試験ならびに臨床評価で結果をみておくことが重要である。学問的にも臨床的にも結核を修得していない学生は、卒業を許される前に再度修得させるべきである。

7医科大学へのフィードバック
 
医科大学の評価は誰が、何を教え、教育しているか、というだけではなく、学生の能力や評価の正当性や有効性や関連性、さらには地域や国家や他国で質の高い医師として活躍できているかどうかに基づいている。医科大学は資格を得た卒業生の成果のフィードバックを受ける手段をもつようにしなければならない。例えば国家結核対策プログラム(National Tuberculosis Control Programme:NTP)や保健局や医学教育の全国取り締まり団体や医学会などからである。地域に関連した実地臨床を教育し、結核制圧に関して適切に学生を教育していたであろうか。


W結核の領域における医学教育と実地臨床の持続的変革に対するパートナーシップを通じての保証

1医科大学における結核に対するプロジェクトチーム
  結核について正式に訓練された臨床医を求める緊急的要請にこたえるために、“結核に対するプロジェクトチーム”が各医科大学に設置されるべきである。プロジェクトチームは以下のことが確実にできることを目標とすべきである。

  1. すべての教員の結核教育・実習において、必須の知識および技能が網羅される。
  2. 必須の知識、技能、態度を包括して評価。
  3. 標準化した教育を理想的に進歩させること、すなわち、統合した教育(教員にとっては容易)から統合した学習(学生にとっては有益)への移行。
  4. カリキュラムの内容と評価システムは、NTPにおける優先順位に従って更新される。
 プロジェクトチームの構成はその地域によって決められるべき事項であるが、医学生の代表者に加えて、細菌学者、病理学者、呼吸器科医、放射線科医、感染症科医、および公衆衛生の医師あるいは役人がぜひとも含まれるべきである。委員長は厚生大臣、医科大学長、NTPコーディネーターによって任命されるべきである。
 プロジェクトチームはどのような変更や改善が必要なのかについて、その内部でコンセンサスを得るべきである。医科大学内、特にカリキュラム委員会においてもコンセンサスを得るように努力すべきである。
 次いで、活動計画が明確な形で示されるべきである。
●計画を適用するのに必要な財源が認められ、獲得されるべきである。この点はWHOが助言できるであろう。
●計画は活性化されなければならない。
●計画を実施した結果は、そのつど評価されるべきで、その後次の戦略が検討され、選択され、開始されるべきである。
●最も進んだプロジェクトチームは、採用した方法論とその結果を、他の遅れたプロジェクトチームに報告すべきである。
 WHOは医科大学間で、この経験についての意見交換を促進すべきである。

2医師のトレーニングにおけるパートナーシップ
 
プロジェクトチームは、医科大学において結核カリキュラムの変更に着手することになる。そのような変更が継続されるためには、国家結核対策からと厚生省や保健局からの情報が得られるよう奨励されていなければならない。そのうちに、NTPおよび/あるいは厚生省からの代表者がカリキュラム委員会に互選されるであろう。NTPの成果は、プログラムにのっとって医師に供給されたトレーニングの質と妥当性に反映されているかもしれない。
 同様にまた、専門的医学会からの支援や助言が求められるべきである。そのような学会員は、それぞれが医科大学で結核について教わっている経験をもっているかもしれないし、医師の資格を得てから後の経験に基づき、結核に関連するカリキュラムの内容、教育、評価法に関して、建設的な意見を述べられるようになるべきである。
 一般に地域社会は、政策決定者や保健局の代表者、医師、およびNGOとのつながりを介して、広範囲かつ適切な方法で、卒業生の仕事にフィードバックとコメントを与えることができる。もし医科大学自体がしないのであれば、プロジェクトチームによってなされるべきである。
 医科大学はその教育、診療、研究活動を、資金を供給している地域社会および国が優先する健康上の関心事に向ける責務がある。

3実地臨床と卒後トレーニングにおけるパートナーシップ
 
結核対策のインパクトを最も効果的に活用するには、医学教育、医療、ヘルスケア間の関係を理解して、 生産的なパートナーシップを構築する方法を示唆することが重要である。医師が結核対策に大きな影響を及ぼす主な役割を演じるが、 他の医療関係者の役割も解析される必要がある。その人たちができる限り有効に利用される必要がある。

3−1医療ガイドライン
 医科大学は結核に関する立派な卒前のトレーニングを供給し、既に診療に貢献しているが、その貢献はそこでやめるべきではない。 NTPの管理者と一緒になって、医科大学は医学会(私的・公的セクター)、地方や国の機関、国際機関(例えばWHO、IUATLD) とともに、良質な結核診療のためのガイドラインを作成し、評価するよう積極的に活動すべきである。 NGO、医療慈善団体、製薬会社は、診療ガイドラインの印刷、配布、評価に助力するか、貢献することができるようにすべきである。医科大学の研究活動は、NTPの二一ズと一致すべきである。

3−2ケアの組織化
 これは原則的には、厚生省とその地方・地区部門の責任であるが、医科大学は、NTP管理者からの情報や医学会からの情報を得て、 ケア機関を評価する役割を演じる。すなわちケア機関を調査し、国内のヘルスケアを適切に提供するべきである。
 ケアを組織化するに際して、保健局は互いにやり取りをして、医科大学とヘルスケアに携わる専門家の助言と協力を募るべきである。 WHOやIUATLDのような国際機関は、この領域でたくさんの助言と専門的意見を提供できる。 公的保健施設が使用されるのは、要望があるのみではなく、地域社会の尊敬や信頼をも示しているのである。 もし住民の多くが交通の便や経済的なことで私的開業医の元へ通うのであれば保健局は公的施設が提供しているケアの質と量を問題にすべきである。 公的セクターのへルスワーカーは、公的セクターの業務を向上させる実施面でのことを私的セクターから十分学ぶことができるであろう。

3−3教育の継続
 教育は現在、程度の差はあれ、医科大学や保健行政機関、専門医学会から卒後セミナーや資格、単位などの形で行われている。 プロジェクトチームは国や県、地域において結核を分かりやすく、開放的で継続的に教育するプログラムをつくるために、 医療の実務者の協力を取り付けなければならない。医師は専門家として常に最新の情報と知識を得るように努力しなければならない。
 医科大学や専門医学会は資金の潤沢な先進国の学校や団体と連携して、医科大学における結核の講義に専門家を招待することが望ましい。 WHOのような国際保健機関はこのような動きを、資金面からも促進すべきである。
 製薬会社も継続的教育を援助することができる。医科大学の教師たちも、結核に関する国や、地域、さらには国際的な会合に出席し、 また国外の有名な結核機関で勉強する機会をもつべきである。地域社会は医師の継続的教育を支援し、 さらにそのための募金活動に国の組織やNGOなどの機関や団体を通して寄与することが望ましい。

3−4達成度評価
 結核有病率の高い途上国の医師が、米国など開発国の医師に行われていると同じような定期的な達成度の評価に対応できるようになるまでには、まだある程度の時間が必要であろう。 地域に奉仕する医療実務者の能力を継続的に確立する責任は保健省や教育省(わが国では厚生省や文部省)にあるのだが、そのときが来るまでは医科大学や専門医学会は代わってこの任務を遂行しなければならない。
 医師の訓練の改善や、NTPに沿った医師の職務の遂行を成功させるために必要なパートナーシップについては既に議論したが、今日多くの市民が結核に曝されているという現実に医科大学や専門医学会が直面する中で、その他のパートナーシップが出現するはずである。
 最後に、結核の制圧に関する医学教育の総合的評価は、国の結核対策プログラムの結果、 すなわち症例の検出率や塗抹陽性例の率;治療成功率と治癒率; 初期抗結核薬耐性サーベイランスに反映される。

V勧告

1.各医科大学では、卒業生が確実に個々の患者においても地域においても、結核の適切な管理に必要な知識、 技能および態度を身に着けるようにカリキュラムを改変するためのプロジェクトチームを設立しなければならない。

2.医科大学のプロジェクトチームは教育に携わるすべてのグループの代表、例えば、細菌学者、病理学者、呼吸器科医、感染症科医、 または結核診療に習熟した一般医、放射線科医、公衆衛生医や国の結核対策代表や医学生などから構成されるべきである。

3.結核のカリキュラムの改善、卒業生の評価のための審議や行動計画の基礎資料に、この文書を活用すべきである。

4.プロジェクトチームは医学教育や医療を最新なものにし、完遂、評価、継続するために医科大学と衛生行政組織、 専門医学会や地域の関連する組織および団体との連携を促進しなければならない。

5.これら連携者は、卒後教育、医療のガイドライン、医師および地域や地方保健組織の実績評価のために情報を提供しなければならない。

6.WHOは変革のための触媒とならねばならない。保健担当大臣、国の結核対策委員、医科大学学長、医学專門学会の代表、 NGOにWHOからの手紙を添えてこの報告書を送らなければならない。WHOの地域事務所がその国や地域でキーとなる人や組織を特定し、 知らせてくれるであろう。これらの勧告が行動に移され、塗抹陽性結核患者の発見を改善し、治癒率を上げ、 耐性および多剤耐性結核の比率の低下をもたらすことが期待される。

考察
 
この報告書は、結核が世界的に大きな健康被害をもたらしている緊急的疾患であるのに、DOTS戦略が成果を上げておらず、 しかしDOTS戦略を確実に実行することにより結核の制圧は可能だという想定の下に、医科大学は何をしなければならないかを示したものである。
 医科大学は結核に関するプロジェクトチームをつくり、良き医師をつくるように、結核に関する教育を改革するとともに、 その結果を評価したり、医療教育チームをつくったり、他の機関との連携を強めたりすることの必要性が述べられている。 良い医師の条件や、医師が知っておくべき知識、技能、態度、医科大学のプロジェクトチームが行うべきことなどを、具体的に挙げている点は参考になるであろう。
 わが国でも結核の緊急事態宣言が99年7月に発表されている。日本の医科大学、医学部も具体的に行動を起こし、結核を管理できるような医師を養成しなければ、世界的に遅れ、軽視されることになろう。またわが国の結核の減少は鈍化したままで推移する可能性がある。(松島敏春)





Updated 01/01/30