< 緊急事態宣言の反応 >
結核緊急事態宣言とその前後のマスコミ報道は、一般国民に結核問題を再認識してもらう絶好の機会となりました。以前に結核にかかったことのある方が再発を心配し、また咳が長引くので念のために外来に受診する方が急に増えたこと、結核研究所のホームページへのアクセス件数やメールや電話によるによる相談が激増したことなどは、その表れでしょう。またツベルクリン、ことに1人用の製品の注文が7月に入って昨年の3倍にもなっていることは、保健医療従事者の結核に対する関心が高まり、院内感染対策や定期外検診の中でツベルクリン反応検査が活用されていることを示すものと思います。
このように良い反応だけなら結構なのですが、一方では心配なニュースも入り始めています。中学校で集団感染があり、予防内服の対象となった生徒が、結核をうつす恐れのある危険な患者扱いをされていじめの対象となっているケースがあるようです。またある大学の集団感染の事例では、町の人がその大学生全体を皆危険な患者とみなして、「学生さんの下宿を引き受けて大丈夫か」とか、「アルバイトにその大学の生徒を雇って大丈夫か」など、常識を逸脱した過剰な反応が見られているケースがあるようです。
戦前の結核は、なった本人にとって生命を脅かす危険な病気であるだけでなく、周りの人にうつる恐れがあるということで、結核患者は忌み嫌われました。早期発見や治療が進んだおかげでやっと結核に対するこのような偏見を一掃することに成功してきたのが、緊急事態宣言がきっかけとなって、そのような偏見が再度生まれてしまったら、大変なことになります。この機会に、結核に対する正しい知識を、もう一度普及するよう努めて頂きたいと思います。
< 感染・発病の違い >
電話やメールによる相談、そして最近聞かされる常識を逸脱した反応に共通するのは、結核の一番基本である、うつるということ(感染)と、結核になる(発病)ということ、そして結核になった場合にも、周りの人に結核をうつす恐れのある病状の人(感染性患者)と、うつす心配はない人(非感染性患者)がいるということが全く区別されておらず、結核にうつったといわれただけで、人にうつす恐れがある危険な状態になったと誤解することにあるようです。これからの結核についての普及広報活動の最重点を、このへんに置かなければならないと思います。
< 結核のうつり方 >
まず結核のうつり方です。結核にかかって胸のX線検査をすると肺に穴があいており、痰を染めて調べると顕微鏡で結核菌が見つかるような病状の患者(感染性患者)が、咳をしたり、くしゃみをしたり、大声で歌ったりすると、結核菌の混じったしぶきが周りに飛び散ります。大きなしぶきは重いのですぐ落下しますが、小さいしぶきは、水分が蒸発して、結核菌だけが軽いのでいつまでも空中に残っています。周りの人がこれを吸い込むとうつってしまいます。このうつり方からも分かるように、痰の中に菌がたくさん出ている人ほど、また咳の強い人ほど、周りの人に結核をうつす恐れが強くなります。実際には、結核が発見され治療が始められると、今の薬は強力なので、痰の中の菌の量は急速に減り、咳も出なくなりますので、うつす恐れは見つかった後ではそれほど心配ではありません。むしろ見つかる前、本人も、周りの人も、結核になっていることを知らないでいる間が一番危険であるといえます。咳が続くようなら、早めに一度は受診して下さいというのは、このような潜んでいる結核を早く見つけるためです。
咳が続くからといって、それが皆結核とはいえないことは当然です。風邪のこともあるでしょうし、たばこを吸う人では慢性の気管支炎が起こっており、咳や痰があるはずです。また咳は喘息があっても、肺炎を起こしても出ますので、「咳」=「結核」ではありません。しかし、咳が長引く場合に、もし結核が潜んでいれば大変なことになるので、一度は受診して結核ではないこと、そして他に肺がんや肺炎など重大な病気がないことを確かめて下さい。
患者から出たしぶきは、換気が良いところならすぐに薄まってしまいます。最近は空調やサッシの普及で部屋の気密性が高まっており、それが感染性の結核患者が発生した場合には、うつりやすい条件になっています。
< ツ反応と予防内服 >
うつっても、結核になる人はふつうは10人に1人くらいです。なりやすいのは、うつってから1年以内です。うつると、今までは陰性か、陽性でもそれほど大きくはなかったツベルクリン反応が、大きく腫れるので、うつったことを知ることができます。大きく腫れた人ほど結核になりやすいことが分かっているので、そのような人には結核の治療に使う薬の中で、効果が良く、副作用も少ないイソニコチン酸ヒドラジドを半年飲んでもらって、結核にならないようにします。薬を飲んでいても、本人は病気ではありませんので普通の生活でよく、もちろん周りの人にうつす恐れなど全くありません。むしろ、薬を確実に飲んでいれば、飲まない人に比べて安心であるともいえます。
< 結核の治療 >
結核になったとしても、早く発見すれば、ほとんどの方はまわりにうつす恐れはなく、6ヵ月から9ヵ月の治療で全治します。この場合の治療は、ほとんどが学校や職場を休まずにすることができます。発見が遅れて肺に穴が開いてきて、痰を調べると結核菌が見つかるようになると、入院して治療しますが、最近の強力な治療では、軽い患者さんと同じくらいの期間で治せるようになり、入院はほとんどの場合3〜4ヵ月ですむようになりました。ほとんどの患者さんでは、入院後最初の2〜3週間を過ぎれば、お見舞いにいけるようになります。病気は治っておらず、治療は未だ必要ですが、周りの人にうつす恐れはなくなるからです。以上のことを正しく分かっていただければ、うつったというだけでその人を敬遠するのは全くナンセンスであり、その人の人権を侵す行為であるともいえましょう。もし不幸にして結核になったとしても、主治医が外来で治療できるという病状であれば、うつる恐れはありません。結核になったための村八分、いじめなどは、現代日本の恥辱です。病む人を治るまで暖かく見守ってあげ、早く治すのに協力するのが、共同生活をしている社会でのお互いの良識といえましょう。ご理解と協力をお願いいたします。
(結核予防会会長 島尾忠男)