多剤耐性結核治療Project



 このprojectは結核に関する臨床研究ならびに臨床に役立つ基礎的な研究を、多剤耐性結核の予防に重点を置いて行うprojectで、耐性結核の予防こそ最大にして最良の多剤耐性結核の治療であるという普遍の原則に沿ったものです。

臨床研究においては同じ結核予防会隣接施設である複十字病院における数千例以上の膨大な資料を用いて、臨床医の結核日常臨床に直接役に立つ情報やデータを提供することが現在の主な研究活動となっています。現在薬剤耐性結核の予防に大きな関連性を有する「再発・再治療結核」のbest clinical managementに関する総合的研究が進行中です。これと平行して、やはり耐性化の大きな要因の一つとなっている抗結核剤の副作用対策に関するデータ収集が進行中で、これに関しては将来的に副作用対策マニュアルの作成を予定している長期計画の臨床的総合研究です。

また臨床研究以外に、多剤耐性結核の養子免疫療法に関する研究、抗結核剤の血中濃度モニタリングおよび多剤耐性治療への応用に関する研究を行っています。これらは免疫力の強化による殺菌や、薬物動態からみた抗結核薬利用の可能性の再評価を行う事を目的としています。特に血中濃度測定については標準治療の保証の意味も含まれています。

この他に、結核の臨床経験の少ない臨床医に診断・治療・予防を含めた結核および抗酸菌臨床の全範囲に渡るマニュアルを制作提示する長期的計画が進行中であり、今年度からは薬剤耐性遺伝子をDNAチップにより迅速検出する検査システムの臨床的検討も開始を予定しています。

これらの研究活動によって得られたデータ基に、経験の少ない臨床医であっても結核の臨床を適切に行い得るような情報や手段を提供し、結核を「だれでも適切に診療できる疾患」とすることによって、多剤耐性結核の予防に資することを本projectの究極的な目的と考えています。

 研究部:伊藤 邦彦 
 抗酸菌レファレンスセンター:御手洗 聡 


参考論文1)多剤耐性結核の耐性化過程の検討 kekkaku vol.79 No.12 December 2004
2)肺結核失敗と miss-management kekkaku vol.79 No.10 October 2004
3)再発結核における薬剤耐性 kekkaku vo.79 No.8 August 2004
4)肺結核診断における炎症反応測定の意義 kekkaku vol.79 No.4 April 2004
5)結核臨床医から見た市中肺炎診療ガイドライン kekkaku vol.77 No.7 July 2002





新規多剤耐性肺結核患者の発生数の推計について
(詳しい議論は『日本におけるMDR結核疫学の推計』を参照のこと)


1.多剤耐性結核の罹患率

多剤耐性結核(ここでは肺結核に限定します)になってしまう経路としては以下の3つが考えられます;

@初回多剤耐性結核: 最初から多剤耐性結核菌に感染し発病した場合です。
A獲得多剤耐性結核: 最初は多剤耐性結核ではない結核菌によって発病したが、その後何らかの理由で途中から多剤耐性結核に移行した場合です。
B多剤耐性結核再発: 以前に多剤耐性結核として治療を受け治癒したが、その後再発した場合。

 一年間に発生する上記@〜Bまでに該当する患者数を足し合わせたものが年間の多剤耐性結核罹患率(一年間で新規の多剤耐性患者がどれくらい発生するか)になります。ただし、一度治癒したと見なされた多剤耐性結核の再発率はそれほど高くないため(治癒するまでが大変ですが)、Bに関しては非常に数が少ないものと想像されますので、実質的には@とAの合計をもって多剤耐性結核罹患率の近似値と考えてよいうように思われます。
以下では2005年における多剤耐性結核の罹患率の推計を試みます。


2.新規に発生する初回多剤耐性結核患者の数(2005年)
 結核病床を有する主な病院の全国調査組織である療研の調査(5年毎に行なっています)によれば、菌陽性の初回患者(すなわちそれまで結核の治療を受けた事が無い患者)で多剤耐性だった者の割合は1982,1987,1992,1997,2002年でそれぞれ0.9%、0.5%、0.3%、0.8%、0.7%で、増加や減少等の一定の傾向は認めていません。これらの%を単純に平均した場合0.64%となります。ただし1992年以前では薬剤耐性検査法が現在と異なるので、1997年以降のみでの単純平均をとると0.75%となりますが、それほど変わりません。
 結核予防会複十字病院でのデータでは1993〜2003年の11年間で初回菌陽性患者1,912人のうち多剤耐性患者は0.63%で、上記療研のデータとほぼ一致しています。
以上から2005年における菌陽性肺結核の初回患者のうち多剤耐性結核であるものの割合として、上記の0.75%を採用することにします。また公式の結核サーベイランスによれば2005年における菌陽性肺結核の初回患者15,095人でした。したがって2005年一年間に発生した初回多剤耐性肺結核患者は113人(15,095×0.75%)、罹患率にすると人口10万人あたり0.088人と推計されます。


3.新規に発生する獲得多剤耐性結核患者の数(2005年)
 獲得多剤耐性は「多剤耐性結核ではない患者が結核として治療を受け一度治癒した後再発し、再発の時点で多剤耐性になっていた」という「再発時獲得多剤耐性」と、「多剤耐性結核ではない患者が結核として治療を受けている最中に治療が失敗し、治療失敗の時点で多剤耐性となっていた」という「治療失敗時獲得多剤耐性」の二つに区別できます。
 3-1.新規に発生する再発時獲得多剤耐性結核患者の数(2005年)
 上記療研での再治療患者中、多剤耐性患者の割合は1982〜2002年で19.7%〜9.8%と大きくばらつき、検査法等の違いを考慮に入れても増減等の一定の傾向が認められませんが、おそらく実際よりも大きな数値になっているものと推測されます。実際にたとえば、2002年療研の再治療患者中多剤耐性であった者の割合は9.8%でしたが、真に再発患者と推測される例のみで見積もった場合にはすくなくとも8.6%にまでは低下するとされています。また結核予防会複十字病院の1993〜2003年11年間のデータでは、前回の治療開始時には薬剤耐性ではなかった再発患者187例中、11人(5.9%)が多剤耐性でした。この5.9%という数値には過剰評価(実際の%よりも高い)の可能性も過小評価(実際の%よりも低い)可能性も両方考えられます。以上から、2005年における再発患者における獲得多剤耐性結核の割合を5.9%として計算を進めることにします。
 2005年における公式の結核サーベイランス上では、結核再治療の菌陽性肺結核患者数は1,223人となり、同時期の初回菌陽性肺結核総数15,095人に対する比率としては8.1%になります。しかしこれらの数値には結核治療終了後まもなく再発した患者は含まれておらず、実際にはこれよりも多いものと推測されます。結核予防会複十字病院でのデータでは1993〜2003年の11年間で初回菌陽性患者1,912人に対して菌陽性再発患者は283人、初回治療患者に対する再発患者の比は14.8%でした。以上から全国統計での再発患者と初回治療患者の比も結核予防会複十字病院と同様に14.8%と仮定すると2,234人となります。これらにどの程度「前回多剤耐性結核であった例」が含まれるかは不明ですが、実際には極少数と推測されますのでこの数値を採用することにします。
 以上の数値を用いると2005年一年間に発生した再発時獲得多剤耐性肺結核患者数は132人(2,234×5.9%)、罹患率にすると人口10万人あたり0.103人と推計されます。
 3-2.新規に発生する治療失敗時獲得多剤耐性結核患者の数(2005年)
 結核予防会複十字病院での1993〜2003年の11年間のデータでは初回菌陽性患者1,912人に対して「治療開始時多剤耐性とは確認されていない結核患者」の治療失敗例は24例(1.255%)で、うち18人(75%)が治療失敗時に多剤耐性でした。ただし24例中の12例は最初の薬剤感受性試験結果が不明で最初から多剤耐性であったものも含まれていると思われます。また治療失敗例には紹介患者が多く、これらの点でこの数値(1.255%)が過剰評価(実際の数値よりも高い)気味であろうと推測されます。上記24例中治療開始時確実に「非多剤耐性」であったものは12例(初回菌陽性患者に対して0.628%)でした。以上から、初回菌陽性肺患者に対する「非多剤耐性結核」の治療失敗患者の比率を0.628%として計算を進めます。これを2005年の全国の初回菌陽性肺結核患者15,095人にそのままの比率であてはめると、2005年の治療失敗患者は95人となります。このうち75%がMDRとすると以上から2005年一年間に発生した治療失敗時獲得多剤耐性肺結核患者数は71人(95×75%)、罹患率にすると人口10万人あたり0.056人と推計されます。

4.まとめ
 以上から2005年一年間に新たに発生する多剤耐性結核患者数は316人、罹患率にして人口10万人あたり0.247人と推計されます。

 研究部:伊藤 邦彦 



updated 2007/08/21