結核予防会における肺がん検診の精度管理
結核研究所疫学研究部・統計解析科長 大森正子
肺がん検診の精度管理の起こり
結核予防会の各支部・本部事業所(以下支部・施設
という)は以前から広く胸部集団検診を実施してきま
した。市町村が実施主体のいわゆる「住民検診」の実
施数は全国の約半数に上っています。そのような環境
下,老健法による肺がん検診が住民検診ベースで実施
される動きが浮上してきました。結核予防会は早速肺
癌検診対策委員会を結成し,早期発見,精度管理,細
胞診,調査統計の各小委員会を通し精度管理へ向けて
活動を開始しました。昭和59年のことです。そして昭
和62年に肺がん検診が老健法の中に組み込まれました。
私は昭和63年から調査統計小委員会の委員となり,他
の委員と共にそれまで内部資料扱いであった検診業務
の報告書を見直し,検診の精度管理を目的とした調査
・報告様式の改訂に携わりました。本報ではこの活動
から得た成績を基に,予防会における肺がん検診の精
度管理について報告します。
調査統計小委員会の活動
まず昭和63年度に調査・報告様式の大改訂を行い情
報収集を開始しました。平成元年度からはその成績を
報告書にまとめ出版配布を開始しました。同時に毎年
実務担当者の会議を開き,記入要綱の説明,肺がん検
診に関する講演,支部・施設からの実状報告などを行
ってきました。また事務連絡会議,健康相談所運営会
議では,検診成績と評価について報告をしてきました。
このような活動を通して精度管理の重要性が認識され
ていったと思われます。その結果,肺がん検診の評価
で最も重要な性・年齢5歳階級別に評価可能な支部・
施設数は図1に示すように拡大し,その下での受検者
数も急増していきました。
検診結果の追跡
肺がん検診の過程の中でも予防会は主に1次スクリ
ーニングを担ってきました。予防会では直接撮影や断
層撮影等はしていてもそれ以外の精密検査を自施設で
行える支部が少ないので,当然のことながら確定診断
結果については精検実施医療機関から情報を得なけれ
ばなりません。この確定診断の結果についてどのくら
い追跡しているかは精検受診率で評価されますが,当
初この率は予防会全体で60%程度しかしかありません
でした。予防会の胸部集団検診成績の報告システムで
は,精検受診の確認を肺がん疑い者ばかりでなくすべ
ての精検指示者を対象としており,その結果,全体の
精検受診率はどうしても低くなってしまうという背景
がありました。肺がん検診の専門家から改善事項とし
て指摘されてきたのは常にこの点です。このような中
でも精検結果を把握することの重要性は次第に認識さ
れていき,精検受診率も確実に向上していきました。
そしてそれに伴って発見率も向上していったのは図2
に示す通りです。
図1性・年齢5歳階級別集計の可能であった支部・施設数と 当該受検者数の推移 |
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図2肺がん検診発見率と精検受診率の推移 |
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検診発見肺がん患者の分析を通して
早期発見の評価の指標としてT期以内発見割合と,
間接撮影から精検で確定診断されるまでの期間が2カ
月以内の割合をとっています。いずれも大きな変動は
なくT期以内発見割合は当面の目標として掲げられて
いた50%前後を推移し,2カ月以内確定診断割合は40
から45%にあります。手術に関する情報は2年目から
加えました。当初は手術実施の有無は分かっていても,
それが治癒切除であったか否かまでは把握されていな
いというのが実状でした。しかし,それも次第に改善
し,平成6年度あたりから統計に挙がる治癒切除率は
50%強を示しています。
これら発見された肺がん患者の分析に用いる情報
は,調査表と共に集められる個人票を通して得られま
すが,この個人票の送付は,当初,発見肺がん患者数
として報告された人数の67%しかありませんでした。
しかしこれも平成5年からは常に80%以上となってい
ます。自施設で行った検診については最後まで結果を
追う,このことが定着していった結果と言えるでしょ
う。ある支部では当初1名だった結果追跡担当の保健
婦を1名,さらに1名と増やし4人にまでなったと実
務担当者の会議で報告してくれました。このように情
報収集への自助努力と情報の収集を通して培った市町
村並びに精検実施医療機関との連携により,図3に示
すように,個々の情報についても不明は着実に減少し
ていきました。
図3肺がん患者個人票送付者中 情報不明率 |
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図4発見肺がん患者の 生存率の推移 |
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生存率調査
このように情報収集の基盤が定着していったことで,
平成8年度からは発見肺がん患者の予後調査(生存率
調査)を開始しました。平成元年度以降個人票で肺が
ん確定患者として報告があった者(既に死亡している
者は除く)すべてに毎年調査票を送付し,現在の生存
状況を問い合わせています。このような調査は支部・
施設と市町村の連携が強くなければできませんが,20
〜24の支部・施設で予後調査が実施され,調査対象者
の75%以上で生存状況が報告されています。そしてこ
の予後調査を通しても図4に示すように生存率は着実
に延びていることが分かりました。
今後に残された課題
結核と肺がんの地域別罹患状況と検診発見率から,
結核の検診発見率は地域の結核まん延状況と大きく関
係していますが,肺がん検診発見率ではその関係が小
さく,発見率は検診の質等の影響が大きいと考えられ
ます。すなわち,“肺がん検診では情報管理ばかりで
なくあらゆる段階での精度管理が非常に重要である”
と言えます。調査統計小委員会(現在は統計部会)と
してのこれまでの活動を通し,支部・施設での肺がん
検診の精度管理への意識は高まっていったと考えられ
ます。しかし現実には意識並びに体制の上で支部・施
設間にまだ大きな格差があることも事実です。加えて
平成10年度より肺がん検診が老健法から一般財源化さ
れたことの影響は否めません。これまで増加の一途で
あった肺がん検診受検者数も平成10年度初めて減少に
転じ,予防会の肺がん検診対策委員会は胸部検診対策
委員会へと名称が改められました。厚生省研究班(藤
村班)でいかに肺がん検診の有効性についての成績を
示してもこの流れを元に戻すことは難しいと言えるで
しょう。しかし全国の肺がん検診の評価は現在でも常
に行われており,その結果は全国の半数を実施してい
る結核予防会の成績に負っているわけです。予防会の
精度管理が全国の肺がん検診の精度管理を左右すると
言っても過言ではありません。一方,支部・施設が単
独で精度管理についての意識を維持しそれを実践して
いくのは難しいと言わざるをえません。今一度,結核
予防会本部・支部が一体となって,肺がん検診に取り
組んでいくことが望まれます。
結核予防会の支部は近年対がん協会,予防医学事業
中央会,成人病予防協会などと統合合併してきており,
ここ挙げる成績はこれらの団体と共同で行った肺がん
検診の成績であることをお断りします。なお統計部会
には他に岡山県支部西井研治,千葉県支部白井義修両
先生がおり,集計解析には結核研究所疫学研究部の内
村和広,中田信子,佐藤奈津江各氏の協力に負うとこ
ろが大きいことを付け加えます。
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