結核院内感染対策<1>
特に施設面について

結核予防会複十字病院副院長  中島由槻


 結核は排菌患者の咳嗽により空気中に飛散した結核菌飛沫核を吸い込むことにより感染する。ゆえにその感染を防止するには、主として施設面で以下の対策が勧められている。
1.空気中への結核菌飛沫の飛散の抑制−このためには患者の準高性能マスクの着用、咳嗽時ティッシュペーパーで口を覆う等の励行、不要な咳嗽誘発処置、気管支鏡検査等を極力控えるなどの配慮が必要である。
2.汚染された室内空気の漏出の防止と浄化−前者のためには、室内空気の相対的な陰圧化とできれば前室の設置、出入口の気密化で対処する。後者の手段としては、新鮮外気との換気回数の増加、HEPAフィルターを内蔵した循環式空気浄化装置の設置、紫外線照射装置等があり、これらの組み合わせで結核菌飛沫核に汚染された空気の浄化は達成できる。
3.肺への結核菌飛沫核の吸入防止−医療現場における実用性を考慮すると、現在では飛沫核の通過を阻止しうる高性能マスクの着用を個々の医療従事者が徹底するしかない。この場合、マスクの顔面への密着性の確認は極めて重要である。


はじめに
 結核菌の感染はほぼ100%近く、患者の咳嗽によって飛散し空気中にふつう数十分間は浮遊する長さ1〜4μmの結核菌飛沫核(droplet nuclei)を、肺に吸入することにより成立する空気感染と言われている。したがって結核に対する感染防御対策は、その感染経路を遮断することである。前述の感染経路を考える場合、それを断ち切るポイントとして、1.飛沫の発生を抑える、2.空気中の飛沫を除去する、3.肺への吸入を防御する、の3点が考えられる。ここではそのうちの特に2.を中心に現在推奨されている対策を述べる。


1.飛沫の発生を抑える

この問題は患者の咳嗽によるしわぶきの飛散をいかにして抑えるかに尽きる。これには、菌陽性の結核患者の早期診断と、診断した患者の化学療法で速やかに菌陰性化を図ることが最も重要であることは言うまでもない。しかしこの点については、既に十分に論じられているので、ここではそれ以外の方法として取りうる手段を中心に述べることとした。その方法は以下のとおりである。
1)咳嗽時のしわぶきの粒子は比較的大きく、排菌のある患者または喉頭結核、気管気管支結核、肺結核が疑われる患者にマスク(少なくともディスポ外科用マスク以上に目の細かいもの)をよくフィットさせて着用させることにより、または咳嗽排痰時テイッシュペーパーで口を押さえることにより、その飛散を抑えることはかなり可能であると考えられている。
2)排菌のある患者に対する不必要な咳嗽誘発処置、排痰処置(排痰誘導、口腔内吸引、気切部からの吸引、去痰剤・抗生剤・ペンタミジン等の薬剤吸入、気管支鏡検査、その他の咽頭喉頭に対する処置等)を極力避ける。このことは経過、症状、画像所見等から喉頭結核、気管気管支結核、肺結核が疑われる患者に対しても同様である。また比較的まれではあるが、結核性膿胸のドレーン留置後あるいは開窓後の創面処置や、体表の結核性膿瘍の創面処置等でも飛沫が飛ぶ可能性があり、これらの外科的処置の際にも細心の注意を要する。
3)結核診断の有無にかかわらず、やむをえず緊急時の気管内挿管、気管内吸引、気管支鏡処置等を行う場合、さらに手術において全身麻酔時の気管内挿管や気管内吸引、陽圧呼吸下での開窓部処置等に際しては、程度の差はあれ結核菌飛沫の空気中への飛散は避けられない。このような事態は常に起こりうるので、以下の2.、3.の対策は極めて重要である。


2.空気中の結核菌飛沫核を除去する

 この問題は結核菌排菌のある患者、または結核が否定できない患者の収容場所(以下室内)の空気浄化の問題である。この問題の解決に関する原則は、以下のとおりである。
1)室内における結核菌飛沫核の浮遊する空気の、同一建物内の室外(以下室外)への拡散を防ぐ
 この目的の達成には、室外への連絡路の可及的な遮断と、室内気圧の相対的な陰圧化が絶対条件である。前者については連絡路、出入口の扉に気密性をもたせること、不必要な室内への出入りはしないこと、扉の開放時間を極力短くすることが求められる。相対的に陽圧の前室を設置できれば理想的である。陰圧化は、換気における給排気量に差をつけることで可能であるが、この場合、室内外気の圧差は-2cmH(2)O程度のごくわずかなものである。以上のことは、主に個室、または病室を使用した場合の原則であるが、排菌患者を集めた結核病棟においても、他部位への結核菌の拡散を防ぐ点では同じである。ただし陰圧化については、病棟全体を陰圧化するわけにはいかないので、病棟への出入口を原則的に1カ所とし、出入口に陽圧の前室を設けるなどの工夫が必要である。なお前室の代わりにエアーカーテンを使用することは検討されてもよいと思われる。
2)室内の十分な換気
 もし新鮮な空気のみで室内の換気がなされた場合(室内の空気が完全に入れ替わったとする)、室内にまんべんなく飛散した汚染飛沫核の90、99、99.9%が除去される時間は、理論上では1時間6回の換気ではそれぞれ23、46、69分であり、1時間12回の換気ではそれぞれ12、23、35分であるとされている(表)1)、。ただしこの値は菌が均等に分布し、かつ換気条件を理想的に設定した場合であり、室の構造、給排気口の位置、室内備品の状況等でより延長し、実際の時間は上記の理論値にその室固有のmixing facterをかける必要があるとされている1)。また汚染飛沫核の飛散が繰り返しまたは継続的に生じた場合は、この理論値では対処しえない。一方、人が室内にいる場合の快適な換気条件は、居室者1人当たり1分間に約0.42m(3)から1m(3)の換気であり2)、容積が5×3×2.5mの1人用個室であれば1時間に2回の空気の入れ換えで、4人部屋であれば1時間に3回で十分ということになり、居住性、熱効率の観点からは、換気回数をただ増やせばよいということにはならない。さらに結核菌飛沫核のごとき微粒子は、空気中においてブラウン運動をしており、かつ単位空気量当たりの濃度も薄く、その分布は決して均一ではないので、その室内の容積と同量の空気の給排気を行っても1回当たり63%の飛沫核しか除去されないとも言われている2)。

表 1時間当たりの換気回数別の室内空気中浮遊菌の除去に要する時間図1 新鮮外気の換気量と感染率図2 感染単位別の新鮮外気換気量による結核感染率減少の予測値

 ところで排菌患者と同室の空気を吸った未感染者の何%に感染を生じせしめるかという結核菌飛沫核の量(感染単位)を、同じく空気感染をする麻疹の集団感染の分析から導入した理諭式に当てはめて計算し、換気量と未感染者の感染率との関係をみると、低換気量領域では換気量を増やすことにより感染率の減少も大であるが(居室者1人当たりの換気量を1分間に約0.42m(3)から1m(3)に増加することにより、感染率を50%減少せしめる)、高換気領域では換気量を増加しても感染率を有効に減少させられないとされている(図1)2)3)。さらに空気中に飛散した感染単位が多ければ多いほど(結核菌量が多ければ多いほど)、換気のみでは感染率の減少が得られにくくなっている(図2)3)。
 以上、結核菌飛沫核の除去の目的には、換気条件のみでは不十分であると考えるべきだろう。現実的には、居住性、熱効率などを考慮して、完全な外気(または汚染されていない空気)の交換は1時間6回程度とし、空気浄化のために補助的な手段を加えるべきであると思われる。なお室内の給排気口の位置は、空気の流れを一定の方向にする目的で室の対角線上または対向面上に位置するように設置する必要がある(図3)。

3)高性能(HEPA)フィルターを使用した室内気の循環式浄化
 HEPAフィルターの浮遊飛沫の除去率は極めて良好である。フィルターの1次側から2次側へ最大0.5m/secの風速で空気を透過させると、99.99%の除去率が得られる。、先に挙げた個室において、0.5m(2)広さのHEPAフィルターユニットを設置し0.5m/secの風速で運転すれば、理論上1時間に12回の空気の循環が得られる、適切な広さのHEPAフィルター使用下に1時間30回の空気循環で、空気中の0.3μm以上の浮遊飛沫核は、空気1m(3)当たり10(6)から10(2)のレベルまで減少する(図4)。HEPAフィルターユニットの設置方法には定置型と室内移動型がある。前者にはさらに循環する給排気ダクト内に設置するものと、室内天井か壁に設置するものとがあり、フィルターを通る空気循環の条件が変わらないので信頼性は高い(図5)。一方、室内移動型のユニットは、室の形状、家具の配置や居室者の位置、ユニットの設置場所、給排気窓の状態等によってその有効性が変わり、信頼性に劣るようである。なお結核菌飛沫核が浮遊している空気を中央換気システムに戻すときは当然のこととして、それを単独で外気中へ排気する場合も、biohazardの観点からダクト内にHEPAフィルターを設置することが勧められる。

図3 換気に際して望まれる室内空気の流れ図4 クリーンルーム清浄化能力図5 定置型HEPAフィルターユニットによる室内空気の浄化


 次にHEPAフィルターの使用に際しての未解決な問題を挙げておきたい。現在までのところ、空気中に浮遊する結核菌飛沫が1m(3)当たりどのくらいの量であるのかを実測したデータはない。1回の咳やくしゃみで10(3)〜10(6)個の飛沫核が飛散するとされているが4)、実際に痰1ml内に約1000万個の結核菌がいると推定されているガフキー5〜6号の排菌患者が1回咳をして、空気中にどのくらいの量の結核菌飛沫核が残存浮遊するのかは不明である。さらにHEPAフィルターユニットを設置した室内で排菌患者の治療看護を行うことにより、結核未感染職員の感染がどの程度防止できたかの具体的なデータもない。一方で結核予防会複十字病院において、塗抹陽性患者5名に培地の前方10〜100cmの4カ所で培地に向かい咳をさせてその培養結果を調べ、すべての培地で結核菌陰性であったとの結果もある5)。いまのところHEPAフィルターの除菌効率に関してわれわれが知りうるのは、落下菌の著滅や0.5または5μm以上の空気中の粒子濃度と浮遊菌濃度(コロニー数)がよく相関するという事実(図6)、E.cloacae,  M.vaccaeの生食懸濁液のエロゾルによる実験で、フイルターを通過させた場合それぞれの菌が検出されなかったとの報告4)等によってのみである。またHEPAフィルターユニットでのじん埃除去の90%はプレフィルターで行われているので、プレフィルターの併用は必須である。最後に最も注意すべきことは、フィルター交換時である。フィルター交換に際して、使用済みフィルターは感染性微生物で汚染されていると考えなくてはならない。その際、そこから発生するじん埃を吸入しないように細心の注意を払う必要がある。

図6-1 0.5μm以上のじん埃濃度と空中浮遊菌濃度図6-2 5μm以上のじん埃濃度と空中浮遊菌濃度


4)室内の紫外線照射による結核菌の殺菌的効果
 短波長の紫外線にはある種の細菌やウイルスに対する殺菌作用がある2)。グラム陰性桿菌や結核菌に対しては有効であるが、グラム陽性桿菌、発育の早い抗酸菌、真菌などには有効でない。通常は波長253.7nmで15〜30Wの紫外線ランプが使用される。ただし紫外線の到達しない部分(影の部分)は全く無効であるし、紫外線のエネルギーは距離の二乗に反比例して減弱し、また湿度70%以上ではその殺菌力は急激に低下する。したがって、表面の殺菌効果を狙って室内の壁、天井、床、設備、備品等に直接照射することは勧められていない。紫外線はあくまで空中に浮遊する細菌性飛沫核に対する殺菌浄化作用を目的に使用されるべきである、とされている。
 使用方法は二つある。一つは排気ダクト内に紫外線照射装置を設置し、高エネルギーの紫外線を照射して汚染された室内気を浄化して排気する方法である。ただしこの方法は、HEPAフィルターの有効性に代わるものではないと評価されている。二つ目の方法は、室内の天井から吊り下げるかまたは壁上部に設置し、天井近傍の空気を照射することにより浮遊する細菌性飛沫を殺菌する方法である。この方法では、より汚染された空気を天井部分に移動させるため、常に室内の空気を循環させることが必要である。4.3m四方で高さ3mの結核菌に汚染された室内で、天井から30Wの紫外線ランプを1個吊り下げて連続的に1時間照射した場合、1時間に20回の換気が行われたと同等の効果があると言われている2)3)。しかしながら、実際の換気回数が増加すれば単位空気当たりの照射時間は減少し、殺菌効果は減少することになる。現在まで、紫外線照射とその室の換気との至適な関係については解決されていない。またこの場合も、紫外線単独ではHEPAフィルターの有効性に代わるものではないと評価されている。
 紫外線は人体には有害であるので、照射中に直接人体に当たらないようにシールドし、かつ天井を高くする必要がある。またランプの劣化、ランプ上のほこりで照射エネルギーが低下するので、こまめなメンテナンスが要求される。しかしながら、陰圧化や換気条件などが不十分な結核菌飛沫核に汚染された室内の浄化に、HEPAフィルターと併用して室内に紫外線照射装置を設置使用することは、十分意味のあることと思われる。

3.肺への吸入を防御する
 
 
肺への結核菌飛沫の吸入に対する防御対策には、飛沫の浮遊する空気を全く吸わないような吸入気供給システムを作るか、あるいは0.3μm程度の微粒子を通過させないような高性能フィルターを使用したマスクを装着するかの二つの方法が挙げられている。6)前者は宇宙服のようなフェイスマスクを頭からかぶせて完全に密閉し、フェイスマスク内に安全な室外気か、または高性能フィルターで濾過した室内気を陽圧で供給するシステムであるが、装置が大げさで医療現場では実際的ではないと思われる。後者の高性能フイルター使用マスクの装着に関しては、現在じん肺の予防用として開発された0.3μm以上の空気中の微粒子を95%除去しうるマスク(N95)が市販され、その着用が推奨されている。このマスクの装着に際しての問題点は顔面への密着度、すなわち吸い込む空気がフィルターを通過しないでマスクの周囲から入り込むのをいかに防止するか、である。顔面に密着しないマスクでは、たとえフィルターが高性能であっても周囲から入り込む空気を何回も吸えば、フィルターが機能しないと同然である。したがって各人が定期的にフイットテストを行い、顔面への密着度を確認する必要がある。しかしながら、高性能フイルター使用マスクを顔面に密着させたとき、呼吸に際し若干の換気抵抗がある。15分以上装着するとそれによる呼吸困難感が特に労作時において耐えがたいものとなり、ゆえに医療現場ではその装着を嫌う傾向がある。ただしこのマスクの装着下における心カテ処置等の作業での能率は落ちなかったとの報告もあり6)、マスク装着による呼吸困難感の解決には、慣れること、長時間であれば交代を頻回に行うこと、空気中の結核菌飛沫を極力かつ急速に減少させるシステム内で処置を行うことで対応するしかなさそうである。


まとめ


 以上ここでは、結核菌の感染防御に際しての、主に施設面における具体的な対策の原則について述べた。これらの原則を病棟のある病院、ない病院、診療所、保健所等でそれぞれに応じた対策が立てられるべきであろう。
 次回は、結核予防会複十字病院増改築に際して採用された施設面での新たな対策を示すとともに、それぞれの状況に応じた施設改善のための具体策について述べる。


文献
1) MMWR 1994 ; 43. RR-13.
2) Riley RL, et al. : Cleaning the air. -The theory and application of ultraviolet air disinfection. Am Rev Respir Dis. 1989 ; 139 : 1286.
3) Nardell EA, et al. : Airborne infection- Theoretical limits of protection achievable by building ventilation. Am Rev Respir Dis. 1991 ; 144 : 302.
4) Marier RL, et al. : A ventilation -Filtration Unit for respiratory isolation. Infect Control Hosp Epidemiol. 1993 ; 14 : 700.
5) Personal Comunication.
6) Fennelly KP : Personal respiratory protection against Mycobacterium tuberculosis. Clinics in Chest Medicine. 1997 ; 18 : 1.


Updated 00/07/13