結核予防会健診事業のあり方検討委員会会長代行 第一健康相談所診療部長 増山英則 |
●はじめに
平成13年4月より、今後の国の動向も見据えて、健康診断(健診)の姿はいかにあるべきかを検討する目的で、結核予防会健診事業のあり方検討委員会は発足した。以下述べる内容については、同委員会としての統一見解と私見が混在することはご容赦いただきたい。
今回の検討は、予防会自身の将来のあるべき姿を考えると共に、国民全般に対して有益な健診を提供することを意図しており、予防会自身が身を切ってでも国民全般に益することを目標としている。また、14年1月の保健事業運営協議会においては、さらに具体的な提言を示せるよう鋭意努力中であることも申し添えたい。
なお、本稿の胸部健診部分は、同委員会での検討事項と厚生労働省厚生科学審議会感染症分科会結核部会の結核対策見直しワーキング・グループで検討中の内容でもある。●定期健診について
1.結核定期健診の現状と問題点
(1)結核胸部健診の現状と問題点
1975年には集団健診で1人の結核患者を発見する費用は21万円であったが1)、現在では、青木によると1人の結核患者発見に900万円以上を要すといわれている2)。その原因としては、結核の罹患率の減少によ り、住民健診での活動性結核発見率が70年頃の0.1%から0.016%へと激減したためと考えられる。定期健診全体で見ても、患者発見率は0.0069%と低く、しかも対数直線的に低くなっているので、このまま19歳以上の者全員の年1回の健診を継続すれば、その正当性を主張することは難しいと言わざるを得ない3,4)。
以前、先進国はどこでも結核集団健診を広範に実施していたが、発見率が低くなると、いつまで継続すべきかが20年以上前に問題となった。このときには西ドイツやイギリスでは、発見率がそれぞれ0.04%、 0.02%を割ると健診を正当化できないと結論5,6)された。
また別の視点で見ると、98年の各都道府県新規結核登録患者のうち、78%は症状出現による医療機関発見であった。つまり、定期健診以外の発見が大部分を占めている。これだけを見ていると、やはり定期健診の正当性を主張することは難しい。しかし、年代別に検討すると、職域健診全体で健診発見される割合は8.3%で、そのうち約半数が20〜40歳代で占め られている。住民健診では、各年代で発見された結核患者に占める割合は40歳未満では4.2%に過ぎないが、40歳以上では16%という高い値を示している。一律に、発見効率のみでことの成否を決められない現実がある。
64年のWHO報告書4)に、「特定グループ(結核高発病危険群)の胸部集団健診は高価であるが、診断、治療が適切に行われ、資材も許すなら、実施するのが適当だろう」と述べられている。結核高発病危険群としては、ホームレス、日雇い労働者、サウナ利用者、寝たきりの高齢者、在日外国人、小規模事業者、結核患者の接触者、精神病院・老人施設・矯正施設等の入所者などが挙げられている7,8)。また医療従事者、接客業者など、結核を発病すると多数の人に感染を起こす危険のある職業をデインジャーグループとして定義する考え方もある9)。ただし、WHOは74年以後は健診には極めて消極的である。
学校での結核健診は、集団で行う方式は小中学校では行われなくなったので、高等学校と大学、専門学校が検討対象となっている。10〜20歳代にかけては、もともと結核高危険年代であり、最近の結核発生状況でも、集団感染事例の報告も増えており、定期の胸部X線健診廃止は時期尚早と考えられるが、数学モデルを用いた検討で、20歳未満では胸部X線健診による患者発見の費用は、患者が発見されることで得られる利益を上回るという指摘もある10)。
(2)ツベルクリン反応検査の現状と問題点
ツベルクリン反応検査は、BCG接種との関連があり、BCG接種がdirect vaccination (直接接種)になったり、BCG接種自身が廃止になれば、当然廃止されるべきである。またわが国では野辺地らの報告11)以後、発赤で判定をしているが、欧米での硬結による判定との整合性がついておらず、諸外国の研究報告が活用できない状態にある。特に集団感染事例や接触者事例の判定時に問題となる。
(3)その他
元来、結核は感染症であり、飛沫核感染である。一番重要な、感染源となる塗抹陽性患者の発見に、胸部X線検査を中心にして健診をしても、医師の読影能力不足や経験不足による見落としが大きな問題となっている。また、寝たきりの高齢者等、身体的に胸部健診が受けにくい対象への、患者発見方策を考えるべきである。2.今後の対策
(1)結核胸部健診の今後の対策
〔40歳未満の胸部健診〕
15歳から19歳(高校生、専門学校生、大学生)の登録結核患者の発見方法を、平成12年度結核緊急実態調査で見ると、胸部健診による結核発見率が28.9%を占めている。この年代で集団感染事例が増加していることをあわせて考えると、全面的に廃止というわけにはいかない。一方で1−(1)でも述べた通り、20歳未満では胸部X線健診による費用が利益を上回る可能性の指摘もある。よって、40歳未満の胸部健診については、入学時(高校、専門学校、大学等)、就職時、転職、転勤時、30歳時など、特定年齢や新たな集団生活に入る時点に定期化するのが妥当ではないかと思われる。
〔40歳以上の胸部健診〕
40歳以上の健診は、一般健康診査に組み込んで生活習慣病対策と同時に行う。この場合、肺がんの増加傾向を考慮し、胸部X線検査も一般健康診査に含めて行うこととする。
肺がん健診は40歳以上の住民について、結核健診のフィ ルムを利用して実施されている。わが国でも、2000年に厚生省がん助成金「藤村班」報告書で現行の肺がん健診の有効性が証明された12)。40歳以上に胸部X 線検査を実施する妥当性は、文献的にも散見され13)、かつ実際に岡山県においては、胸部健診による結核発見率と肺がん発見率をあわせると、0.1%という高率であったという結果も発表されている14)。一方、肺がん死亡率減少効果が小さいことも事実であり、久道班の勧告15)の様に、今後CT健診などさらに効率のよい健診方法を考慮すべきであろう。
米国では最近になって新たに、胸部健診の再評価のための大規模研究(PLCO study 16))が開始された。以前は肺がんへの胸部健診の効果は完全に否定されていたが、今後再評価される可能性も出てきている。また、アメリ カ、ヨーロッパ共同で、CT健診の研究会も組織されてきている17)。
わが国においても、肺がんの早期診断で「らせんCT」が威力を発揮している実状を考え、例えば肺がんハイリ スクでは、3年に1回、その他の者では5年に1回CTで健診を行い、その間は毎年胸部X線健診を行う方法も考えられる2、18)。
〔結核高発病危険群への定期健診化〕
以前より定期外健診として扱われることが多かった結核高発病危険群への健診を、年齢に関係なく定期健診として実施する。次の者を高発病危険群とする。
@高齢者収容施設入所者及びデイケアなどに通院する者
A精神病院、矯正施設など集団生活が長く行われる可能性の高い者
Bホームレス、日雇い労働者、特定結核高まん延地域の住民
C簡易宿泊施設、サウナ等に居住している者
D小規模事業者及びその従業員
E入国後3年以内や、日本語学校に通学する在日外国人
F結核患者との濃厚接触者など
Gその他、知事が必要と認める集団に属する者
Hデインジャー・グループ(医療従事者・接客業者等)(2)有症状健診の重視、喀痰検査の定期化
1−(3)で述べたように、胸部X線検査の補完策として、喀痰検査の重要性は周知のことである。また一律の定期健診から有症状者健診の重視への移行は、世界的な考え方となっており、効果、効率の面からも推進することが望まれる2)。この場合、有症状者の受診促進について一層の推進を図ることが重要である(有症状受診推進のキャンペーン)。結核緊急対策検討班においても高齢者の患者発見方策として喀痰検査の必要性を述べてお り19)、寝たきりの高齢者等、胸部写真撮影が不可能な者や有症状者には、喀痰検査をルーチンに施行すべきである。●定期外健診について
1.定期外健診の現状と問題点
方法論としては、「積極的疫学調査の手びき」20)が出され、ほぼ確立したと考えられる。しかし、その活用については、充分でないこともあり、活用の徹底が望まれる。
2.今後の対策
積極的疫学調査のさらなる活用を推進する。患者家族などの接触者健診は患者発見率が高いのみならず、化学予防の対象となる「新たな結核感染者」発見にも重要な対策である。特に最近増加傾向が見られている20〜39歳の若年者の患者発見、発病予防に重要な対策なので、39歳以下の接触者に対する定期外健診は強化する。●今後の健診の方向性
結核健診をモデルとして発展してきた健診は、胸部健診を出発点として循環器、消化器等臓器分野ごとに追加され、次いで種々のがん検診、そして総合健診という表現で人間をトータルに検査していくようになった21)。人間ドックはまさにそれに当たる。しかしながら、健診項目を時間内に処理し、健診結果のみを出すことで終了している健診が主であり、また集団での基準値で個人の結果を判定していたため、二次予防(検診で病気を発見すること)が主となった。
今後の健診のあり方を考え、まず第1に考えられる改善策は、一次予防(病気になる前に生活習慣等を変えて予防する)を主とすることである。検査結果を提示してその解析を行い、生活改善の指導を行うものである。これについては、熊本日赤健康管理センターで行われている健康外来22、23)の取り組みが参考になろう。健診といえども従来の医療の考え方に影響され、病気に重点を置いた対応になりがちだが、「健康という視点から見る医療」としての対応が大切となる。また、大きな意味でのチームによる健診の実行が必要である。チームの意味の中には、健診施設の医師、検査技師、看護婦、保健婦、放射線技師、事務方の協力と共に、病診連携に見られる様な、他の医療機関等との連携をも含める必要がある。さらに住民や企業への普及啓発も大切となる。
第2の改善策は、集団の基準値でなく、個人の基準値に基づく生活指導を行い、病人を発見するのでなく、なんらかの異常を持っている人を健康へと引き戻す指導をすることである。従来の健診後指導の根拠は、集団での基準値に基づいている。経験上または一般的に、上記で判定すると、受診者の20%は異常なし、また20%でなんらかの疾病を発見され、残りの60%が集団の基準値上で見ると正常範囲だが、正常の限界に近い状態の人もある。例えば糖尿病の判定基準では、糖負荷試験において、空腹時と負荷2時間値で判定を行い、仮に負荷1時間値が160mg/dlを越えていても空腹時と負荷2時間値が正常であれば、糖尿病で要治療とは判 定されない。しかし、この状態では、その後5年間に60%が糖尿病になるという研究報告がある。当然この状態の人たちの健診事後指導では、発病しないようにすることが必要となる。
その際、参考になるのが、個人の基準値による判定24)である。無論、単年度受診ではこの判定は不可能だが、経年で受診してもらうことにより、個人での値の変動を見て、仮に集団の基準値では正常範囲内であっても、数値が増加傾向ならば、治療域となる前に生活習慣を指導し、改善させることができる。まさに厚生労働省の提唱する「健康日本21」の概念に合致する内容となる。さらに国民全体の医療費を抑制する効果も期待できる。
第3の改善方法としては、全国組織としての予防会の組織を生かし、健診事業を新たな方向を目指して展開していくことである。健診に関する制度を比較すると、地域保健(基本健康診査)、労働衛生対策(一般健康診断)及び政府管掌健康保険(一般健康診査・人間ドック)については、それぞれ法令で健診項目、基本健診の回数及び精度管理事業が定められているが、組合管掌健康保険(一般健康診査・人間ドック)及び国民健康保険(基本健康診査・人間ドック)についてはすべて任意となっている。従って、組合管掌健康保険及び国民健康保険の被保険者に対する健康診断については、予防会としての健診事業の結果を行政にフィードバックする余地はあり、その仕組みを提言することは大きな意味を持つ。
その仕組みは、例えば、
@予防会の健診事業の個人データを経年的に保存し、必要に応じて活用できるようにすること
A集積されたデータを一定のフォーマットで本部に集積 し、分析すること
Bそのために様式を統一化すること
C健診情報の解析を標準化すること(個別データでの)
Dその結果を協力して検討し、標準的解決策を作成し、改善していくこと
Eその結果を生かし、保健婦による健診のアフターフォローを行うこと
などが考えられる。●おわりに
予防会にとっては非常に辛口の内容となった。しかし、真に国民の役に立つ健診を、公益法人である予防会は提供すべきである。従来の集団を対象とした一律の健診は今後縮小、最悪の場合廃止される運命にある。個人の基準値に基づき保健指導(栄養指導、運動指導等も含む)をし、集団の基準値としては正常に入るが、健康ではない人を、健全な姿に引き戻せる様な健診体系の構築が急務であり、「健康日本21」とも整合性を取れる内容でありたい。そのためには、ここ2年の間に、組織を挙げて検討を行い、この実現のために各支部の体質改善も進めなければならないだろう。
最後に、絶えずご指導いただいた本会青木正和会長、本稿の胸部健診主要部分を考察され、多大な貢献をされた岡山県支部西井研治所長、結核研究所大森正子統計解析科長並びに熱心にご討論いただいた健診事業のあり方検討委員会委員の諸先生方に深謝いたします。
【文献】
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2)青木正和:わが国の今後の結核対策,日本胸部臨床. 60
[7 ],626- 635 ,2001.
3)青木正和:新世紀の結核戦略−結核根絶に向けて,結
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4)WHO Expert Committee
on Tuberculosis ,Eighth Report ,Technical Report Series No.290
,1964.
5)Lock W :Zur den zeitigen Tuberkulose
situation . Prax.Pneumol.33 ,555- 560 ,1976.
6)Joint
Tuberculosis Council :Review of mass radiography services ,Tubercle.45
,255- 266 ,1964.
7)大阪市環境保健局:大阪市の結核の現状.31 ,2000.
8)吉山 崇:社会的ハイリスク者への結核検診の試行の実状について,平成12年度厚生科学研究・新興再興感染症
研究事業「再興感染症としての結核対策確立のための研究」 研究班報告書,5 月,2001.
9)森下宗彦:X
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10)森
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11)野辺地慶三
他:ツベルクリン反応検査方法について(第 一報)厚生科学1,(1),16- 33 ,1940.
12)厚生省がん助成金
藤村班報告書
13)A .Krebs :The Fight against Tuberculosis
in the German Democratic Republic ,with Special Reference to Prophylaxis
and Mass Miniature Radiography .Scand J Resp Dis .1972 ;Suppl
80:51- 60.
14)Personal communication
15)久道茂
他:癌検診の有効性評価に関する研究班報告書, 日本公衆衛生協会,東京 1998
16)Information
about the PLCO Trial.
17)Sone S ,TakashimaS ,et
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tomography scanner . Lancet 351 ,1242- 1245 ,1998.
18)結核予防会健診事業のあり方検討委員会報告書(第二回)
19)公衆衛生審議会,結核予防部会.結核緊急対策検討班報告書,2000 ,
20)保健所における結核対策強化の手引きとその解説,結核予防会,2000
21)青木正和:最近の胸部検診の諸問題,第7回呼吸器疾患フォーラム,健康管理,No.541
,24- 31 ,1997.
22)小山和作・川島英敏:健康外来の取り組みと成果(上), 「健康外来」をはじめた社会的背景.健康保険,50
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23)小山和作・川島英敏:健康外来の取り組みと成果(下), 健康寿命延長と医療費抑制の実現のために.健康保険,44
−51 ,2001.
24)菅沼源ニ:臨床検査成績の標準表記法.日健診誌,Vol2 , 20
−29 ,1976. 6