肺がん検診−さらなる飛躍を−

結核予防会岡山県支部 理事・附属診療所長  守谷欣明

肺がんの増加と肺がん検診

 人口動態統計によると,わが国の肺がん死亡は, 1999年に52,177(人口10万対41.2),男性37,934(61.2),女 性14,243(20.0)であった。近年,わが国の肺がんは増 加の一途をたどり,72年に肺がん死亡が12,290 (10万対11.6)で肺結核を越し,93年に男性では肺がん 死亡が胃がんを越し,98年より男女合わせてがんの中 で肺がん死亡が1位である。
 肺がんは発見されたものの3分の1に手術が行われ, そのうち3分の1の治癒しか望めない状況が続き,難 治がんとされてきた。最近の治療成績は切除した肺が んの半数以上が治癒可能となり,また早期がんの割合 も増加している。肺がんを救命し得る段階で発見し, 早期治療にもっていくことは社会的な要請であった。
 肺の末梢部肺がんは腺がんが多く,早期には症状は なく,胸部X線像に出現する陰影が唯一の発見の手掛 かりになる。一方,肺門部肺がんは扁平上皮がんが多 く,喫煙者に限られ,早期にはX線無所見で,喀痰細 胞診で発見される。従って,肺がん検診は40歳以上の 男女に胸部X線検査を行い,肺門部肺がんの高危険群 (1日の平均喫煙本数×喫煙年数が600以上と血痰)に 3日蓄痰法か連続痰で喀痰細胞診を併用する。胸部X 線検査は間接撮影,直接撮影,DR,CR,らせんC Tのいずれかで行う。CTは感度が高く,間接撮影は 直接撮影よりも肺がんの存在診断に適する。

結核予防会の肺がん検診の取り組み

 結核予防会が全国組織として肺がん対策に取り組ん だのは,1967年に結核研究所長岩崎龍郎先生により組織 された「肺がん集検研究班」であった。肺がんスクリ ーニング用X線分類として,肺野孤立性陰影,肺門の 異常所見,肺門と連なった区域性肺葉性無気腫と肺炎 など7つのX線所見を想定し,結核検診の受診者39.3 万人の中からこれらの所見に該当する2.6万人を登録し て追跡し,肺がんの確定した症例を持ち寄って検討した。 肺がん読影の基本となる情報を共有しようとした貴重 な研究であり,結核予防会の肺がん検診の出発点とな った。
 84年には老人保健法の肺がん検診に向けて,結核予 防会肺癌検診対策委員会を組織し,早期発見,精度管 理,調査統計,細胞診の小委員会を設置して,結核予 防会が胸部疾患の専門家集団として,結核検診と併せ て肺がんの早期発見を行う姿勢を示した。細胞診小委 員会では,不足していた細胞検査士の養成を結核研究 所で行った。98年にこの委員会を結核予防会胸部検診 対策委員会とし,小委員会を総括,精度管理,統計部 会と改組して,現在の活動を続けている。

岡山県の肺がん検診の歩み

 結核検診の間接X線写真の読影で少なからず肺がん があることから,肺がん検診の可能性を検討し始めた のは1965年頃であるが,当時は肺がんを疑っても術前確 定診断を依頼できる施設がなかった。67年に70ミリミ ラーカメラ搭載X線車が導入され,続いて100ミリミ ラーカメラになり,高圧撮影,希土類オルソシステム で,間接X線写真は肺がん検診が可能な画質になった。 画像診断で,5ミリスライスの断層や側面,斜位の断 層を工夫して肺がんを絞り込み,X線透視下にメトラ 氏ゾンデを用いて病巣擦過細胞診を行っていた。71年 に国立がんセンター池田茂人先生によって気管支ファ イバースコープが開発され,岡山県支部では73年に気 管支ファイバースコープ検査による肺がん確定診断法 を確立した。 この様な準備期間を経て,岡山県で77年から結核検診 を用いた肺がん検診を県下全市町村で開始した。老人 保健法より10年早い。間接X線写真のダブルチェック ,次いで比較読影を行い,喫煙者に3日蓄痰サコマノ 氏法で喀痰細胞診を併用する方式である。
 岡山県支部の肺がん検診は,肺がんのスクリーニ ングと併せて確定診断技術の開発を行ってきたことに特 徴があり,早期がん症例を多く蓄積して,そこから得 られる情報をX線読影や細胞診に生かすことで,より 早期の肺がんの検出につなげることができたと考えて いる。

厚生省がん研究班と日本肺癌学会の動向

 わが国の肺がん検診は,1972年から15年間にわたる厚 生省がん研究助成金池田班,成毛班の研究の成果に基 づき,87年から老人保健法に導入された。この研究の 流れはその後の池田班,成毛班,金子班と計9期24年 間にわたり組織され,さらに藤村班によって肺がん検 診の有効性が示された。
 77年に始まった岡山県の肺がん検診の成績はこの研 究班の注目するところとなり,81年の池田班「肺がん の効果的集団検診に関する研究」以降この研究班に参 画してきた。わが国の肺がん検診の確立には結核予防 会の実績が寄与している。
 日本肺癌学会は集団検診委員会を設置し,肺癌取り 扱い規約に肺がん検診のマニュアルを示し,また肺癌 集検セミナーを開催して,肺がん検診の普及と精度管 理に努めてきた。肺がん集検は医師,臨床放射線技師, 細胞検査士,保健婦,行政担当者など多くの関係者の 熱意と協力によって成り立っている。

結核予防会の肺がん検診の成績

 1998年に結核予防会が全国で実施し集計できた肺がん検 診は303万,喀痰細胞診併用は15.1万(5%)で,精検受 診率は80%,肺がん発見は1,541で,発見率は10万対51で あった。このうち治療法まで把握できた肺がん1,340 につ いて臨床的特徴を見ると,男女比は2対1,発見方法は 男性ではX線89%,喀痰7%,双方4%に対し,女性で は喀痰発見はない。男性では肺野末梢部が83%,肺門部 が17%に対し,女性では97%と3%であった。臨床病期 はT期が男性では48%,女性では60%で,切除率は男性 では65%,女性では80%で女性の成績がよい。標準化発 見比は0.46 ,男性0.42 ,女性0.54である。5年生存率は男 性31%,女性48%で,X線発見36%,喀痰発見45%,病 期T期65%であった。
 結核予防会の肺がん検診の成績は,89年以来結核研究 所統計解析科大森正子氏により集計,分析されていて,こ の成績は2000年に東京で開催された日本肺癌学会第16回 肺癌集検セミナーにおいて報告され,全国の肺がん検診 の50%近くが結核予防会で精度高く実施されているとし て高く評価された。

岡山県支部の肺がん検診の成績

 1996〜98年の成績で見ると,肺がん検診受診者は45.3 万,男性13.8万,女性31.5万,喀痰細胞診は男16,000 ,女 2,000 で,受診率は60%,経年受診率は77%,精検受診 率は85%である。
 この検診で発見された肺がんは301 ,男性200 ,女性 101 で,発見率は10万対67 ,男性145 ,女性32となる。 X線発見92%,喀痰発見5%,双方発見3%であった。 検診発見肺がんの臨床的特徴は,男女比2対1 ,肺野 末梢部88%,肺門部12%,組織型は腺がん65%,扁平 上皮がん25%,小細胞がん7%,臨床病期はT期53% で,切除率は67%であった。
 標準化発見比を岡山県がん登録から求めたところ0.62 となり,経年受診の女性では0.91 ,同男性では0.59で,毎 年この検診を受診している女性では,肺がん存在期待 値の91%を発見したことになる。
 5年生存率は,全受診者で51%,切除例で65%,T 期で73%,径2cm以下腺がんで82%であり,肺がんの 治療成績は男性より女性がよい。

症例対照研究による肺がん検診の有効性の評価

 1998年に厚生省がん研究藤村班で,症例対照研究により 肺がん検診の有効性の評価が行われた。岡山県ではオッ ズ比0.59 ,宮城県では0.54 ,新潟県では0.40の成績が得ら れ,肺がん検診を毎年受診することにより肺がん死亡を 41〜60%減少させることが示された。
 がん検診の有効性を評価する研究は,無作為化比較試 験が最も理想的な手法とされ,86年のMayo Lung Project で肺がん死亡率に差がなかったとして肺がん検診に否定 的な考えがある。わが国のように年1回の胸部X線検査が 国民に浸透しているところでは,検診を受けない対照群 を設定することは不可能であり,実現可能な手法として 症例対照研究が行われたが,3つの地域で近似した成績 が得られたことは信頼性を増すものとなった。

これからの肺がん検診

 CT検診は肺野末梢部肺がんの検出に感度が高く, 高分化腺がんの早期像である淡いスリガラス様陰影を とらえることができる。東京から肺がんをなくす会の らせんCTを導入した成績では,肺がん発見率は10万 対388 ,病期T期が82%で,5年生存率は71%であっ た。長野県の住民を対象にしたCT検診では,初回の 発見率は10万対410であるが,継続では77に低下し, 職域検診では,発見率が初回は408 ,2年目から83に なったと報告されている。岡山での経験でも,喫煙者 のCT検診の肺がん発見率は10万対600を越え,同時 に撮影した直接撮影では発見できない肺がんがあった。
 わが国の肺がん検診は,現在700万人の受診者があ り,全員にCT検診を導入することは,効率,対費用 効果,読影能力から見ても実現困難であろう。では肺 がん検診にCTをどう使うか。CT検診を一度行った 後の3〜5年はCTでも肺がんの発見率が間接撮影の 検診と変わらなくなることから,CT検診を5年毎の 節目検診に導入し,その間は従来のX線検診を行う方 式も現実的な対応として考えられる。CT検診を喫煙 者の高危険群に実施し,合わせて肺気腫などの所見を 禁煙の動機づけにして,肺がんの一次予防につなげる ことも有効である。なお,精検ではCTは必須であり, 薄層CTを加えた画像診断だけでなく,CTで重複が んが発見されることがある。
 胸部検診は,結核検診と肺がん検診の双方で有効な 検診でなければ存続しないであろう。肺がん検診にC Tを効率よく導入すると同時に現行の肺がん検診の精 度向上が必要である。結核検診の間接撮影を用いた肺 がん検診が適切な精度管理で行われていれば,肺がん 死亡を減少させることが示された。CT検診をこれに 組み合せてさらに有効な肺がん検診を確立したい。

おわりに

 これまで結核予防会は全国組織を挙げてX線間接撮影を 利用した肺がん検診の確立に努めてきた。肺がんのCT 検診は,大阪,宮城,岡山などいくつかの支部で既に らせんCTが導入され実施されている。また,千葉,長 野,愛媛の各支部ではCT搭載胸部検診車が活動して いる。これを機に結核予防会の本部・支部が結束して,肺 がん検診のさらなる飛躍を期したい。


Updated 01/04/26