平成5年4月、結核が将来にわたる大問題と「世界緊急事態宣言」を出したWHO(世界保健機関)は、今年は3月24日を「世界結核デー」とし、さらに大々的に結核問題の重大性を警告し、対策強化の必要性を強く訴えました。この地球規模の結核蔓延は主に途上国が舞台ですが、WHOや先進諸国の援助により、途上国の結核対策が最近では著しく強化されています。わが国でも国内の結核問題を見直し、より効果的な対策を進めるとともに、途上国の結核対策への協力も、よりいっそう強めることが求められています。

今、世界の結核は

  1. 去年1年間の結核による死者は310万人。これは過去最大で、成人ではあらゆる熱帯病(マラリア等)による死者の合計より多い。
  2. 現在1年間に発生する結核患者は800万人(うち300万が重症で感染力十分)。2005年には1200万人に達する見込み。
  3. その98%が途上国で、エイズの蔓延が結核の増加を加速している。
  4. 先進諸国も結核では足踏み状態。途上国からの菌持ち込み、エイズの流行などがその原因

誰も予想できなかった惨状

 この地球的規模の結核蔓延を誰が予想できただろう。結核は「病気との闘いの上での医学の勝利」の典型的見本とされ、今から30年ほど前、ノーベル賞に輝く免疫学の権威ですら、西暦2000年までには結核菌は消滅してしまうだろうなどと言っていたのである。
 その後、結核はどんどん増え続け、結核対策をゆるめた国々を慌てさせた。結核に限らず感染症全般についても、決して楽観的になれないことが分かる。エイズはもとより、日本では今夏のOー157大腸菌で大騒ぎになったことは記憶に新しい。

ドクター・コチこと古知 新博士の活躍

 WHO「結核対策本部」の部長は日本の古知博士。5年前WHOに乗り込んであわや消滅寸前だった「結核対策課」を建て直し、予算、人員面で十倍以上の規模拡大に成功した。もちろん日本政府の財政支援という後押しもあった。DOTS方式(後述)を広げ、強力に売り込んで成果をあげている。氏と結核対策本部の精力的な動きは世界に注目されている。

 平成6年の結核の様子は表の通りで、この20年近く続いた減り方の鈍化は、この1年に限って、少しは良くなったように思われますが、偶然かどうか。今年の予防週間中発表になる平成7年の数字が楽しみですが、果して?
 それはともかく、この数字は先進国では一番悪い数字(東欧なみ)で、英国や米国に比べると4倍くらい高い数字です。

日本の結核はどうなっている?(平成6年の数字から)

1. 新登録患者数 : 44,590人 (47,437人) ( )は前年の数
2. 罹患率(人口10万対) : 35.7 (38.0)
3. 活動性感染性肺結核が
 新登録患者に占める割合
: 53.0 (52.4)
4. 死亡者数 : 3,094人 (3,235人)
5. 死亡率(人口10万対) : 2.5 (2.6)

*年齢の高いほど罹患率も高いが、15歳〜39歳で減り具合が鈍っている

 日本にはかつての結核大蔓延時代、つまり若いときに結核に感染(これを既感染と言います)した人が、まだ大勢います。感染はしても発病しない人が多いのですが、一度入った結核菌は胸でそのまま生きつづけ、年をとったりして体力が落ちると、目をさまして活動を始めます。(これを結核の再燃と言います)。日本の高齢者は既感染世代とも言うべきで再燃発病する可能性が高く、新しい患者の半数以上が60歳から上の人です。

 結核になりやすい人たちがいます。これをハイリスクグループと言います。前述のように60歳以上の世代もその一つですが、この他
  1. 糖尿病の人
  2. 透析をしている人
  3. 大きな手術をした人
  4. 精神的ストレスの大きい人
  5. 連れ合いに先立たれてがっくりした人
などもハイリスクグループに含まれます。この人たちは免疫の力が落ちているので、感染したら発病しやすく、また既感染の人が発病することも多くなります。

 結核が再燃あるいは発病しても、最初のうちは、結核とは恐らく誰も気付かないでしょう。家族はもちろん、お医者さんでも風邪ぐらいに考えてしまうことだって多いのです。やがて重症になると排菌して、まず家族にうつし、うつされた家族が学校や職場で、結核菌をまき散らすなどして集団感染に進むこともあります。集団感染というと、以前は中学・高校でたびたびあり、新聞にも出ましたが、最近では事務所、病院などでの発生が目立っています。

新技術で結核菌を追いかける

  結核菌やその仲間の抗酸菌は増殖が遅く、検査をするのに十分な量を得るまで培養するのに、かなり時間がかかった。現在はバイオテクノロジーの技術を応用してかなり速く、いろいろなことを調べる方法が開発されている。
 また、DNAで菌の指紋が分かるが、これを利用すれば、空気感染のため追跡が難しい結核の感染経路をたどることができる。
 都会では人間の動きが複雑だから、疫学上かなり面白い結果がでるかもしれない。

 結核菌に感染しても全部が発病するわけではありません。発病するのは10人に1人程度、あとは前述のように、そのまま、その人と一生をともにして、機会があれば再燃するのです。結核の症状はまさに風邪と同じで、ついつい油断してしまいますが、咳、痰、熱、だるさが半月以上も続いたら要注意で、ぜひ受診してください。本人・家族はもちろん、複数の医師でさえ分からず、20歳そこそこで死んでしまった若者の例もあるのですから。

結核老人の余病をどうする

  高齢になると、老化にともなう疾患がいろいろ出てくる。そのため結核が出たからといって、結核の専門だけでは対応できない。循環器科、神経科、皮膚科等々、各科の応援が必要である。そこで、一般病院に結核病室を設ける(もちろん、感染を起こさないよう設備を整えての話だが)ことも検討されている。

 今でこそ結核は高齢者の病気となりましたが、昔は思春期の病気でした。途上国ではやはり青年子女に多く、大きな問題となっています。同様に結核に弱いのが乳幼児です。赤ちゃんが感染すると、髄膜炎や粟粒結核のような、生命にかかわる状態になることが多いのです。しかも診断が難しく、治っても後遺症が残ることがよくあります。
 BCG接種をしておけば、このような危険な状態になるのを防げることは、世界でも認められています。

 闘病生活・・・かつてそれは長い長い、結核の療養生活を意味しました。今は違います。普通、幾つかの薬を組み合わせて(国の医療基準ができています)、6〜12カ月で治療を終えるのが標準となってきました。入院も、排菌さえ止まれば外来に切替えられます。

 抗生剤などが全く効かないという恐ろしい細菌があります。MRSA(耐性黄色ブドウ球菌)が有名ですが、結核菌にも各薬剤に耐性をもつものが出ています。複数どころか、すべての薬に耐性というすごいものがあって、これに感染したらお手上げです。米国の病院や刑務所等で多剤耐性結核菌による集団発生があり、多くの患者や医療関係者が犠牲となった例がありました。こういう菌を作らないようにするのが結核対策の大きな課題です。

目の前で服薬を確認・・・DOTSという方法

 途上国の結核対策で短期化学療法を採用するにあたっての問題は、患者に高価な薬をどうしたら確実にのませられるか、である。薬をのんでしばらくすると、症状が消える。消えると薬を止めてしまう。本人が治らないだけでなく、これでは耐性菌を作っているようなもので、何もしないよりかえって悪い。そこでWHOが考案したのが、DOTSという方法である。つまり、最初の2カ月間は毎日、診療所へ患者を呼ぶか、職員がその家へ出かけて行って、目の前で薬をのむのを確認するのだ。これが非常に成功している。日本では大部分の患者が、最初のうちは入院しているので必要なさそうだが、都会の吹き溜まりにいる患者には必要かも知れない。
(Directly Observed Treatment Short Course直接監視下短期化学療法)

 結核菌は15、6時間に1回分裂するくらい悠然とした菌のせいか、結核という病気も慢性病の代名詞でした。感染後何十年もたって再燃することも、よくあります。これだけ対策に人と資力を使っても、結核は思うようには減ってくれません。もう大丈夫だろうと米国のように手を抜いて、都市の吹き溜まりにいる人たちに結核が蔓延したように、手痛いしっぺ返しを食います。その上エイズという新たな援軍まで出てきました。結核対策の真骨頂はこれからです。今こそ「制圧難病=結核」の最低の常識を身につけていただくようお願いいたします。

日本の結核菌は、いつ、どこから来たのか?

 青森県の三内丸山遺跡の発掘によって、日本の縄文時代が根本的に見直されている。この縄文時代にはどうやら結核はなかったようだ。では日本にいつ、どこから結核菌がきたのだろうか。
 東京都老人総合研究所鈴木隆雄氏は古病理学・骨学の研究者だが、氏の研究によると、弥生時代から古墳時代にかけて、大陸からたくさん渡来人がやってきたが、同時に結核菌をももってきたため、免疫をもたない土着の縄文人に結核が広がったという。この鈴木説は学会でも注目されている。

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Updated 96/10/21