ノルウェーの結核事情

−ヘルダール医師に聞く−

国内・海外で幅広く活動

−現在のノルウェーでのお仕事は?
  私はNational Health Screening Service(国立保健健康診断事業)の結核登録部長として働いています。ここでは結核患者の登録を行い、結核に関する統計資料を集め、分析したものを年に1回出版しています。また、職員のトレーニングなども行っています。


−これまでの経歴を教えて下さい
1981年オスロ大学を卒業し、ノルウェー北部にあるハマーフェスト病院、診療所で1年半働きました。その任務が終わってから、2年間中米のニカラグアでプライマリーヘルスケアの活動を行い、そのころニカラグアの一部の地域で大きな問題になっていた結核に興昧を持ちました。そのこともあり帰国後ノルウェーの病院で、結核の治療も行われている感染症科と胸部疾患科に勤務しました。
 87年からはノルウェー全国保健協会(結核予防会のような組織)に入り、ニカラグアの結核対策プログラムを支援するため、3年半現地で活動しました。このころ結核対策戦略が短期化学療法に移行し、ニカラグアはその対策のモデル国だったのです。現地にいい医師がいて熱心に活動していたため、治癒率は年々良くなり、その2年後には、ニカラグアが独自でプログラムを運営するようになりました。
 ニカラグアから戻ってからは主にノルウェーの結核、とくに死亡率についての研究を行い、それから途上国のエイズ対策の仕事を始め、94年から現在の職についています。


ノルウェーの結核状況と対策

−ノルウェーの結核の状況について
ノルウェーの結核はとても少なくなっています(表・図)。ただ、減り方はだんだん鈍くなっています。

表 ノルウェーの結核状況図 1995年治療開始患者の治癒率
(肺結核菌培養陽性患者101人)


−ノルウェーでは具体的にどのような対策がとられているのですか
基本的には日本と同じで、最も大切なことは感染性の患者を発見して治すことです。ほとんどの患者は病院で発見されています。ノルウエーの医療機関はほとんどが公立で、結核患者の治療はすべて無料です。BCGを14歳で、移民には新生児の時に行っています。また、X線検査を以前結核にかかったことのある人、ツベルクリン陽性者、最近大都市で増えている薬剤中毒者、アルコール中毒者、ホームレスなどのハイリスクグループに行っています。


−X線検査の対象者は何人ぐらいですか
70年までは全国民(成人)に行っていましたが、その後選んで行うようになり、今は1万人ぐらいだと思います。
それからノルウェーの結核患者の半数を占める移民の問題があります。移民がノルウェーに入国する際には3ヵ月以内にX線検査とツベルクリンをしなくてはなりません。もっとも、地域の保健担当者がそれほど熱心ではない可能性もあるので、100%行われているとは言えませんが。


−エイズはどうですか
ノルウェーではエイズ、エイズと結核の合併症ともに少ないのですが、移民になりますと、出身国のエイズ患者数に比例して若干ありますね。
日本と同じように、ノルウェー人の結核患者のほとんどは高齢者で、平均70歳ぐらいです。
それに対して移民の緒核患者の平均は30歳ぐらいになります。高齢者にはHIVのリスクはないのでエイズと結核の合併症もありませんが、年齢の低い移民にはあるわけです。


−日本では集団感染が多発していますが、ノルウェーはどうですか
時々あります。昨年2番目の大都市で15人規模のものがありました。でもそれほど多くはなく、ほとんどが独立したケースですね。
また、私が知っている限りでは院内感染はありませんが、多剤耐性の独立したケースはあります。96年に4件あって、患者はみんな移民です。彼らは若く、すべての薬に耐性というタイプではなかったので、幸いにも治癒しました。


−院内感染はないとのことですが、病院で、患者をほかの患者から隔離するなどの対策はとられていますか
まず、結核患者の3分の1は病院外で治療します。3分の2は入院、平均して3週間、感染する恐れがある場合は隔離病室に収容します。ノルウェーにはあまり多剤耐性はなかったので隔離病室の設備はそれほど洗練されてはいませんが、それでも排気システムや窓の開放、スタツフヘの制約などはあります。スタッフは予防接種を受け、ツベルクリン陽性でなければなりません。


−ノルウェーの国としての対策システムはどのようになっていますか
まず、完壁な登録制度があります。医師、患者、検査室のそれぞれから登録票をもらい、また、リファンピシンの処方箋の情報を得て、比較します。それによって、患者の登録もれを防ぎます。国の結核対策マニュアル、結核予防法もあります。
 これまで、8人の委員で構成される結核対策委員会が保健省によって設けられており、私は書記を務めていました。この委員会は今年3月に作業を終え、結核対策を強化すべきとの研究報告を提出しました。
 ともあれ、ノルウェーの結核はヨーロッパでも最も少ないグループに属し、これは登録制度がよいからだと思っています。また、50年代〜70年代に活発に対策を推進したからだと思います。でも、状況は変わってきています。結核はみんなが知っている病気ではなくなったのです。医師は、それに注意していかなければなりません。


NG0と広報活動

−ノルウェーの人たちは結核を忘れてしまったのですか
数十年前までは結核は重大な問題だったので、高齢者はよく覚えています。結核問題が起こると、近所の人がパニックに陥ることもあるので、地域の医者は病気に関する説明会のようなものを開かなければなりません。しかし、若者は知りませんね。


−それは日本でも同じですね。ノルウェーでの結核予防の普及広報活動について
ノルウェーには結核予防に関係したNGOが二つあります。一つはノルウェー全国保健協会、もう一つは Lung & heart 協会という団体です。全国保健協会は支部もあり、複十字シール運動、地方新聞での広告、世界結核デーキャンペーンなどを行っています。Lung & heart は患者団体で、リーフレツトを作ったり途上国への協力をしています。ノルウェーでは国際協力を行うのに、良いプロジェクトなら政府から80%の補助をもらえます。途上国と連絡を保ち、協力してプログラムを運営することが大事ですね。ノルウェーの対策も途上国の対策をみて変わりました。途上国の対策からこちらも多くのことを学んでいるのです。


日本での研究

−結核研究所ではどのような研究を?
これまでは、ノルウェーから持ってきた資料の分析を行っています。例えば年齢、性別などによる異なるグループの分析などです。また、ノルウェーの結核と日本の結核を比較分析する予定です。


−その違いは何だと思いますか
まず絶対数の違い。それから日本の方が高齢者の患者が多く、ノルウェーは移民が多い。対策については、ノルウェーは有利ですね。なぜならノルウェーの医療機関はほとんど公立だし、小さい国なので情報も得やすいですから。


−国際研修のお手伝いもされているそうですね
疫学や結核対策の方法を教えています。とてもいいコースですね。結核対策の新しい戦略を強調し、生徒全員がアクションプランを作成しています。今度研修生と一緒に秋田などの医療機関を見に行くつもりです。ノルウェーにはこのようなコースはなく、ノルウェー人対象のものだけですね。ただ、ニカラグアが行っている国際結核研修コースをサポートしています。


−最後に世界的な視野に立った結核対策活動について
自国の結核に関しては、ノルウェーはこれまで良いプログラムを実践してきたと思いますが、改正の時期に入っています。日本の人には私どもの改正から大いに学んでいただきたいし、我々ももちろん日本からたくさんのことを学ぶつもりです。途上国からも学ぶことが多くあります。先進国同士は連携し、途上国には協力していくことが大切ですね。最近ヨーロッパで大きな会議が開かれています。オランダ結核予防会が、WHO,IUATLDと共催で行っているもので、東ヨーロッパの新しい国々も参加し始めています。
 世界の結核対策については時間はかかると思いますが、コントロールするのは可能だと思います。ただ、多くの国では地理的、経済的に治療を受けられない人がたくさんいます。長い目で見て、結核を無くす方法は貧困を無くすこと。同時にプログラムをきちんと行い、今治療できる人々から対策を始めていくことです。

文責編集部


Updated 98/11/24