結核対策における

病院と保健所との連携

 

 結核治療中の脱落・中断及び治療失敗を予防し、なおかつ、感染の拡大を防ぐ上で、治療の場である医療機関と結核患者管理を行っている保健所との連携の重要性が注目されています。
 平成11年4月より独自の連携システムをスタートさせ、確かな成果を上げつつある国立療養所神奈川病院と秦野保健所の取り組みについて、今回、それぞれの立場から執筆いただきましたので、紹介します。

 

病院の立場から

保健所の立場から

 

病院の立場から

国立療養所神奈川病院 院長  藤野 忠彦


はじめに
 
平成12年4 月に大阪にて開催された第75 回日本結核病学会のシンポジウムで「結核対策にお
ける保健所と病院の連携―看護婦間連携のあり方」が取り上げられた。また学会の前日に行われた公開シンポジウム「大阪の結核―その現状と対策に向けて」では診療側、保健所そして行政がそれぞれ発表を行った。これらを通して結核対策において欠かすことのできない事柄として認識されたことは、結核予防会大阪府支部亀田和彦氏が強調された「結核対策は皆で取り組まなければならない」ということである。病院、診療所などの医療機関、保健所そして行政機関が一体となって「結核対策」に取り組むのでなければ、一方では「解決」となったとしても、他方では全く解決になっていないケースが生じるからである。


問題点

1 未受診者への対応
 病院と保健所間連携は従来より程度の差はあるが行われている。その結果わが国の結核対策は成果を上げてきたのであるが、さらに効率を上げるためには重点項目あるいは問題点の整理を行う必要が生じてきた。
 病院の立場から、すなわち結核治療上問題となることは「治療中断」、「不規則治療」を無くして、すべての症例を「正しい治療」に導くことである。入院中に無断離院し、行方不明となり、あるいは退院し外来通院中に自己判断であるいは仕事の都合などで通院を中断し、そのために「不規則治療」となってしまったような例が少なからずある。このような症例は、新たな感染源となり、さらに多剤耐性結核となり、治療失敗例の多くを占めている。
 この様な場合には病院からも直ちに患者に連絡し、治療の継続に努めるべきであると思う。しかし実際は訪れた患者を診察するのが外来診療であり、予約制を行っている病院であっても、個々の患者を呼び出すことは何らかの特殊な事情のない限り行えない。未受診者に運転免許証の期限切れの通知や車検切れの通知のように受診のための通知をすることを一部の病院で試みたところもあるが、結局効果は上がらなかった。まして入院治療中の患者が行方不明となった時には医療機関が捜索活動をすることは不可能である。病院の立場からすれば、治療を完了させなければならないという道義的責任はあるが、患者に強制力まで及ぼすことは法制上からもできない。また、結核患者の中には病識に欠ける患者が少なくない。この様な問題の対策に次の「保健所の立場から」で触れられる病院―保健所連携によって効果的な取り組みが試みられ成果を上げつつある。

2 患者情報の共有
 
病院と保健所の連携で問題となるのは「患者の情報」に関することである。病院は「診断」し、「治療」を行っているので、患者に関する正確な情報がある。結核予防法第 22条による「患者の届出」に始まり、第34、35条の「公費負担申請」そして「定期病状調査」に至るまで、多くの書類を保健所に提出している。また、保健所でも保健婦は患者調査を行っている。従って患者情報に関しては、保健所側にも十分あるものと思われるが、今回の結核病学会において率直な意見として述べられていたように、正確な患者情報の共有の問題がある。情報開示と言われながらも患者の情報管理には慎重の上に、さらに慎重でなければならない。例えば患者に関する問い合わせ、照会であるが、電話連絡では慎重さを欠くと言わざるを得ない。また主治医への不意の電話で患者のカルテも手元にない状況では、正しい患者照会とはならない。今後「連携」に役立つ効果的な情報の共有のためには何らかの配慮が払われるべきであろう。

病院における主治医・保健婦間の連携
 連携とは、まさしく車の両輪のようにつながっていて同じ方向に動くことである。時折感ずることは、一方の車輪が錆ついていて動かなかったり、動く方向の異なっていることである。結核治療に大きな役目を果たすのは病院主治医には相違ないが、主治医に執拗に問題解決を求める姿が続くならば連携は成り立たないであろう。はじめに引用した言葉であるが「皆で取り組まなければならない」との認識がなければならないことを痛感する。
 当院では保健所保健婦が入院中より病院内にて積極的に患者訪問を始めている。患者訪問の折に主治医と情報交換なども行っている。患者の立場からすれば、結核で入院していたことも、あるいは家族に結核患者のいたこともひた隠しにしておきたいこともあろう。退院後に初めて訪れる保健婦が必ずしも快く受け入れられないのには、この様な事情もある。入院中より既に「患者―保健婦」の関係があると、退院後においても管理が極めて容易になると聞いている。

おわりに
 
結核対策は強力な抗結核薬だけで解決される問題ではないことは、現状が示すとおりである。結核の撲滅の目標に近づくためには一例でも感染源を減らすことにある。このためには病院、診療機関、保健所そして行政が同じ認識の下に新しい時代に対応した連携をもってあたらなければならない。平成13年は結核予防法制定5 0周年になるのであるが、行政との連携もなければ結核対策は完全なものとならないであろう。いずれにしても病院の立場からひしひしと感ぜられることは、結核の治療には大袈裟に言えば社会問題、公衆衛生問題、教育問題、経済問題を含んでいるので、多角的に「連携」をした解決法が最も重要となるということである。


 

保健所の立場から


神奈川県秦野保健所保健予防課主査  原田 久


病院と保健所の役割
 結核対策における病院と保健所の連携のためには、それぞれの役割、固有の分野について考える必要がある。
 病院は、主に患者の診断・治療を担当している。一方、保健所は、結核患者の登録管理、接触者の定期外健康診断等により、主に感染の拡大防止を担当している。また、結核予防法には、保健所長の業務として家庭訪問指導も位置づけられている。
 「病院の立場から」で述べられているとおり、治療を担当する病院には結核治療を完了する道義的責任はあるが、病院から個々の患者を呼び出して、指導することは困難であろう。まして、患者に強制力を及ぼすことは不可能である。
 両者の役割を認識し、不足している分野を互いに補い合うことで、効率的な結核対策を展開することができる。
 病院と保健所との連携の試みとして、神奈川県では、国立療養所神奈川病院の協力を得て、「結核患者管理促進事業」を実施しているので紹介したい。これは、登録中の結核患者に、治療中断や不規則治療となることなく正しい治療を完了してもらえるようにすることを目標としている。


従来の患者管理
 従来、結核患者管理は、結核医療費公費負担申請書の診断書の記載事項と保健所に設置されている結核サーベイランス端末を使用して行ってきた。結核サーベイランス端末では、医療費の公費負担が切れてから2 カ月経過すると療養状況不明者として患者がリストアップされる。その後、定期病状調査を行うことになるのだが、治療を担当する主治医から定期病状調査が返信されるまでには、さらに時間を要する。このような事情から、従来は治療中断者を発見するまでには、早くても治療中断から半年ほど経過してしまうこととなっていた。
 病院側でも、予約外来制度を取り、未受診者のフォローアップに努力しているが、治療中断者を確実に発見し、治療を継続させるまでには至っていない。そこで、「結核患者管理促進事業」として従来の業務を見直し、補強する形で結核医療機関と保健所が連携して、治療中断者を早期発見する方策を試行した。

「結核患者管理促進事業」の方法(図1 参照)
 
はじめに保健所は、結核医療費公費負担台帳を基に、結核予防法第3 4条による公費負担を受けて外来通院している患者のリストを作成し、結核医療機関に送付する。医療機関では、結核医療を担当する医事課担当者またはソーシャルワーカーが、送付された患者リストに基づき受診状況を病院のコンピュータシステムやカルテにより調べ、「未受診」となっている場合には、情報を保健所に通報する。未受診患者に対しては、保健所保健婦がすみやかに電話、訪問、手紙等により受診勧奨を行う。そして、指導状況を病院に報告する。このような作業を毎月ごとにくり返して行っていく。対応が困難な患者に関しては、病院の医師やソーシャルワーカーと症例検討会を開催している。

結果
 平成11年4月から試行し平成12年2月末までに、秦野、平塚、大和、厚木、小田原の5保健所から国立療養所神奈川病院に患者リストを送付し、実人数で164 名分の情報提供を受けている。1回でも未受診となっていた者は18名で、このうち10名は受診勧奨により翌月には受診していた。残る8 名は2カ月以上連続して受診しなかった。2カ月以上未受診を治療中断者とする定義に従えば4.9%が治療中断者となる。
  各保健所に配属されている結核担当保健婦は、0.5〜1名程度と限られているが、この方法で問題症例を抽出することにより、保健所にとっては、問題となる患者に対し効率的に保健指導を行うことができるようになった。
  保健所からの受診勧奨により治療中断の8名中3 名は治療に復帰している。受診勧奨によっても受診しないものについては、症例検討会を行った。
 症例検討会から、治療中断の要因として、単身者、不規則な生活、経済的困難、自覚症状の消失などが判明し、これに対して、患者の意向に沿った患者の社会生活に好都合な医療機関への変更や、受診日の変更などの指導を心掛けた。受診の得られなかった症例は、多面的な問題を抱えていることが多い。
 患者に関する情報は、圧倒的に医療機関に多く、指導に行き詰まった時に、症例検討により情報交換を行うことで打開策が見出されることも多々ある。指導困難な患者に対応する場合には、担当保健婦の孤立感、負担感が大きいものであるが、検討を重ねることにより保健婦の負担を軽減することもできる。保健指導技術の向上のためにも、症例検討会は役立っている。
 病院側と保健所側で個別症例ごとに方針を確認し合い、一致した方針で患者指導に当たれる効果は大きい。症例検討会を通じて、診断・治療を担当する病院と患者管理・感染拡大防止を担当する保健所が、まさに車の両輪のように活動を展開できる。

まとめ
 
従来の結核医療費公費負担申請書と定期病状調査による治療中断者の把握では、治療中断から把握までの期間に6 カ月以上を要していたが、この方法により、2カ月以内に治療中断を把握できるようになった。
 この事業に関わる業務は、従来から行ってきた保健所の結核患者管理の範囲内である。従来の定期病状調査では、療養状況が不明になる都度、個別に患者情報の照会をするのに対し、この方法では、毎月、結核予防法第3 4条による公費負担を行っている患者リストを作成し、患者情報を照会することとなる。照会先の医療機関に通院患者が数十名程度いれば、まとめて取り扱うこととなり、定期病状調査に比較し、迅速で効率的な方法となる。
 今後、結核通院患者の多い、結核医療の中核的な医療機関に対してこの方法を導入するための条件を検討したい。


Updated 00/11/24