我が国におけるBCG再接種をどう考えるか

結核研究所副所長 石川信克

 

 我が国では昭和26年以来BCGの集団接種がなされており、現在は出生後4歳までに初回接種、その後小学校1年生および中学校1年生時に、各々ツ反応陰性者に対して再接種がなされています。今後当分現状のままこの方式を続けるべきか、内容や方法をどうすべきか(改善、変更は必要か)、世界の流れに照らして検討する時期が来ていると言えます。  今後の日本における結核対策のあり方に関して、今年、二つの重要な文書が出されました。一つは1999年4月に日本結核病学会予防委員会から出された報告書「新時代の結核研究と対策についてー1999年」(学会誌「結核」第74巻第8号に全文掲載)で、もう一つは、1999年6月に厚生省公衆衛生審議会結核予防部会から出された「21世紀に向けての結核対策に関する意見書」(厚生省ホームページ<http://www1.mhlw.go.jp/shingi/s9906/s0630-1_11.html>に全文掲戟)です。その両方とも、今後の日本のBCG接種のあり方を論じていますが、特に再接種に焦点を当てて、議論の内容や背景を述べてみます。

 

BCGの効果と世界における接種状況

 BCGが結核予防に有効であることには、様々な根拠があります。歴史的にはBCGの予防効果が低い、あるいは無効であるという報告もありますが、最近では、1994年にハーバード大学のコルディッツらがメタアナリシスという方法で千二百以上の世界的な文献を再検討・評価しました。それにより「BCGは結核性髄膜炎や粟粒結核などの重症結核に対しては高い効果があり、肺結核でも50%発病を予防する」ことが統計学的により明らかにされました。これは世界的に受け入れられています。しかしBCG接種の対象や、時期、方法に関しては、国によって異なっています。それは、(1)結核の疫学的蔓延状況、(2)BCG接種の効用に関する政策的な(政府および専門家の)判断の違いなどから生まれています。結核蔓延度の高い開発途上国のほとんどでは、新生児へのBCG接種が広く行われていますし、結核蔓延度の低い先進諸国では、BCGの集団接種を以前から行っていない国や、中止した多くの西欧諸国、依然として実施している国などに分けられます(表1)
表1
注1 Aのほとんどの国では、移民の子供や、感染高危険群を 対象に個別接種を実施している。
注2 フィンランド、ノルウェーは強制的集団接種は廃止したが、勧奨により接種率は高率である。
    イギリスは13歳で勧奨初接種
しかしオランダや米国などのBCGの集団接種を行っていない国を含め、ほとんどの国々では、結核感染の危険度が高い個人や集団には積極的にBCGを行っているのが世界の現状です。
 ただし、これは初回接種の話で、フランスを除き結核が低蔓延になったほとんどの西欧諸国では原則的に再接種は行われていません。

 

BCG再接種は何のために行うか

 再接種の目的には、初回接種の効果減弱の補強(有効期間の延長)と、初回接種の未接種者及び接種をしたが不適切であった者(以下、初回接種の洩れ者)への対応が一般的に考えられています。有効期間の延長については、英国などの成績よりBCG初回接種の効果は15年程度持続すると考えられ、有効性が残っている期間中に再接種を行ってもその効果を延長できるか不明です。すなわち、乳幼児期にきちんと初回接種がされていれば、小学校入学時に再接種をする必要がないということになります。したがって、再接種の目的としては初回接種の洩れ者への対応ということになります。また乳幼児期における初回接種の洩れ者への対策を考えた場合、小学校入学時ではなく、乳幼児期における再接種を行う必要があります。いずれにしても小学校入学時期の再接種の根拠は少ないということになります。
 さらに根本に戻って考えますと、重要なのは、初回接種を確実に行うということに尽き、まずそのための技術強化と評価、それでも良く接種できなかった人と洩れた人への再接種での補強ということになるでしょう。

 

国際的には再接種には否定的

 現実に、多くの国で再接種が行われていることは事実です。しかしその効果について十分な科学的根拠があるとは言えません。WHOは1995年の声明で、再接種のためのツ反検査は中止すべきこと、BCGの再接種を支持する根拠が少ないことなどを述べています。
 フィンランドでは1950年以来、新生児への初回接種、11〜13歳の生徒でツ反陰性者に再接種を実施してきましたが、1990年から再接種を廃止しました。その後5年間の追跡により特に結核患者の増加が見られず、低蔓延国でのBCG再接種の意義は疑わしく、中止すべきであると結論づけています。ただし廃止した時の結核罹患率は、10万対15程度でした。日本のお隣の韓国では、罹患率は日本より高いのですが(1995年で10万対74)、科学的根拠が低いことから最近集団的再接種を廃止しました。フィンランドも韓国も初回接種は新生児に90%以上とかなり高率で接種されていますが、再接種廃止後さらに長期の観察で子供の結核罹患率の増加が起こるか、今後見守る必要があるでしょう。
 また、罹患率の高い開発途上国のマラウィで行われた野外実験(1986〜1995年)でも、再接種の明らかな効果は示されませんでした。
 以上のように、BCG再接種に関してはまだ十分な根拠が無く、世界の流れは懐疑的ないし否定的であると言えます。

 

BCG再接種の廃止と懸念

 日本結核病学会は、1990年の報告ですでに、小学校1年生でのBCGは中止すべきであるという見解を出していますが、今回の報告でもその見解を追認しています。ただし、今回の報告では、乳児期のBCGの適正接種と感染小児の早期発見対策の強化、再接種廃止に伴って起こりうる「BCG初回接種への不信や結核対策への関心の低下」に対する配慮などが強調されています。そのための対策として、次のような付随的施策をあげています。
 「初回接種は、生後3ヵ月から乳児早期に実施する。0歳児接種率の目標(例えば90%)を設定し、早期接種を促進する。その後早期にBCG歴の確認、針痕数やツ反による技術評価を行い、未接種者への接種を行う。小学校入学時には、BCG接種歴のない者に対し定期外接種を行う。小児結核患者の発生サーベイランスを強化する。副反応調査を強化し、現場に情報を還元する。結核への関心を喚起する方法を強化する、等々」。
 一方公衆衛生審議会は、今回、小学校1年生に対する再接種廃止を明言することを控え、その方向を示しつつ、乳幼児期における初回接種の徹底と充実、初回接種の洩れ者への対策を提言しました。公衆衛生審議会としては、これらの具体的な実施状況を踏まえた上で、関係者の議論を尽くして最終判断したい、また、中学生時期における再接種は、BCGの効果の持続期間、感染発病の好発年齢等の観点から、当分の間現行どおり継続することが適当である、としています。
 BCGの再接種廃止は、それのみで行われてはならず、より重点的な施策移行の中で多角的な視点から行われるべきものと言えます。

 結核緊急事態宣言がなされた今、BCG再接種廃止の議論をすることは、「対策の後退」ではありません。従来の高蔓延時代から低蔓延時代になりつつある日本の結核の現状に対し、社会全体の関心の低下や対策の現場における質の低下を諌める必要があり、宣言の意義は大であります。しかし、より科学的で有効な対策の強化のため、従来の方策や利害に固執することなく、十分な情報や研究に基づき、見直しの必要なものは見直す姿勢と学問的な議論、対策の変換への勇気が求められていると言えます。


Updated 00/01/18