今から2カ月ほど前、新聞のトップに「特養で結核集団感染27人、うち12人が死亡」という大きな見出しが突然掲載され、多くの人を驚かせました。「結核」がこれ程大きく扱われたことにも驚いたし、感染した27人のうち12人が死亡したということも、すぐには信じられないことでした。その上、「多くの人が結核への免疫を持っている高齢者の間では、集団感染はあり得ないと考えられていた。常識を覆す事件」と解説されているのを読むと、「一体どういうことか」と誰もが考えたと思います。これからも老人施設での結核集団発生がしばしば起こるのでしょうか。
「高齢者の結核発病の大部分は、若い頃の感染が何らかの理由で再燃して発病するというものです」
アメリカの報告
米国の老人ホームで1978年(昭和53年)に起こった集団感染事件が、世界で最初の「老人施設での結核集団感染」とされています。このホームには240人が収容されていましたが、平均年齢73.5歳の老人49人が感染、8人が発病しました。この他、ホームの職員も21人が感染し、1人が発病したと報告されています。ここでは老人も職員も入所時または採用時にツベルクリン反応検査がきちんと実施されており、感染し、発病した人はすべてツベルクリン反応が陰性の人ばかりだったと報告されています。前からツ反応が陽性の人からの発病は一人もみられませんでした。
私は結核集団感染に強い関心を持っていたので、学会で報告者のステッド博士に会った時、この時の様子を聞いてみました。博士は、「アメリカでは今は、老人になっても結核に感染していない人が多く、こういう人が感染を受けると、昔の若者の結核のように急速に進展する結核になることがあるので注意が必要だ」と強調していたのが大変印象的でした。
日本でも
その後日本でもこの様な事件が起こるのではないかと随分気をつけていました。老人施設での複数患者の発生はいくつか経験しましたが、どれもたまたま複数の患者が発見されたもので、集団感染とは言えないものでした。
老人の結核発病
それが今回の新潟の事例では、高齢者の間で再感染によって結核集団感染が発生した、と報告されているので、「年をとってくると抵抗力が落ちて感染し易くなるのか、今後老人ホームなどで集団感染が増えるのか」、誰でも心配になると思います。
高齢者の結核発病を結核の感染との関係でみると、表に示したように四つの形があります。本当の意味での「再感染」は表の4ですが、今までに確認されているのはHIV感染者でみられたものだけです。表の3は、二度目の感染という意味では「再感染」ですが、最初の感染は完全に治癒し、未感染と同じ状態になって再び感染したものです。六十年も前から知られていたことですが、頻度は非常に低く、実際に遭遇することは滅多にありません。
こうしてみてくると、高齢者の結核発病は大部分が表の1によるものであることが分かりましょう。表の2の、「偶然、高年齢になるまで未感染でおり、年をとってから初感染を受けて発病した例」は米国の老人ホームの結核集団感染でみられたことは既に述べたとおりです。今後はわが国でも見られるようになるかも知れません。
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むすびに
結核のまん延状況という意味では、日本は米国の30年ないし40年後を歩いていると言ってもよいでしょう。これからは、高年齢になるまで結核に一度も感染しないできた人も少しずつ増えていくでしょう。老人施設の関係者はこういうことも承知して対応していくことが望まれます。
しかし一般の高齢者は不必要に「結核の再感染」を心配する必要は全くないと、言ってもよいと考えています。