地域の結核と肺の健康プロジェクト

研究部部長  吉山 崇


はじめに女性村落保健推進員が患者の服薬を確認している様子

 ネパール王国は、面積14万平方キロメートル、人口2200万人を数える南アジアの王国で、北は中国、東南西はインドに接する。エベレスト(チベット語ではチョモランマ、ネパール語ではサガルマータ)をはじめとするヒマラヤ山脈から、カトマンズをはじめとする低い山脈とその間の盆地地帯、インドの平原に続く海抜60mのタライとよばれる低地地域まで多様な地勢を有する内陸国である。植民地とされたことはなく、近代化が開始されたのは、1951年に開国した後である。一人当たりGDPは220US$と低く経済的には厳しい環境にあり、さまざまな分野で、外国の援助を受けている国である。医療機関は、都市部を除いて、ほとんど国公立の医療機関(病院、外来のみのクリニック)であり、病院は全国75郡全郡、クリニックは、プライマリーヘルスケアセンター(全国で200箇所あまり、医師が駐在することになっている)、ヘルスポスト(全国で1000箇所)、サブヘルスポスト(全国で3000箇所程度)が、国公立でおかれている。これだけの医療機関の整備が国の力で整備され、特にサブヘルスポストのネットワークは最近整備されてきたものである。

日本の国際協力(JICA結核対策プロジェクト)

 国の保健医療体系の中で、結核対策の分野では、現在、300箇所の結核菌塗抹検査のできる診療機関(郡病院、プライマリヘルスケアセンターなど)、1000箇所の患者への対面内服監視のできる医療機関、および、医療機関から薬を受け取って患者に薬を飲ませるボランティアの育成などが行われてきた。これは、基本的にはネパール人の努力の賜物であるが、このためには、日本をはじめとするいくつかの国により資金的、技術的協力が行われてきた。日本人の活動としては、1960年代より病院での医師の協力などが行われてきたが、とくに1987年に開始された、国際協力事業団結核対策プロジェクト(2000年より地域の結核と肺の健康プロジェクト)では、国の結核対策の改善を目的として、国の結核対策プログラムへの協力およびその中のモデル地区での活動を行ってきた。結核対策プロジェクトの第二期(1994-2000年)以降は、WHOの提唱する結核対策の基本プログラム(DOTS)戦略にのり、薬の配布システムの整備、細菌検査室網の整備、研修活動、そして、モデル地区でのDOTS整備のための研修、監督、技術指導が行われた。現在の、「地域の結核と肺の健康プロジェクト」では、モデル地区活動として、主に、都市部で、DOTSの鍵となる、対面内服のできるDOTSセンターの整備と患者が対面内服のために医療機関に来なかったときの患者追跡システムにのせることができるようなシステムつくり、などの活動を行っている。また、全国の結核対策プログラムへの協力として、薬の配布システム、細菌検査室網の整備などすでに第二期に出来上がったシステムの改善のための勧告、研修などを行っている。ネパールのシステムを日本と比較すると、まず、私的医療機関の占める割合が全体としては小さく(カトマンズ市では医療サービスの半分を占める。その他のところでは、医療機関としては国公立の機関しか存在しない。ただし、西洋医学の薬の薬屋は都市部以外でも存在している)、結核の登録は、基本的に国公立機関に属しているものにしか行われないが、一部私的な医療機関も、国から薬の配布を受け、都市の結核DOTS推進プログラムDOTSのサービスを提供している。これらの国のシステムにのった患者への介入は、国の方針に従ってなされる。そのため、登録された結核患者の96%が最初の2ヶ月間DOTSをうけており、治療中断者は7%程度、治療を開始された初回登録結核患者の87%が治癒している。一方、結核患者として登録されている数は、発生している結核患者の70%にとどまっている(のこりは、DOTSを提供していない私的な医療機関に行くか、医療機関にたどり着かないか)が、ネパール国における人的な医療資源の少なさを考えると、ネパール国への結核対策の協力は、投入したコストに対して、きわめて大きな成果を生んでいるといえる。最終的には、外国の結核の減少、地球上の結核の減少は、日本における結核の減少にまで貢献するはずである。

地域の結核と肺の健康プロジェクト

 地域の結核と肺の健康プロジェクトでは、結核のほか、小児呼吸器感染症および喫煙に対する対策も地域を限定してモデル地区の活動を行っている。小児の急性呼吸器感染症(肺炎)は小児死亡原因の重要な一因であり、サブヘルスポスト、さらに村にいる保健ボランティアまで小児急性呼吸器感染症をきちんと管理できる(これはそこで治療する、ということのみならず、必要に応じてより高次の医療機関におくる、ことも含む)ようになれば、小児の死亡が減少すると予測される。また、これまでの肺の疾患で成人の死亡の最大原因は、結核であったが、今後、世界的にも慢性閉塞性肺疾患が重要となると予測されており、その最大の原因であるタバコをコントロールしないと、呼吸困難で苦しむ人、なくなる人は減少しない。それらの疾患に対するモデルは、世界的にはまだ確立されていないが、このプロジェクトでは、新たな方法をつくるため、活動を続けている。


Updated04/04/16