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| 結核予防会会長
青木 正和 |
露口先生も書いているように,ここに報告された結核院内感染事例には我々が持っている常識では理解がやや難しい問題が2つある。1つは「結核の再感染発病」であり,もう1つは「多剤耐性結核菌の毒力」である。どちらも学界では長く論議されている難しい問題であり,まだ充分には明らかになっていない点もある。しかし,結核という病気の理解にも,今後の結核対策にとっても重要な問題なので,詳しく考えてみたい。
わが国では,「結核は一生のうち最初に感染を受けた結核菌で発病する」という「初感染発病学説」が伝統的に信じられてきた。日本の多くの優れた研究者達が大正から昭和まで30年ほどかけて築き上げてきた発病論である。結核が非常に多かった当時,結核を発病する人の恐らく99%はその通りだった。しかしその頃欧米では「初めて感染した結核菌ではごく一部しか発病しない。大部分は再感染を受けて発病するのだ」という「再感染発病論」が主流を占めていた。日本の研究者はさらに研究を重ね,「再感染発病も起こり得る。しかし頻度はずっと低い」ことを確認し,初感染発病をずっと重視してきたのである。
この報告例でも感染源となった患者は,大量の排菌を続け,しかも激しい咳が続いていた。その上病院の中は閉鎖された空間である。感染源と被感染者は近くで会話することもあっただろう。再感染を受けた患者さんが重い糖尿病だったこと,気胸を起こす気腫性の肺で抵抗力が弱かったことも関係しているかもしれない。こういういくつかの条件が揃うと結核の再感染は起こるのである。病院や施設などでは今後注意が必要だろう。
多剤耐性菌とは「少なくともINHとRFPに耐性の結核菌をいう。SMやEBなど,その他の抗結核剤への耐性の有無は問わない」と定義されている。耐性の結核菌のうちINH耐性菌でカタラーゼ陰性,かつ,高度耐性菌の場合には毒力が弱い場合があることが1954年から報告されている。このため,化学療法に失敗し排菌が続く重症者にはINH単独投与を行って,結核菌をINH高度耐性にしたほうが安全という意見が強かった。1985年以前にはこういう患者にINH単独療法が実際によく行われた。
ところが,1980年代の終わりに多剤耐性結核菌による結核院内感染事件がニューヨークなどで相次いで発生し,INH高度耐性菌も決して毒力が弱いとは限らないことが明らかになった。実際には既に1960年代に多くの研究が行われ,「INH高度耐性菌の約60%では毒力が弱く,BCG菌よりさらに弱いほどであるが,残りの40%では毒力が強いままである」ということは報告されていた。今,INH耐性菌は毒力が弱いから安全だ,などと言う研究者はいない。
再感染発病でも,INH耐性菌の毒力でも,「大部分が云々だから,すべてが云々だ」と考えることは誤りである。 今,多剤耐性菌による再感染発病が報告されたからといって,今度は今までと反対に考えて過剰に騒ぐのも問題である。学問的な事実をよく理解し,安全を確保しつつ,しかも,賢明に対応したいものである。
updated 03/11/26
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