国際共同研究「HIV合併結核の発生・進展・対策に関する総合的研究」 |
結核研究所疫学研究部疫学科長
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結核研究所国際協力部企画調査科長
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タイ最北部チェンライ県でフィールド研究開始
結核研究所は国際フィールド共同研究を指向し,1994年の第10回国際エイズ会議(横浜)にて,21歳男性の徴兵時エイズウイルス(HIV)感染率が17%と深刻な北タイのエイズ問題が活発に報道された際,タイ保健省と米国疾病予防センター(CDC)の国際共同研究プロジェクト(筆者は1993年よりこのチームの一員で博士論文作成のため,タイ国最北端チェンライ県に滞在していた)関係者を研究所に招待して協力関係を取り付け,1995年より職員(1995〜97年吉山崇,1997〜2001年野内英樹,2002年〜山田紀男)をチェンライに常駐させ,プロジェクトを開始した。
チェンライ県でのHIV陽性結核の増加
チェンライ県でのエイズ流行は,感染予防のための努力が実ってHIV新規感染者数においては減少傾向となったものの,結核などのエイズ関連感染症や死亡は著しく増加している。例えば,新規結核患者は1987年には654名で,1990年に548名まで減少したものが,2000年には1,743名にまで増加した。これは,1989年からのHIV感染まん延により,1990年までは皆無であったHIV陽性結核患者が,2000年には705名(40.3%)に増えたことに起因する(下図参照)。結核患者の致命率(1995〜99年のコホート分析で,治療開始後6カ月の死亡はHIV陽性患者で49.9%,HIV陰性患者で15.1%)も高く,エイズ孤児などの社会的問題を引き起こしている。HIV陽性結核患者の増加は,HIV陰性結核患者の増加等結核全体の再流行,薬剤耐性結核菌(未治療患者のイソニアジド耐性かつリファンピシン耐性の多剤耐性菌頻度は6.3%,HIV陽性患者では陰性患者の約2倍と高率)の増加も促しており,公衆衛生上の大きな問題となっている。
HIV 感染有無別の新結核罹患率の推移 チェンライ県、1987 年〜2000 年 |
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人口10万対罹患率 | |
プロジェクトでは県保健局と協力して,死亡統計や結核とエイズのサーベイランスを電算化(例:県全域の結核患者登録を1987年まで遡って入力)し,様々な項目を追加,結核エイズ発生動向を評価している。チェンライ県はタイ国最北端で,住民移動や他県の医療機関への受診が少なく,理想的な疫学フィールドである。
社会科学的側面からの研究も
プロジェクトではタイ保健省倫理委員会に計画書を提出し審査を受けているが,厳しく公衆衛生上の有用性とタイへの貢献を問われる。よって国際協力活動としての側面にも常に力を入れ,様々な対策を研究開発(広義の介入研究)の形態で進めている。研究活動がタイ社会や保健システムに適したものとなるように,タイ人医療人類学者を研究フェローとして迎え,エイズ及び結核に関する受療行動の量的研究と認識に関する質的研究のような社会科学的研究も進めている。この研究の中で,エイズ濃厚感染地域では結核とエイズの関連が高く認識されるあまり,HIV陰性の結核患者までエイズ患者と見なされるといった新たな蔑視(stigma)が生まれていること,同時に患者の受診の遅れ(Delay)が起きやすいこと等の社会的問題を明らかにした。また,このような状況における結核対策としての直接監視下投薬プログラム(DOTS)の導入改善に,参加的研究開発を行った。
高い多剤耐性結核の死亡率
1996年より当プロジェクトは,県内で登録されるすべての塗抹陽性患者を対象とした薬剤耐性結核サーベイランスを開始した。このシステムにより,薬剤耐性の頻度の経時的監視及び様々なリスクファクターの分析が可能となっている。このサーベイランス結果から,1996年から1998年の時期では,前述のようにHIV陽性結核患者で多剤耐性結核の頻度が高いことが示されている。結核の臨床研究では,薬剤耐性例の臨床経過を詳細に長期フォローアップし,多剤耐性結核患者の2年死亡率はHIV陽性者で94%,HIV陰性者で33%と高いことを報告した。症状発現より治療までの遅れの臨床的な免疫状態のマーカーとして,治療前のCD4陽性細胞数を測定している。1996年の薬剤耐性サーベイランスの開始以来,菌株はタイ保健省結核課に保存されており,試験済みの結核菌のRFLP(restriction fragment length polymorphism)分析を活用しての,結核菌の感染ルート解明が望まれる。
院内感染リスク・アセスメントを実施
チェンライ県病院内では病院職員数名の結核発症事例が相次いで確認されており,院内感染が強く疑われている。1996年以来毎年,病院職員のツベルクリン反応検査(ツ反)を実施している。1996年時の全職員に行った断面研究は,ツ反陽性率は66%(1,010名中672名)と高く,病院勤務年数,患者接触の度合いと相関を示した。1回目ツ反で陰性(硬結10mm未満)であった病院職員を1週間後に再度ツ反陰性を確認(ブースター効果除外)の後,1997年のフォローアップでは,99名の陰性者のうち,10mm以上ツ反が大きくなった者(陽転と定義)は13名(13.1%)と高率であった。専門家による包括的な院内感染対策のリスク・アセスメントを実施し,病院職員,患者,環境の3つの対象で対策を講じた後,どこまでが対策によるか議論はあるが,ツ反陽転率が1998年には9.5%,1999年には2.2%と低下した。
HIV感染高リスク者のコホート調査
共同研究者のパトム博士(当時タイ保健省医官)と,メチャン郡病院において麻薬患者を中心としたHIV感染高リスク者のコホート(追跡対象群)を設定した。このコホートでは,経年変化では全人口でのHIV有病率が低下しているにもかかわらず,HIV罹患率は年あたり約5%と高率のままであった。このことは「麻薬患者の間でHIV問題が減少している」と言っていたタイ保健省当局の認識を正す情報となった。現在はHIV未感染・新規感染・感染後の各群について,結核感染免疫状況と結核の罹患率や生命予後との経時的相関を分析している。
このコホート立ち上げ後に,パトム博士が所長に就任したタイ国立衛生研究所の研究開発グループとの協力関係が作られ,実験室レベルでのHIV塩基配列分析等の分子生物学的研究と,HLA遺伝子分析による宿主因子解析等を進め,相互補完的研究を目指している。パトム博士とはチェンライ県血液銀行の献血者に関する研究開発も実施した。その中で感染後HIV抗体陰性期(ウインドウ期)献血の疫学的予防活動を進めた結果,顕著な効果を収めることができた。
結核状況改善につながる研究開発のフィールドへ
発展途上国でのフィールド研究には,とりわけ倫理的・社会的配慮が必要である。同時にその条件下で,圧倒的なまん延状況にある感染症に対して介入を行い,予算をはじめ限られた医療資源の中で,かなりの改善を得ることも可能である。欧米諸国の研究機関は,途上国のこの疫学的特徴に注目して,例えばバングラディシュ国際下痢研究所のような場所に研究フィールドを維持して,ORS(経口補液療法)や麻疹ワクチンの野外試験を進め,ユニセフやWHOによる子供の健康世界戦略をたてた。米国CDCのHIV国際共同研究プロジェクトは,バンコク市での5年間の準備と事前コホート研究の後,1999年に世界初のHIVワクチンの第3相臨床試験を開始している。
本研究も,患者研究のみではなく,母集団である地域住民をコホートとして把握し,チェンライのエイズ・結核罹患率,死亡率と薬剤耐性結核菌の頻度の改善,薬剤・ワクチン開発等の大きな研究開発を,他の機関の協力も得て実施できるフィールド・プログラムに進化させたい。
Updated03/05/12