カンボジア国の結核実態調査に参加して
〜放射線技師の立場から〜

結核研究所対策支援部 放射線学科長 中野 静男

結核実態調査の出陣式後のCENAT中庭でのパーティー

 今回、カンボジア国の結核実態調査の開始にあたって、平成14年4月18日から3週間、国立結核センター(以後CENATと記す)に出張したので報告する。
 CENATでは結核実態調査の出陣式ならぬ"Launching Workshop of National TB Prevalence Survey"があり、JICAカンボジア国結核対策プロジェクト小野崎チーフアドバイザーから"Implementing Processes of the National TB Prevalence Survey"の講演があった。その後、暑い中庭にてパーティーが開かれ、職員も大勢参加し和やかな雰囲気の中で、これから始まる実態調査の成功を期した。

全国結核実態調査

表

 カンボジアの結核事情はのように世界最悪の水準にあり、またHIV感染(都市部では結核患者の約10%)との関係でも全国的に結核がまん延している状況である。このような状況の下、WHO、世界銀行、JICA等の援助でカンボジア国の結核実態調査が行われることになった。
 調査方法は0〜10歳については問診、BCG瘢痕の有無の調査とツベルクリン反応検査を行う。10歳以上については問診、胸部X線撮影(現像・読影)を行い結核性の有所見者と自覚症状のある者に喀痰検査を行うものである。この実態調査は今年12月半ばまで全国42ヵ所で実施される。

コンポンスプー省アオラル郡

 実態調査のスタートとなったコンポンスプー省アオラル郡(Kampong Speu Aoral)は、首都プノンペンと港町シアヌークビルを結ぶ国道4号線からさらに田舎道に入る。途端に道は悪くなりジープに乗っていると「腹の皮がよじれる」と表現した方がいいぐらいジープは大きく激しく揺れた。道路は途中何ヵ所か急に低くなる所があり雨季になるとそこは川になるとのこと。また、道路沿いに”地雷危険”のドクロマークの標識もあった。これを見たのが「ああ、今、カンボジアにいるんだ!」と感じた時でもある。省都コンポンスプーから健診場所アオラルまで60キロ、2時間かかった。我々JICAプロジェクトチームは宿舎がコンポンスプーだったため、この道を4日間通った。

アオラル郡での健診

 実態調査対象地区になっている全国42ヵ所中、32ヵ所は検診車の入れない所であり、コンポンスプー省アオラル郡もその地区に含まれる。この村には電気、水道もなくX線装置等の電源はすべて発電機で対応した。健診前日の準備はCENATスタッフと一緒に高床式家屋の1階に携帯型X線装置、簡易暗室(稼動中は室内温度36℃)に自動現像機をセッティングした。
受診者の中で子供さんの肺炎が見つかり、アドバイスをしているところ 健診対象者はあらかじめピックアップされており、また健診前段階でのアナウンスも行き届いていたため受診状況は大変よく健診場は連日にぎわった。今回は、例えば健診対象家族が全員受診すると家族の最後の人に反物をプレゼントするとか、子供さんのツベルクリン注射の所では「かっぱえびせん」を配るなど受診率向上に努めていた。受診者の中で子供さんの肺炎が見つかり適切なアドバイスをする場面もあった。
 また、胸部写真で空洞所見のある女性は町の医療機関で治療中とのこと、今まで100万リエル=250ドル払ったそうである。ちなみにカンボジア国の公務員の給料は月10ドル、縫製工場の最低賃金は月40ドル、建設現場の最低賃金は1日1.5ドルと聞いている。したがって、この女性は公務員給料の25ヵ月分の大変な金額を支払ったことになる。撮影され現像されたX線フィルムはすぐその場で読影され、結核性有所見者は喀痰検査を実施する
 帰国後小野崎チーフアドバイザーからいただいたアオラル郡での健診結果(仮集計)は、健診対象者が726名、受診率は15歳未満が96%、15歳以上が92%であった。そして胸部写真での有所見者は10%、喀痰検査を行った人は18%(胸部有所見+有症状)、塗抹陽性者は2人でいずれも有症状者であった。

胸部撮影部門

 健診初日は大勢の人が集まり、かなり早いペースでの撮影となった。途中フィルム枚数で60枚ぐらいになった頃写真画質の劣化が出始め、現像液の交換を指示した。この原因は実態調査で世銀から入る予定の自動現像機用の現像液が間に合わず(この件は知らされていなかった)別の現像液を使用していたためと分かった。
 放射線被ばくについては、携帯型X線装置の設置場所が民家の高床式住宅の1階部分で、防護衝立は1枚あるのみで周囲は解放状態である。したがって、放射線被ばくについてはキッチリと押さえておくことが重要と考え、線量計で被ばく線量の測定を行った。その結果、日本の基準から見ても問題のないことが確認できた。

高床式住宅の下で胸部写真を撮っているところ

おわりに

くみ上げ式の井戸の前で

 今回、結核実態調査の現場に立ち会い、X線撮影部門が大きな問題もなく運営できたことを確認することができた。これは前回の出張時(平成13年9月)にフィールドでの作業を想定しCENAT中庭で訓練した成果であると言える。
 そもそも検診車が入れないような村で発電機を廻し携帯型X線装置、簡易自動現像機を使い健診をしたことは、日本でも前例のないことである。
 実は、カンボジアでの実態調査の話が持ち上がった時、電気や水道もない村でどうやって胸部写真を撮影するのか……と危惧したが、ヒントは意外なところにあった。先の阪神淡路大震災を教訓に某業者が考えた「災害時緊急時現像処理セット」だった。それがこうしてカンボジアの結核実態調査の胸部撮影システムとして現実に威力を発揮し、このような形で同調査にかかわることができた私としても、感慨深いものがある。


Updated02/11/28