第72回実験結核研究会  シンポジウム

BCG基礎研究の過去,現在,未来

編集: 国立感染症研究所 山本三郎
     結核予防会結核研究所 菅原 勇


 これまで多剤耐性結核や集団感染の多発などの問題があった結核は,漸減傾向にあった。 平成9年以降新規登録患者数が増加に転じたことなどから,再興感染症としての問題点が指摘されている。 また,わが国が結核の高まん延国であったころの青年たちが高齢になるにつれ,彼らの再発・再燃が新たな結核の 問題として浮かび上がってきた。さらに世界規模で都市へのヒトの移動に伴う密集地域,貧困層の増加による結核の局在化がある。 一方,結核予防ワクチンとしてのBCGは,小学1年,中学1年の再接種が廃止されるほか,乳幼児期の接種もこれまで4歳までに接種する 方針だったのが,ツベルクリン反応検査なしに乳児期までに接種することが検討されるなど,状況は大きく変わりつつある。 集団でのBCG接種が個々のBCG接種に替わったのである。さらに小児結核に対しては防御効果が認められるが,成人肺結核に対する 効果は不定であるとする報告などから,BCGに替わる新たなワクチンの開発も行われている。こうした状況の中で,特にBCG について過去の基礎研究を見直し,将来のあるべき姿を探るため平成14年4月15日第72回実験結核研究会でシンポジウムが企画された。 ここでは,戸井田一郎(日本BCG研究所),高松勇(大阪府立羽曳野病院),菅原勇(結核予防会結核研究所),芳賀伸治(国立感染症研究所), 山本三郎(国立感染症研究所)の諸先生が発表した内容を要約する。


T.BCGワクチン
 BCGは1920年代から,日本,ロシア,ブラジル,スウェーデン,イギリス,デンマーク,米国等に分与され,各国で独自に継代培養が行われた。 この時期のワクチンはすべて液体ワクチンで,有効期間が短く取り扱いに不便な点が多かった。その後,各国とも50年代から凍結乾燥 ワクチンの製造,実用化が行われた。凍結乾燥ワクチン(生菌ワクチン)の大きな長所は,冷所に保存するかぎりその有効期間が長いため, 接種以前のワクチンテスト(力価試験や安全試験)に十分な時間をかけて検査することができることである。したがって液体ワクチンの 乾燥化は,結核ワクチン開発の大きな第一歩であった。凍結乾燥技術はその後ほとんどすべての国々に広がった。さらに,凍結乾燥技術を 基盤としたシードロット制によってワクチン製造が行われるようになった。BCGには多くの亜株が知られており,より優秀なワクチン株を 確保する目的で,世界保健機関(WHO)の指導によって各BCGワクチン製造所がシードロット制をとることになった。結核の防御に有効で, 副作用の少ない菌株,凍結乾燥や高い温度に抵抗力の強い菌株など,幾つかの株が選ばれた。ワクチン製造には,アンプルから取り出 した菌を培地継代12代まで使用し,その後は継代せずに廃棄する。シードロット制は,このようにして継代による菌の変異をできるだけ 少なくし,常に一定の性質を持った「BCGワクチン」を作ることを目的としたものである。現在世界では日本のTokyo-172の ほか,Glaxo,Copenhagen,Pasteurが主なシードとしてワクチン製造に使われているが,それらの細菌学 的,免疫学的性質は異なることが知られている。近年の分子生物学の進歩によって,これらBCG亜株間の差異が遺伝子レベル で明らかとなってきた。
 BCGはWHOの予防接種拡大計画(EPI)にも組み込まれ,さらに70年代からは開発途上国の一部で自給自足できる国々も出現するに 至っては,途上国で毎年生まれる1億3000万人の子どもたちの90%以上が,1歳の誕生日までに接種を受けていると言われている。 BCG接種の有効性についての無作為対照試験によると,BCGは子どもの結核の特徴である血行性に散布した胸膜炎,粟粒結核などの重症 結核をよく防御することが知られている(Bull WHO.1972;46:371-385)が,過去に行われた野外試験の多重解析では,BCGワクチン接種は成人 に対する肺結核発病を予防する効果は完全ではないことも明らかとなった。


U.新規ワクチンの開発
 結核の世界的まん延とBCGに対する評価の不定を受け,BCGに替わる新規ワクチンの開発が日米欧を中心に取り組まれている。開発中の ワクチンは,弱毒結核菌,リコンビナントBCG,サブユニットワクチン,DNAワクチンである。このうちリコンビナントBCGは,結核菌にあって BCGが持たない抗原遺伝子やBCGの持つ抗原の過剰発現,あるいは防御免疫反応を誘導するサイトカイン遺伝子をBCGに組み込むことが 試みられ,またBCGの栄養要求株も作成されている。山田,大原らの作成した抗原を過剰発現するリコンビナントBCGのうち,BA51はBCGより さらに強い結核防御能を有することが確かめられている。また結核防御ワクチンばかりでなく,BCGをベクターとして利用した リコンビナントワクチンも研究されている。わが国でも本多らが,HIVの糖タンパクに対する中和抗体を誘導するV3ループの主要中和領域 の遺伝子が,抗原性の強いミコバクテリアの可溶性タンパク質α抗原遺伝子に挿入したリコンビナントBCGワクチンを作成し,このワクチン で免疫した動物には特異的な中和抗体と細胞障害性T細胞が誘導されるほか,免疫したカニクイザルではキメラウイルスであるSIV感染に 対する防御,または抑制が見られることなどを報告している。DNAワクチンには,サイトカイン遺伝子や結核菌抗原遺伝子を,真核細胞中で 発現できるようにしたプラスミドとして用いられる。筋肉や皮膚に注射や遺伝子銃で投与されたプラスミドは,細胞の核で組み込まれた 遺伝子を発現して,細胞内で抗原タンパク質を分泌させると考えられている。この内因性抗原タンパク質がMHCクラスT拘束性の細胞障害性T 細胞を活性化させると考えられている。


V.結核ワクチン評価の動物モデル
 結核ワクチンの防御効果は実験動物に強毒菌を試して,その後の菌の増減を基に判定する方法が一般的に行われている。 モルモットは性質がおとなしいため取り扱いが容易であり,ツ反応がヒトの皮膚反応に非常に近似している。 そして結核菌数個の吸入によって発症するなど,マウスに比べはるかに高い。また感染肺の病変はヒトと類似していることから, 特に肺結核モデルとして優れている。最近では,モルモットに対する有毒結核菌の気道ルートによる噴霧感染が,新規ワクチンを 評価する国際標準となってきた。またBCGワクチンの気道免疫による肺結核防御能誘導も試みられている。
 BCGは1931年パリのAcademie de Medicineが,BCGが無害なことを確認した。ここに至る間,動物実験によりBCGの毒力と結核防御効果 が繰り返し確認された。実験に用いられた動物は幼若仔牛,生後7〜8ヵ月の雌牛,モルモット,ウサギ,チンパンジー,長尾猿 (Cercopithecide)などであり,いずれも結核に対して感受性が極めて高く,現在でも牛やチンパンジー以外は実験結核症のモデル 動物として用いられている。これらのことは,Albert CalmetteによるLa vaccination preventive contre la tuberculose par le BCG (Masson et cie,1927),(室橋豊穂訳)「BCGを以てする結核予防接種」1985 日本医事新報社(非売品)に詳しく述べられている。今日では BCGワクチンの動物実験はモルモットを用いたものが主流になっている。
 結核菌の5,000CFU程度をモルモットヘ静注し,経時的に脾内還元培養菌数を観察すると2週後にその数が最大となる。その理由は 静注感染の場合,このころに防御免疫が成立するので以後は還元培養数が減少していくと考えられている。静注1日後から2週後の間に 脾内の結核菌は数百〜千倍程度増加する。静注菌数を減らすとピークは2週以降にずれ,多くすると2週より早まる。したがって, BCGワクチンを接種したモルモットヘ静注法で結核菌を攻撃する場合は,ピーク時(通常は2週)の脾臓の還元培養を行うと非接種群との 差がよくとれる(橋本,加藤1955)。BCGを正常モルモットに静注した場合でも同様に,10万CFU程度を注射すると2週後にピークとなる。 静注菌数を減らすとピークは2週以降にずれ,多くすると2週より早まる。BCG亜株間の毒力を比較する一つの方法として,2週後の脾内 還元培養菌数の1日目のそれと増加率を観察する方法がある(沢田,橋本1971)。BCGは結核菌と比較して弱毒菌であるので,増加率は 数倍程度である。この率が高いワクチンは副作用の多いワクチンとされ,1倍以下の場合はワクチン効果が低いとされているが,ヒトヘ 接種した場合のワクチン亜株間の優劣の結論は異なるかもしれない。ほかにBCGの毒力を知る方法としてモルモットの脳内に接種後, 後肢の麻庫や生死を観察する方法もある。わが国のBCGワクチンの力価検定として,モルモットを用いた感染防御試験が行われていたが, 現在は廃止され試験管内の生菌数の測定法で行われている。モルモットを用いた感染防御試験はBCGワクチンを接種し,免疫が成立して から結核菌を皮下注射してその感染局所,リンパ節の腫脹,内臓病変を観察するものである。
 これらの方法はいずれもモルモットを解剖後に脾臓等の臓器を摘出し,還元培養を行う方法である。還元培養法は確実に臓器内の 生菌を定量にすることが可能であり,良い方法であるが動物を処分しなければならず,ある個体の持つ生菌数の変動を経時的に観察する ことはできない。そこで血清中の抗体をELISA法により定量し,この値と脾臓中の菌数との相関を調べた。抗原として分泌タンパクで あるMPB/T64を用いた。モルモットに結核菌あるいはBCG,Tokyo株を注射後,経時的に観察した結果還元培養菌数とELISAの値はよく相関した。 この成績を基に同一結核患者から毎月採取した血清と,臨床的検査成績や菌検査成績を照合するとよく一致する症例もあったが, 一方でELISA法に陽性反応を全く示さない症例もあった。ここに示した例のように,ヒトでは遺伝的素因により成績に個人差が出や すいので,結核の血清診断法の開発や実用化は慎重にしなければならない。


W.結核菌の経気道噴霧感染
 最近は結核菌の感染実験は注射法ではなく,エロゾル経気道噴霧感染法により行うことが主流となっている。1996年当時わが国に おいて,結核菌を取り扱える噴霧感染装置は販売されておらず,また稼働している施設もなかった。ちょうど国立感染症研究所の戸山 庁舎地下3階のP3動物施設が稼働して軌道に乗りはじめたことから,ここに導入することを企てた。近隣住民による感染研移転反対運動 が続き,P3動物施設は遅れての稼働となっていた。このころ感染研では,リコンビナントBCGエイズワクチンの開発が軌道に乗ってきており, 市販BCGワクチンとの比較実験が必要となっていたので,この予算で購入するように申請した。装置を国内で調達できないことが確認 されたので,96年7月に米国FDAのFrank M Collins博士の実験室を見学後,ここで稼働していた米国Glas-Col社の Inhalation Exposure System model 099CA4212の導入を決め,この年末に日本の代理店から予備の部品とともに発注した。 日本で使用できるように電圧等を変更することなどで納入が遅れた。またP3施設への設置上の問題や感染研所長,副所長,関連部長,室長 への十分な説明や実際の装置を見せることなどに時間がかかり,稼働を始めたのは1年後の97年末であった。この機種は米国をはじめ 幾つかの国での使用実績があったが,わが国では納入実績がないので,納入後に性能や安全性の試験を独自に行った。また,研究者の 感染防止や事故発生時の対応法等の検討も行った。現在まで順調に稼働してきている。噴霧感染や動物実験の様子を,戸山庁舎の すべてのパソコン端末から見ることができる装置も導入した。現在は6〜7台の小型カメラが接続され常時飼育動物等を観察している。


X.モルモットに対する結核菌の経気道感染
 独自の方法で結核菌H37Rvの単個菌液を調整し,モルモットヘの感染菌とした。感染は超濃厚感染,濃厚感染,通常感染,微量感染の 条件で検討した。超濃厚感染ではモルモットの肺に1万CFUが感染翌日の肺より還元培養された。この成績の感染菌数を基にして 感染菌液を希釈し,微量感染では計算値として感染菌数を推定した。超濃厚感染では肺内の還元培養菌は2週後には千倍〜1万倍に 増えていた。肺一面を小型の結節が覆い,健康な部分はわずかであった。3週,4週後では還元培養菌数のこれ以上の増加はなかったが, 胸腔いっぱいに肺が増大し,腹式呼吸でしのいでいたモルモットはまもなく死亡した。体重はどんどん低下していった。静注感染の 場合はこの程度の感染菌数ではモルモットは6ヵ月後でも死亡しない。静注後の菌はほとんどが脾臓に回収され,肺への感染は少ない ようである。モルモットの感染後の生死は肺が正常に機能するかどうかで決まる。一方BCGで免疫したモルモットは,4匹中2匹が 噴霧感染15週後に死亡したが,2匹は20週を過ぎても元気であった。この後,年に1度行うP3施設の定期点検整備のため実験を打ち切った。 死亡した動物は体重の低下とともに目の色が赤から黒っぽい赤色に変化し,酸素不足の様相を呈した。酸素飽和度の測定値は体重低下 とともに下がりはじめ,死亡時には30〜40%になっていた。ヘマトクリット値は80%に達していた。これらの観察から,BCGワクチンの 効果判定を生存日数で評価するのは適さないことが分かった。リコンビナントBCGなどの新ワクチンの動物を用いた力価試験では, BCGワクチンによる免疫8週後のモルモット1匹につき10CFU程度の結核単個菌を微量噴霧感染し,その5週後に摘出した肺臓を還元培養し, 得られた菌数によりその効果を評価している。剖検時には「動物実験の観察と剖検(実習の手引)結核予防職員研修所,医学部(担当講師, 結核研究所 川崎二郎)」に示す基準に従って観察した。ツベルクリン反応検査なども併せて行う。上述の装置を使うことで微量感染でも 実験群間にバラツキが少なく感染させることが可能である。
 これまでに述べてきたモルモットはHartley系で遅延型皮膚反応などの感受性が極めて高く,結核実験用動物としてよく使われる。 ほかにStrain2やStrain13等の近交系モルモットも利用される。これらの動物の下腹部皮下に結核菌を注射すると,注射局所の潰瘍の 経時的な観察ではHartleyが強く大きくなり,Strain2とStrain13はともにそれほど大きくならない。近接リンパ節はHartleyはソラマメ大で, Strain2とStrain13はともにダイズ大であった。興味深いことに,脾臓の還元培養菌数はStrain2が多くHartleyとStrain13が少ないこと である。
この観察からStrain13は感染局所や近接リンパ節の炎症がそれほど強くならないのに結核菌の進展を抑え,Hartleyは炎症を強める ことで進展を抑え,Strain2は炎症が強く発現せずに進展を許していることが分かった。
 カニクイザルは結核やBCGに対して感受性が強いが,皮膚反応はモルモットに比べて強くない。通常は上まぶたにOT(旧ツベルクリン) の10倍と100倍希釈液を皮内注射して観察するが,側腹部の毛を刈りPPD(精製ツベルクリン)により観察することもできる。発赤を伴う 硬結が観察できる。解析する細胞表面マーカーはヒト用の抗体が使えるものも多い。Rhesus monkeyを用いてBCGワクチンの効果を 結核菌の噴霧感染で確かめたWilliam R. Barclayら(1970.1973)の報告がある。


Y.過去の成果からの教訓
 結核対策の根本的な見直しが行われている中で,BCGの役割もいろいろな立場から再検討されている。しかし残念ながらそのような 議論の中には,わが国の研究者が過去に積み上げてきた多くの業績を無視し,また先進諸国においても結核が高度にまん延していた過去 ならばこそ可能であった,貴重なヒトでの結核の病理発生に関する基礎的な研究成果を省みようともしないで,WHOや疾病管理センター (CDC)の意見に追随し,グローバリゼーションという錦の御旗をかついでいるだけとしか思えないものも多かった。
 BCGは,いまさら言うまでもなく,A.CalmetteとC.Guerinの2人の細菌学者によってフランス,リール市のパスツール研究所で結核予防 ワクチンとして開発された。CalmetteとGuerinは,Nocardが雌牛の結核性乳房炎から分離した強毒ウシ型結核菌 (Mycobacterium bovis)の株を,ウシ胆汁,馬鈴薯,グリセリン培地に繰り返し継代培養し,テストしたすべての動物に対して 病原性を失った馴化菌株を得,自らBCG(Bacille Calmette Guerin)と命名した。初めてヒトに試されたのは1921年,Weil-Halleらによって 重症の結核の母親から生まれた新生児に経口で投与された。
 わが国には1924年,赤痢菌の発見者である志賀潔がCalmetteから直接分与を受けて持ち帰った。公文書をも含めてBCGがわが国に もたらされたのは25年とされているが,24年であることは,志賀自身が「結核7:496-511,1929」で言明している。このあと,東京帝国 大学伝染病研究所から大阪帝国大学に移った今村荒男らを中心にBCGの研究が続けられたが,38年からは学術振興会第八小委員会 (委員長:長与又郎)として,当時の主な結核研究者を網羅した国家的なプロジェクトとして分担研究が進められた。第八小委員会の 研究成果は,43年報告書として発表された。最近しばしば「BCGは乳幼児には効果があるが,成人に対する効果は確かめられていない」 というような議論が見かけられるが,第八小委員会でのBCGの結核予防効果の証明は,看護婦,工員,軍人などの若年成人について行われ ている。また,「対照群をおいた比較試験が行われていない」などの批判を軽々しくする人もいるが,今村らが大阪大学の看護婦について行った研究は,毎年新規採用した看護婦のツベルクリン陰性者を,ランダムにBCG接種群とBCG非接種群のほぼ同数の2群に分け,結核症の発病と死亡を比較したもので,現在のGCP(Good Clinical Practice)基準をも十分に満たす優れた臨床試験である。これらの共同研究の結果に基づいてBCG接種はわが国の結核対策の一つの重要な柱として採用され,若年成人の結核の予防に大きく貢献した。BCG接種はわが国では,最初は小中学校生徒や若年成人を主として行われた。乳幼児に普及したのはかなり遅れて現行の乳幼児,小学1年生,中学1年生の定期接種方式になってからのことであり,新生児からスタートしたWHO方式とは出発点が違っていることも,わが国のBCG接種ポリシーを論ずる場合考慮すべきことであろう。
 BCGの結核予防効果を論議する場合,ヒトの結核症の病理発生についてどのように考え,それにBCGがどのように影響するかを基礎に して議論するのが最も理にかなっている。ヒトの結核症を完全に網羅できるような動物実験モデルはない。ヒトの結核感染はぼぼすべて 気道感染として始まり,初感染は肺内のどの部位にもほぼ均等に起こりうるが,これに対して二次型の肺結核は,いわゆる「Apico-dorsal」 の占位を示す。このような初感染肺病変の分布と,二次型肺結核病変の分布の違いを最も鮮やかに説明したのはRankeの学説(3期説)である。 気道を介しての結核菌の初感染により肺内のいずれかの部位に肺内原発病変が成立し,肺門部の所属リンパ節の病変と併せて,初感染群 (Primary complex)が形成される(Rankeの第1期)。初感染を受けた人のうち一部の人では,肺の初感染原発病変から病変が直接的に 進展して一次型肺結核症となり,または肺門リンパ節の初感染病変が進展して気管支穿孔による肺結核,血行性散布による結核性胸膜炎, 粟粒結核などになる。これら初感染の肺原発病変,または肺門リンパ節病変のいずれかから直接(多くは初感染から1年以内に)進展した 結核症を一次結核症という。一次結核症に進展しなかったヒトでは,初感染群の病変は治癒して石灰化に向かうが,それまでの間に肺門 リンパ節病変を通過しての軽微な血行性の散布の時期があり(Rankeの第2期),肺をはじめ各臓器に散布する。この相に散布した微量の 結核菌はすぐには臨床的な結核症を作らず,dormantの菌(あるいはpersister)として長期間臓器内に潜伏したのち,細胞性免疫の低下を 機会に発病して臓器結核症となる(Rankeの第3期)。肺の場合は肺門リンパ節から静脈系に入り心臓,肺動脈を経由して肺に戻ってきた 結核菌は,血行動力学に従って肺(または肺葉)の尖端部位に集まり,二次型の肺結核症はApico-dorsalの占位を示す。この考え方によれば, 初感染から直接進展する一次型の結核症はもちろん,感染から比較的長い期間を経て発病する二次型結核症も,間接的に初感染によって 規定される病気である(成人の結核症の大多数は外界からの結核菌の繰り返しての侵入によると考える立場をとるならば〈再感染学説〉, BCGに限らずそもそもワクチン接種による予防という考え方自体が無意味である)。
 一次型,二次型を問わず結核症の全過程が初感染に規定されている場合,BCG接種が初感染群病変(肺原発病変および肺門リンパ節病変) にどのような影響を及ぼすか,問題はBCGの効果の議論のみならず今後の新しいワクチンを考える場合にも,非常に重要である。このような 研究は,大部分の人が結核菌の感染を受けていた過去の時代であってこそ可能であった。フィンランドのLindgrenは,ほかの疾患で死亡し 肺に病変の見られない解剖例について,石灰化した結核初感染群の所見をBCG接種群とBCG非接種群で比較した。非接種群では61例のうち, 肺と肺門リンパ節とに典型的な結核初感染群を持つ例が51例,肺病変のみの例が10例であったのに対して,接種例34例では,それぞれ12例 と22例であった。また,肺病変の大きさの分布を調べると,BCG接種群では非接種群と比較して小さいほうに偏っていた。これらの所見から, BCGは,
1) 初感染肺病変の進展を抑える。この結果:一次型肺結核症の進展の危険が少なくなる。
2) 初感染肺門リンパ節病変の成立を阻止する。
この結果:
a) 初感染に引き続いて起こる血行散布型結核症,たとえば結核性胸膜炎,粟粒結核,肺外結核の成立が防止される。
b) Rankeの第2期に相当する肺門リンパ節からの微量の結核菌の血行性散布は防止され,将来の内因性再燃の危険は少なく なる。
という機序によって結核症を予防すると結論できる。
 そのほか,BCG生菌に替わる菌体成分(化学分画および細胞分画)の結核予防効果についてはWeisおよびSmithの網羅的な総説があり, 結核予防ワクチンの効果に関する動物モデルについてはSmithの総説やWiegeshausらの国際共同研究がある。BCGに替わる新しいワクチン の研究にあたっては,これら過去の成果を批判的に摂取し,「過去からの批判」に耐えるような研究が望まれる。


Z.BCGワクチンは, モルモット結核予防に有効か?
 BCGワクチンは小児結核を予防できるが,成人結核は予防できないとされている。これが正しいとすると,その理由は何だろう。 BCGワクチンが効きにくいという事実の免疫学的根拠は何だろうか。動物モデルに置き換えて解明できないだろうか。以上の疑問に答える ため,3群に分けて実験を行った。
(第1群)モルモットにBCG Tokyoをヒトに用いられる量を体重に換算して皮下接種した。5ヵ月目に,ツベルクリン反応を施行し,陽性 (10mm以上)を確認した。10ヵ月目(ヒトの寿命に換算すると10〜15年)に,黒野株(100万CFU)をエロゾル感染させた。
(第2群)モルモットにBCGを皮下接種後10日に,黒野株でエロゾル感染させた。
(第3群)陰性対照(BCGを接種しない)として,10ヵ月目にやはり黒野株でエロゾル感染させた。
 結果を要約する。BCGを接種しなかった群は,感染後28日で死亡したが,BCG接種10日,10ヵ月後のモルモットは,感染後7週(解剖日) でも生存した。組織学的には,中心性壊死を伴う肉芽腫がどの群にも認められた。第1群の肉芽腫は,膠原線維に包まれていた。肺の 結核菌CFUアッセイでは,未接種群より,BCG接種群のほうが,有意にコロニー数の減少が認められた。各群のモルモット脾より脾細胞 を得て,ウェルに20万まき,その後PPD,BCGを加えて3日間培養し,
3H-thymidineの取り込みを調べたところ, BCG未接種群の脾細胞より,BCG接種群由来脾細胞のほうが3H-thymidineの取り込みが,有意に増加していた。
 モルモットにBCG接種して10ヵ月後に,結核菌を感染させてもモルモットは死ななかった。この10ヵ月は,人間の寿命で言えば 10〜15年に相当する。この期間では,BCGはワクチンとしての予防能を保持する。しかしながら病変は有意に減少していないので, BCGの投与法を工夫する必要がある。現在,モルモットを用いてBCG接種後1年,1年半経過して結核菌感染させたら,結核ワクチンとして の予防能が低下するか否かに関する実験を行っている。また追加免疫としてBCG接種後,ある期間経過した段階で免疫ペプチドを投与 して,投与しない群との効果を比較検討している。
 最近英国Wellcome研究所のMcShane博士が,BCG接種後追加免疫としてTB DNA vaccineを投与し,TB DNA vaccineの効果をヒトで調べ ている(Nature Medicine参照)。TB DNA vaccineをブースターとして用いている。結果が待たれるところである。


[.おわりに
 BCG基礎研究の過去,現在,未来を時間の許すかぎり俯瞰してきた。常々,それまで行われたことをまとめて皆と議論することが必要 であると痛感していた。今までBCG基礎研究,シンポジウムというまとまった場で議論される機会がなかったので,本要約が研究者に 少しでも有意義であれぱ幸いである。
 質問やコメントがあればe-mailください。
   (saburo@nih.go.jp,sugawara@jata.or.jp)


updated 02/12/04