ストップ結核パートナーズ・フォーラム

−2001年10月ワシントン:変わりつつある世界の結核対策運動−

 


結核研究所長   森  亨


 ストップ結核パートナーシップ(Stop TB Partnership )は、WHO(世界保健機関)やIUATLD(国際結核肺疾患予防連合)、それに各国あるいは民間の援助団体がそれぞれに活動するのではなく、皆が一致して「世界的運動体」としてこのグローバルな結核危機に立ち向かおう、という発想の下に、1998年、バンコクで開催された「肺の健康世界会議」で暫定的に発足した。その後WHO 結核対策本部の解散・再編成(創始者のWHO 古知博士の異動も)という一見マイナス要因にもかかわらず、結核問題の深刻化とそれへの認識の浸透(特に沖縄G8サミットに見られたように政治的課題にまでされたことは重要である)によって、いまやこの運動の参加団体(パートナー)は世界の公私の団体120 余に膨れあがった(日本からはJICA、結核予防会が参加)。同時に組織も徐々に整備され、「結核制圧という明確な意思(表)」を持った、緩やかな統合の下での集まり)として力を蓄えてきた。
 今回の集まり(フォーラム)は、この様にひとまず自立の力のついた組織のお披露目・旗揚げであり、その名称も第1回Stop TB Partners' Forum とされている。具体的にいえば、@途上国政府の政治的関与の確認、及びAスポンサー(資金提供者)の関与の強化、である。
 @ についていえば、この集会の主要な課題を、主要先進国・途上国の閣僚級を集めて結核への政治的関与を具体的に世界に向けて表明した「アムステルダム世界結核閣僚会議」(2000年3月)の追跡としている。実際今回も9カ国以上(フィリピン,パキスタンなども)で保健大臣、次官クラスが出席していた。日本もそのためアムステルダムと同様、厚生労働省の国際課長が出席の予定であった(実際には国際課国際協力室長)。米国は折から炭疽菌問題の中をCDC結核性病エイズ対策部長が出席、WHOももちろんブルントラント事務総長が出席。
 A に関しては、大口出資者である世界銀行がこの会議のホストとなってワシントン市の本部施設を会場として提供し、ウルフェンゾーン総裁も出席した。また、もう一方の大口出資者であるジョージ・ソロス氏(ソロス財団の当主)も積極的に討議に参加していた。USAID(米国国際援助局)やALA(米国肺協会)など米国勢も大いに気を吐いていた。「ストップ結核世界計画」の目標達成には推定93億ドル(約1兆1千万円)、うち50億ドルは既存、残りをこの運動の中で確保しよう、というのが当面の戦略目標である。
 この様にして世界各国、各団体からほぼ200人が集まり、2日間ワシントン市の世界銀行本部ビルの会議室にカンヅメになって討議をこなした。最後に「アムステルダム宣言の追跡の総括」としての「ワシントン公約」(そのさわりは表のように50/50というWHO得意のキャッチフレーズに要約されている)を採択して次の集会を期待して幕を閉じた。

 結核なき世界に向けての50 /50
 

■来るべき50日以内に−2001年末までに
*高まん延国は世界目標達成の計画を完成する
*本フォーラム参加のパートナーは「ストップ結核世界計画」を承認する
*パートナーは世界エイズ・結核・マラリア対策基金発足を支援する
■来るべき50 週間以内に−2002年末までに
*世界の患者の35%をDOTSで治療する
*高まん延国は結核対策のための協力国調整委員会を確立する
*GDF はあらたに患者100万人に薬剤を提供する
■来るべき50カ月以内に−2005年末までに
*世界の患者の70%をDOTSで治療し、その85%を治癒させる
*結核/HIV ,多剤耐性結核に有効な対応を開始し、拡大する
*2006−2010年用の「ストップ結核世界計画」を立案する
■来るべき50年以内に−2050年までに
*結核を世界的な公衆衛生問題でなくする

 筆者はパートナーの1つとしての結核予防会結核研究所の代表として参加、日本政府から岡本国際協力室長、迫井室長補佐が参加したほか、WHO東地中海地域事 務局から清田博士(もと結核研究所)、WHO西太平洋地域事務局から尾身事務局長の顔も見えていた。
 さて、この様にして正式に確立した「ストップ結核パートナーシップ」は図のような組織となっている。その中核は図中段の3機関であるが、その事務局をWHO が担っているという点でWHOの役割は重大であるが、世界結核薬機関,調整委員会構成員の発意によるかなりの自律性を持っており、従来のWHOの諮問委員会 ではない。作業グループはさらに財政・管理的に独立性の強い組織である。これらはそれぞれに資金提供を得ており(例.薬剤開発、ワクチン開発グループはマ イクロソフトのビル・メリンダ・ゲイツ財団などから年間数十億円、世界結核薬機関もカナダ政府からは10億円以上をそれぞれ受けている)、既に事業を開始し ている。結核薬機関は結核薬不足に悩む国・地域に薬剤供与を行い、さらに規模を拡大する予定である。
 この様な運動に弾みをつけるのが本年10月アナン国連事務総長から発表された「世界エイズ・結核・マラリア対策基金」であろう。これら3大感染症対策のために年額で千億円単位の資金を造成し、活動するGO/NGOに配分しようという風が吹き始まったのである。日本では沖縄G8サミットの3000億円もしかりである。私のように何十年も前からの世界で、ないない尽くしに慣れてきた人間から見ると、これらの動きはまさに対策の「景色が一変しつつある」の感を禁じ得ない。それだけにこの風を賢く受けとめて最大限の前進を果たすことは我々の重い歴史的な使命である。

図 ストップ結核パートナーシップ枠組み


updated  02/2/25