ニューヨーク市の結核は、1984年に2,000例弱でしたが1991年には4,000例弱と倍増しました。結核対策予算の減少、ホームレスの増加、HIVの流行などが原因とされています。そのニューヨーク市の結核患者数がDOTにより激減しました。
大阪市は、HIV以外の要素には共通性があり、さらに既感染高齢者の発病の増加という問題が加わっています。平成11年秋よりDOTSに取り組み始めていますが、対策の手本にしたいと考えて、平成12年11月18日から26日の結核予防会主催の先進国結核対策スタディツアーに参加しました。
1.ベルビュー病院
前日に購入しておいた1週間乗り放題のメトロカードで地下鉄に乗り、まずはベルビュー病院の見学からスタディツアーのスタートです。
呼吸器病棟は、すべて、それぞれの部屋が独立換気となっており、いくつもの陰圧室に加え、前室を持つ部屋もあります。結核患者は、陰圧室に収容されています。各部屋では、HEPAフィルターを通した換気と共に、紫外線照射が併用されています。結核患者の多くは、救急外来を有症状受診しそのまま入院となることが多いため、結核を疑わせる症状や既往歴がある場合は、救急外来のスタッフはN95マスクを着用し、結核隔離用の救急室で処置を行い、入院や検査の場合、他の患者と交差しないように通路、エレベーターなどを管理しています。2.ワシントンハイツ Chest Center
市にある10カ所のChestクリニックの1つであるワシントンハイツChest Centerでの診断、治療費は無料。DOTや接触者検診については、ChestクリニックのPublic Health Advisor (PHA :いわゆるアウトリーチワーカー)が中心的に行っています。地域柄ドミニカ生まれが多く、スペイン語のできる看護婦やPHAがいます。DOTはChestクリニックで行うケースと、自宅や職場に訪問するケースとが半分ずつ。毎日投与ばかりだと思っていましたが、間歇法が中心になっていたので驚きました。3.マンハッタン地区のコホート検討会議
すばらしい内容だと評判になっているコホート検討会議を見学。コホート検討は3カ月ごとにニューヨーク市の5つの各区で7〜9カ月前の症例の治療結果を評価し、治療成績を報告する会議です。患者管理についての検討は、日本では結核診査協議会として治療開始時に行いますが、ニューヨーク市ではコホート会議として治療開始後8〜10カ月後に行われています。今回はマンハッタン地区の2000年1〜3月に登録された症例86例が対象でした。出席者は40名程度、性・年齢・出身地・ツベルクリン反応成績、胸部X 線所見と細菌学的検査結果、使用薬剤、DOTの有無、医療機関の訪問日時、治療経過・細菌学的検査(もちろん耐性結果も)、接触者検診結果などをPHAが報告します。参加者は、看護婦、PHA 、医師。会議はDr.Fujiwara (ニューヨーク市結核対策局長)が中心になって進行していきます。訪問までの期間が長い場合、不適切な治療、DOT がなされていない場合、接触者検診の不備などについて厳しいチェックが行われていました。外国出身者が多く、悩めるアメリカの一部分を垣間見たようです。HIV 陽性者も3割以上、治療結果は会議の最後に映し出され、死亡率11.9%、中断率3.7%、完了率76.1%、完了予定率94.4%、失敗率0%、DOT 施行率55.1%でした(大阪市の中断率は10%近くで行旅患者は約20%の脱落です)。DOT施行期間は、平均6カ月、届け出から患者面接までの期間は平均4日、接触者検診は1患者あたりの平均値4.7人。コホート会議は、大阪市でも撫井先生を中心に一部の区で実施していますが、コホート検討会議の重要性をあらためて認識しました。結果を評価することはなによりも大切なことだと痛感しました。ぜひ、大阪市でも拡大実施していかなければなりません。4.ハーレム病院国立結核センター
ハーレム病院国立結核センターでは、Chestクリニック、ハーレム地域のDOT 、結核研修教材開発の3つの機能を持っています。Chest クリニックは結核や喘息などの呼吸器疾患のクリニックです。ここではツベルクリン反応検査、胸部X線検査、喀痰検査、喀痰塗抹陰性化後の治療や予防内服を行っています。治療費は無料です。DOT と書かれたプレートがあるブルーのドアを開けるとDOTクリニックです。DOTによる治療中の患者は38名、DOPT(予防内服に対してのDOT)は98名。90%はDOTクリニックに来所、10%は訪問方式です。服薬する部屋は家庭的な雰囲気がしました。患者1人ずつの薬が大型のワゴンケースに棚ごとに厳重に管理されていたのが印象的でした。予防内服者にもDOTを実施しているニューヨークとの差にまたまたショックを受けました。5.DOTクリニック
大阪大学の高鳥毛先生と2人で、初日に訪れたワシントンハイツChest Center へ。8時半から20才台の黒人が来所し、DOTを見学できました。薬をDOTチャートで確認し、服薬後、スタッフと患者さんが共にサイン。メトロカードを渡すときにもカードのナンバーを控え、両者でサイン。インセンティブはジュース(イチゴ味のエンシュアリキッド)でした。ケンタッキーフライドチキン券もあるようです。9時からヒスパニック系のPHAと3人で市から支給された乗用車で4人の患者さん宅をDOT訪問。ちなみにガソリン代も市が負担しています。1番目の患者さんは60歳男性、メキシカン、単身者、肝移植後、MDR (多剤耐性)、SM の注射のため中国系看護婦が同乗し、英語がまったく話せないため、スペイン語が話せるPHAが担当しています。2番目の患者さんは32歳男性、黒人、独身、MDR、PHAとのおしゃべりを楽しみにしていて、訪問が待ち遠しいようです。3番目は8カ月の男児、ポルトガル系、祖母が抱きながら注射器から直接口に注入していました。最後は42歳男性、プエルトリコ人、独身、HIV 陽性、部屋は清潔ですが、なぜか淋しそうに感じました。やはり、PHAの訪問を楽しみにしていました。大阪では来所型のDOTSを実施していますが、訪問型のDOTの大変さを実感した1日でした。6.New York City Office でのシステム説明
DOTを強力に進めている主体は市衛生部結核対策課です。3,800〜4,000万ドルの予算と650〜700人の人員を擁しています。4つのネットワークに分かれていて、それぞれがすばらしい機能を持っています。特に興味を持ったのは細菌検査台帳を検討し、見落とされた患者がいなかったかどうかを確認する部門があり、病理検査室台帳や病理解剖所見までチェックできる体制を持っていることです。7.National Jewish
Medical and Research Center
デンバーのNational Jewish Medical and Research Center の細菌検査室には全米1,400カ所の医療機関から検体が郵送されてきます。抗結核薬のモニタリングの講義、院内感染対策について数学的なモデルでの講義、Dr.Iseman じきじきの講義、MDRに対する外科的治療の講義を受け、終了後病棟見学。
ニューヨーク、デンバーと忙しく、また驚きが続いた8日間でした。英語の読み書き・会話が不得手な私でしたが、ニューヨーク市のシステムのすごさにため息の連続でした。でも、「10年間で結核半減」を宣言した大阪市です。やるっきゃないのです。意気込みだけはニューヨークに負けてはいないつもりです。DOTSを結核対策の中心においてがんばらねばと思っています。
最後に、すべての会話を同時通訳と思うほどのスピードで通訳し、なおかつ、デイリーレポートを翌朝メンバーに配布して下さった吉山先生に心から感謝いたします。
平成12年度先進国結核対策スタディツアープログラム 月 日 行 程 11月18 日(土)
11:00成田発 空路、ニューヨークへ
9:15ニューヨーク(JFK )着、着後、市内視察へ
19 日(日)
終日自由視察 20日(月)
8:45〜12:00ベルビュー病院視察
14:30〜16:30ニューヨーク市立ワシントンハイツChest Center 視察
21 日(火)
8:30〜11:30マンハッタン地区コホート検討会出席
15:30〜17:00ハーレム病院C.P.フェルトン国立結核センター視察
22日(水)
8:30〜12:00DOT現場視察
14:00〜16:00ニューヨーク市衛生局結核対策部関係者との視察内容のレビュー/ディスカッション
23日(木)
祭日・収穫感謝祭10:55ニューヨーク(ニューアーク)発
13::00デンバー着、
15:00 〜17:00着後、ホテルへ視察内容に関するまとめ(ミーティング)
24日(金)
8:30 〜15:00ナショナルジューイッシュ・センター(NJC )訪問、菌検査部門、説明・視察
薬物治療管理(TDM )、講義
院内感染対策、講義
多剤耐性結核の外科及び内科処置について、講義
病棟視察25日(土)
8:00デンバー発、経由地ロサンゼルスへ
11:35ロサンゼルス発
26日(日)
16:15成田着