企画調査科長 須知雅史 |
1.はじめに
1991年に世界保健機関(WHO)によって結核対策の世界目標,治癒率85%,2000年までに患者発見率70%(塗抹陽性肺結核),が掲げられてから10年が経過した。しかし,主に結核高負担国(後述)におけるDOTS戦略進展の停滞によって,その目標を達成することができなかった。世界の結核とその対策の現状,そして近年加速されつつあるというDOTS戦略の進展を概観し,今後の方向性を考えてみたい。
2.DOTS戦略
91年,WHOはそれまでの結核対策が「何を行うか(外来治療,標準化学療法など)」に重点が置かれ,保健基盤の脆弱な途上国のような状況で「いかに実践するか(患者を発見し治癒する)」が論じられてこな かったという現状分析を行いつつ,いくつかの途上国で成功していた結核対策に注目した。タンザニアなどの保健基盤の脆弱な国々で,高い治癒率を達成していた世界結核肺疾患予防連合(IUATLD)の支援で行われていた結核対策(IUATLDモデル結核対策)がそれである。そのシステムを分析し戦略としてまとめられたのが,94年に公表された「効果的な結核対策のための枠組み」1)であり,そのブランド名が「DOTS戦略」である。
DOTS戦略は,単にDirectly Observed Treatment,Short-course(直接監視下短期化学療法)の略ではなく,@政府の積極的な取り組み(結核対策組織の確立と予算付け),A有症状受診者に対する喀痰塗抹検査を主とする患者発見(一般保健サービスの中で喀痰塗抹検査が実施できるようにする),B適切な患者管理のもとでの標準化された短期化学療法の導入(服薬の確認の実施と治療の標準化),C抗結核薬や検査試薬などの消耗品の確実な供給(適切な在庫を備えた定期的な供給),D標準化された記録・報告に基づいた対策の評価(塗抹検査所見に基づいた患者発見報告と治療成績のコホート分析)の5つの要素を持った,包括的な結核対策戦略と解釈できる。
ここで注目したいのは,DOTS戦略の実施や拡大において,小さな地域での試行から治療成績(治療開始後2カ月あるいは3カ月の喀痰塗抹陰転化率や最終的な治療成績)を評価しながら,良好な治療成績が達成された時のみ拡大していくという点である。つまりDOTS戦略は,結核感染の鎖を断ち切り多剤耐性結核の発現を予防するため,患者発見より治療成績に重点が置かれており,常に良好な治療成績を維持する「患者を治す」結核対策と言える。たとえ服薬の確認(Directly Observed Therapy,直接監視下療法)が行われていたとしても,治療成績が悪ければDOTS戦略が正しく実施されているとは言えない。3.世界の結核患者数
97年に世界で発生した全結核患者数は796万人,そのうち塗抹陽性は352万人と推計されている2)(表1)。 HIV蔓延の影響で,アフリカ地域の塗抹陽性罹患率が人口10万対108と最も高いと見られている。また,1年間に187万人が死亡すると考えられている。これらの数字は,以前の推計3)に比べればより控えめであるが,世界中で多くの人々が結核で苦しみ,亡くなっていることに変わりはない。
表1 WHOの地域別にみた結核問題の推移 表2 世界の推定患者発生数の80%を占める上位22カ国と推定患者数 4.DOTS戦略の進展
WHO4)によると,98年末現在,世界の211の国と地域のうち119カ国(56.4%)がDOTS戦略を採用している(97年は102カ国)。98年の推計患者数(表2)は,先に述べた97年の国別罹患率に人口増加を加味して推計したもので,98年の全結核患者発生数を約808万人(人口10万対137.0),塗抹陽性患者発生数357万人(人口10万対60.6)としている。また,世界の推計患者数の80%を占める上位22カ国をHigh Burden Country(結核高負担国)と呼んでいるが,世界の国の約1割にあたる22カ国の結核高負担国で,全結核罹患数の80% を占めることがよく理解できる。
98年の患者届出数(表3)は,世界全体で約362万人(98年の推計患者数808万人の44.8%),そのうち143万人(98年の推計患者数357万人の40.1%)が塗抹陽性であった。世界全体では,全結核届出患者数の39.0%がDOTS戦略を実施している地域からであった。DOTS戦略を実施している地域から報告された塗抹陽性患者数は77万人で,推計患者数(357万人)の21.6%を占め,このDOTS患者発見率(DOTS戦略を実施している地域からの塗抹陽性患者届出数/推計塗抹陽性患者数)は95年の11%から倍増した。肺結核中の塗抹陽性の割合を見るとDOTS地域が64.5%,非DOTS地域が33.7%と,DOTS地域では感染源として重要である塗抹陽性患者を重点的に発見していることがよく分かる。
97年に登録された新・塗抹陽性患者の治療成績(表4)を見ると,DOTS戦略を実施している地域の治癒率(塗抹陽性登録患者中,治療完了時,塗抹検査で陰性が証明されたものの割合)は72.0%,治療完了率(塗抹陽性登録患者中,初期強化療法期間終了時菌陰性で治療を完了したが,完了時の塗抹成績は不明のものの割合)は6.4%で,両者を合わせた治療成功率は78.3%であった。一方,非DOTS地域では,治療成功率は37.5%で,患者管理が脆弱であることが明らかである。
表3 WHOの地域からみた患者届出のまとめ 表4 WHOの地域からみた戦略別、新塗抹陽性患者の治療成績 5.今後に向けて
DOTS戦略を実施している地域からの塗抹陽性患者報告数の94年からの年平均増加数は約12万人であった。しかし,97年から98年の増加数に限って見れば約22万人と,その増加のペースが近年加速されつつある。もし年間25万人の増加が続くとすると,目標である70%の患者発見率を達成するのは2005年と推定され,これまでの2012年から大きく短縮されることとなる。また,95年から98年にかけてのDOTS戦略を実施している地域の人口割合は,高い治療成功率を維持しながら,全世界で22%から43%へ,結核高負担国では25%から43%へと拡大している。今後とも,高い治療成功率を維持しながら,DOTS戦略の拡大が加速されることが望まれている。
このような現状の中で,さらにDOTS戦略を拡大このような現状の中で,さらにDOTS戦略を拡大するために世界中で様々な努力がなされており,その流れの1つが世界的パートナーシップの構築,結核に対する世界憲章の制定,世界的薬剤基金の構築などを目的とするストップTBイニシアティブである。結核は,貧困層や弱者を襲い,また生産性の高い年齢層を直撃するために,疾病と貧困の悪循環の原因となっており,ストップTBイニシアティブでは,適切な結核治療を受けることは人権の一つであるとして,結核対策を単なる疾病対策ではなく社会開発の一部と位置づけている。今年のWHOによる世界結核デーのテーマも,「DOTS: TB Cure for All(DOTS:結核治癒をすべての人々に)」とされているように,DOTS戦略の拡大を加速することが世界の最重要課題の一つとなっている。
<参考文献>
1)Tuberculosis Programme,WHO:Framework for Effective Tuberculosis Control,WHO/TB/94.179, Geneva (1994)
2)Dye C et al :Global burden of tuberculosis: estimated incidence,prevalence and mortality by country.JAMA 282:677-686 (1999)
3)Dolin P J :Global tuberculosis incidence and mortality during 1990-2000.Bull World Health Organ. 72:213-220 (1994)
4)Communicable Diseases,WHO:Global Tuberculosis Control,WHO Report 2000, WHO/CDS/TB/2000.275.Geneva (2000)