肺がん検診 -さらなる飛躍を-


胸部X線写真の精度管理


結核研究所対策支援部 ・放射線学科長 中野 静男

 

はじめに

 1999年に厚生省「藤村班」の研究によって,肺がん検診が統計的にも明らかな有意差をもって有効であることが症例対照研究からも証明され,さらに肺がん検診の精度を高く保つことが重要となってきた。結核予防会では胸部検診に精度の高いX 線写真を提供するため,全国で撮影された胸部X 線間接・直接フィルムの評価会を85年より毎年実施し,胸部X 線写真の精度管理を行っている。今回,フィルム評価会の「評価成績」と胸部写真の「問題点」等について,間接フィルムを中心に述べる。

評価法

 胸部X線フィルムの評価は10の因子,すなわち濃度,コントラスト,鮮鋭度,粒状性,姿勢,性腺防護,カブリ,シミ・キズ等,装置の整合,そして間接フィルムは均等性(濃度,コントラスト,鮮鋭度),加えて直接フィルムはサイズの適否について判定する。ランクは1 から3 ないし4 ,総合評価はA:優れて読影価値が極めて高い(10 因子すべてランク1 ),B :優れたフィルムでA に近い,C上:B に近い,C中:10 因子はランク2や3 が多い,C下:D に近い,D:読影が極めて困難,E:全く読影できない,の7 段階に評価する。

評価成績

1 )評価成績の推移

間接フィルムの評価成績

 図1は間接フィルムの評価成績の推移である。評価C中(結核予防会では落第点)のフィルムが,85 年に30%だったものが,92年には10%台に減少し,逆に評価B が18%から27%に増加した。評価A ・C上もそれぞれ増加している。92年以降の評価成績はグラフから分かるように横這いと言ってよい。直接フィルムについても同じ傾向である。

2 )評価Aフィルムの主な撮影条件と部位別平均濃度

 評価Aをとった間接フィルムの主な撮影条件を集計してみた(表1 )。それによると,撮影管電圧は121〜140kV が96.7 %と圧倒的に多く,141kV 以上の高圧は胸部写真の画質との関係で必ずしも好ましくなく,使用されていない。その他の条件は表を参照されたい。表2は評価Aをとった14年間の間接,直接フィルムの部位別平均濃度である。

間接フィルムの主な撮影因子評価Aの過去14年間の5部位の平均濃度

3 )評価成績が向上した要因

 評価成績が向上した要因をハード面からみると,間接撮影装置の整備が挙げられる。撮影管電圧120kV 以上での撮影が85年,92年,99年でそれぞれ42%,82%,99%に,希土類蛍光板の使用も73%,97%,100%に,また100oミラーカメラの使用も56%,99%,100%に増加した。その他ハード面ではX線管の小焦点化,短時間撮影化,撮影距離が100cm から120 pに,フィルムや自動現像機の改善が挙げられる。

 もう一つ大きな要因としてフィルム評価会の実施が挙げられる。評価会を実施することにより,よい胸部X 線写真とは何かが理解され,また写真上の問題点の解析や写真に対する意識が向上した。これらが評価成績を向上させる要因につながったものと思われる。

胸部X 線写真の問題点

1 )半数近くが濃度・コントラストに問題

 評価成績より濃度,コントラストを肺野部と肺周辺部で見てみると,評価が「適」となった割合は全体で40〜60 %にとどまっており,92年と99年の比較でもそう大きな変化は見られない。つまり,「適」以外のフィルムは濃度,コントラストに何らかの問題があり,撮影装置,自動現像機を含めた管理を徹底する必要がある。これが評価成績を横這いにしている大きな原因の1 つと考えられる。

2 )このままでよいか間接撮影装置

 X線自動露出装置(ホトタイマー)の性能が被写体の体型等に左右され,写真濃度のばらつきの原因となっている。フィルム評価会の成績でも30%近くが均等性(濃度・コントラスト・鮮鋭度)に問題ありと指摘している。写真濃度が一定になるホトタイマー装置の改善が望まれる。

 一方,ミラーカメラについては,JIS規格では1mmあたり2本以上の線が確認できる解像力でよいことになっているが,淡い小さい陰影を確実に描出するためには解像力をもっと厳しくしたミラーカメラの改良が望まれる。

自動現像機の管理

1 )管理上具備すべき機器

 始業前に管理用フィルムを流し現像機の濃度管理を厳重にする必要がある。撮影システムの最後の現像処理をおろそかにすると,その前段がいくらよくても質は大きく影響され,診断価値の低い写真になってしまう。肺がん検診に適した安定した胸部写真を管理していく上で,現像機の状態を知る感光計(露光計)と濃度計は絶対に必要なものである。ところが,この感光計と濃度計を備えている施設が意外と少ない。

2 )管理用フィルム

現像液の状態をタイプの違うフィルムで処理

 図2のグラフは管理用フィルムとしては何がよいか,結核研究所の自動現像機で6ヶ月間モニターした時の5種類のフィルムから,特徴的な3種類のフィルムを取り上げた。このグラフからHXのフィルムを見ると,特性曲線の直線部分の傾きや感度が変わっていることが分かる。つまり,管理用フィルムはこのように現像液の状態に敏感に反応しやすいフィルムを選択することが大事である。それに対しUR-1Newフィルムは現像液の状態にほとんど影響されにくく,管理用フィルムとしては不向きと言える。

3 )自動現像機管理の実際

 結核予防会のある支部では,間接写真の濃度を右肺野で見て1.6 とし,±0.1の幅の中に入るよう現像時間(自動現像機のスピードを可変)や現像液温度をコントロールして写真濃度を厳重に管理している。

 昨今,PL法対応のためと言ってメーカー任せにしている感が強いが,良い写真を作るための精度管理に大変な努力をしていることが分かる。

フィルム評価の実施

 日常的には技師が出来た写真の濃度,コントラスト等を評価する。それと同時に,定期的に医師・技師合同で評価をし,画像に対して意見交換することが大事である。調査結果からも評価成績が上位の施設ほど何らかの方法でフィルム評価を実施していることが明らかになっている。

淡い陰影をいかに描出させるか

 最近の報告では淡い小さい陰影を確実に描出させる撮影技術が求められている。すべての肺がんのうち約60%が1年前に指摘可能であり,腺がんの場合約80%は1年前に,50%は2 年前に指摘可能であったという(長期経過を有する検診発見癌の検討:肺癌2000.8Vol.40 No.4 247 〜253 )。そこで,淡い小さい陰影を描出させるための技術・管理は何かをまとめてみると

1,適切な撮影管電圧,グリッド,蛍光板,フィルムの使用

2,濃度,コントラストの厳重な管理

3,自動現像機の管理の向上

の大きく3点にまとまる。これを日常管理の中で確実に行うことで,間接フィルムの精度を高め,安定した画像を提供できるものと考える。

まとめ

 ヘリカルCT を肺がん検診に利用する効果は大きいが,処理能力,経済性等からみて,現在行われている胸部X線間接撮影がまだまだ重要である。私 見だが,肺がん検診の受診者が年間703万人(平成10年),これを全部CT検診にしたとして計算すると,全国に488台(1日1台60人撮影,年間稼働日数240日)のCT検診車がないと処理できない計算になる。受診者の対象年齢を現在より引き上げるとか,隔年検診にする等考慮したとしても相当台数のCT検診車を必要とする。(平成12年10月現在全国で12台稼働)

 また,現在の間接写真による検診料金と比較してみても8〜9倍になり,検診実施市町村にかかる経済的負担は大きく,現実には難しいものと思われる。し たがって,現状の胸部検診と併せた効率的CTの運用が今後の方向と思われる。

 


Updated 01/04/26