NGO レベルにおける結核対策共同モデル活動


インドネシア結核対策共同プロジェクトに
おける喀痰塗抹検査技術の強化

結核研究所国際協力部  国際研修科総括主任  藤木明子

◆はじめに

  1997 年11月にインドネシアの結核予防会と結核対策共同プロジェクトをジャカルタで開始して2000年で4年目になった。この プロジェクトの目的は、世界的に導入・展開されているDOTS戦略をインドネシア結核予防会診療所ジャカルタ胸部疾患センター(JRC) 及びバラデワクリニックに導入し、結核患者の治癒率を上げ、インドネシアの結核撲滅に寄与しようとするものである。DOTS戦略を 実施するにあたって最も重要なことは、信頼性かつ精度の高い喀痰塗抹検査技術の確保である。患者であるか否かの診断、また治癒したか 否かの決定は全面的に喀痰塗抹検査成績に委ねられているからである。
  喀痰塗抹検査を語る時、その技術は「簡単」であると言われることがある。ところが質の良い技術を習得・保持しようとするとそう簡単 ではないらしい。「らしい」というのは、 毎日何十枚と鏡検している検査技師でさえもその標本作成技術や鏡検技術を評価すると、 素人同様あるいはそれ以下の成績を見ることがあるためである。表1は今回塗抹検査技術強化のためのトレーニングに参加した検査技師の キャリア、1日に施設に来る検査スライド数、そしてトレーニングを受ける前に参加者が作成したスライド標本を評価し、「適切」と判定 された喀痰塗抹技術の成績を六つのチェック項目ごとに示したものである。90%以上適切と判定されたものを「合格」とするならば、 すべての項目に「合格」を示す参加者は見当たらない。また、検査技師の技術が直接関わる標本の厚さ、塗抹の均等性やサイズについては、 わずか2人が厚さに関してのみ合格点に達している。これはきちんとした訓練による基礎技術の習得無しには、日常業務を通じての技術の 習熟は難しいことを示している。

表1 標本作成評価成績と参加者の背景
 

表2 鏡検査実習ごとによる鏡検一致率・偽陽性・偽陰性の成績
表1 トレーニングを受けるまえの
参加者ごとによる標本作成評価成績と
参加者の背景
  表2 鏡検査実習ごとによる
鏡検一致率・偽陽性・偽陰性の成績

◆良い塗抹標本から良い鏡検結果が生まれる

簡単と言われている塗抹検査でも、ある一定の水準にまで到達するにはそれなりの訓練がいる。 塗抹標本作成実習はその第一歩である。各自毎回の実習では少なくとも10枚の塗抹標本の作成が行われた。

塗抹標本技術と鏡検技術は塗抹検査の両輪である。 塗抹標本からきちんと抗酸菌を読み取らなければならない。抗酸菌が全く含まれていない標本、抗酸菌がある一定量含まれている標本などを組み合わせた標本セットを繰り返し読み、 鏡検技術を磨いていく。
 すでに述べた様に、参加者たちの塗抹標本作成技術は国際標準レベルから程遠く、それに伴い鏡検技術の質も悪い。塗抹標本技術の 質と鏡検技術の質はそれぞれ独立したものではなく連動しており、とりわけ弱陽性を示す塗抹標本では、塗抹の作成が鏡検結果に大き く影響する。それを示しているのが表2である。実習1〜3回目までの結果は、JRC及びバラデワクリニックで検査されたスライド 標本の中で、できるだけ質の良い陰性スライド標本と陽性標本を選び10枚1セットにして、参加者に鏡検してもらったものである。 読み間違い(偽陽性・偽陰性)が多く発生しており、それらは+/−及び1+(100視野中1〜99個)の標本に集中している。読み落とし(偽陰性) については実習1回目に強陽性(20視野中平均10個以上)の標本に1例見られた。実習4回目以降のスライド標本セットは、 同国の呼吸器疾患の中心病院であるパルサハバタン病院検査室でトレーニングのために作成してもらったものを使用したものである。 鏡検成績に大きな改善が見られており、 読み間違いはすべて弱陽性の標本に、また、強陽性の標本での間違いはなくなった。 この様に質の良い標本と質の悪い標本セットの違いが鏡検成績にも明白に表われているのである。

◆トレーニングとその成果

 2000 年6月29日〜7月9日までインドネシア結核予防会JRC 、バラデワクリニック勤務の検査技師6人、アチェ州衛生検査所 勤務の検査技師2人(個別参加)、合計8人の参加者を対象に2週間の喀痰塗抹検査トレーニングを実施した。技術指導には西サモア、 モンゴルで結核菌検査の指導経験のある松本宏子検査技師(元国連ボランティア専門家)と筆者が、そして事務調整にはフットワーク の良い柴土真季事務員(本部国際協力室)が当たった。
 実際に業務に就いている技師(アチェ州を除く)を対象としたこのトレーニングでは、日常業務にできるだけ支障の無いことが配慮され、 午後1時半から5時半までの半日間がトレーニングに費やされた。参加者たちは午前中の勤務を終えてトレーニング会場のパルサハバタン 病院まで時間通り駆けつけるとなると昼食時間がとれないため、インドネシア予防会側から昼食・送迎車が準備され車中で 昼食をすませながらの参加であった。トレーニングの目的は塗抹検査技術の強化・標準化である。そのためトレーニングは、講義を極力少なくし、 その分塗抹標本の作成、塗抹標本鏡検に関わる実習に多くが費やされ、毎日技術上の欠点・弱点を見出すための技術評価を個々に 行うことから始められた。それぞれの技術の軌道修正材料を与えられた参加者た ちは、各自最低10枚の塗抹標本作成、そして10枚の塗抹標本鏡検の繰り返しの中でその達成目標に向かって日々励むことになった。 トレーニング期間中(実働半日10日間、塗抹作成・鏡検実習7回)各自平均80枚以上のスライドが塗抹標本作成訓練に費やされ、また70枚のスライド標本を鏡検訓練のために 読んだことになる。

図 塗抹標本作成実習ごとによる塗抹技術の成績
図 塗抹標本作成実習ごとによる塗抹技術の成績
 表2、図は参加者の鏡検技術と塗抹標本作成技術の向上を示したものである。参加者全員に技術的な成果が上がったと言える。とりわけ 塗抹の厚さ、大きさ、均等性については顕著な改善が見られた。鏡検技術についてもすでに述べた様にほぼ全員に改善が見られ、 見落としの傾向にあった2人の参加者にはそれが全く見られなくなり、陽性スライド・陰性スライドの区別が適切に行われるように なった。


◆改善された技術をさらに向上するために

 参加者に客観性のある情報を毎回しかも個々に提供する、その材料を受けて各自が確認・考え・工夫しながら技術向上を目指す、 という作業は実施者側にとっても参加者側にとってもかなり忍耐のいるタフなトレーニングであった。 しかし技術の修得には繰り返し行うこと以外にないのである。それもただやみくもに繰り返すのでなく、 どこが、何が、弱点なのかを的確に把握し、それを技術向上に反映させる術がなければ意味がないのである。 きめ細かい指導、質の高いトレーニングを供給するにはトレーナーの質・人数確保が不可欠である。 今回のトレーニングで成果を上げることができたことは、幸いにもこの両方が満たされた結果の表れとも言えよう。 限られた時間内でのトレーニングで伝えられる技術はすべて伝達され、参加者たちもそれを支えるインドネシア側・ 日本側トレーニング関係者たちも、技術の改善のために真剣に向き合った時を共有した。 この経験やここまで引き上げられた参加者たちの技術を無駄にしないために、職場に戻った彼らを各施設のトップ関係者がバックアップし、 検査室への理解と励ましが望まれる。また、インドネシア側・日本側双方が技術の フォローアップ、精度管理体制の確立などに継続的な努力を重ねていかなければならない。 とりわけインドネシア側の積極的なコミットが重要である。 塗抹検査技術・人材の土台は出来たのである。

    

毎回各自の技術評価が行われた。評価内容は細部にわたりインドネシア結核予防会イラワン医師によって通訳され参加者たちに伝えられた。一言も漏らすまいと聞き入る参加者たちの姿勢は真剣であった。 トレーニング開始から経時的に各自の塗抹標本及び鏡検技術の評価が壁に張り出される。それを見ながら各自「今日の」あるいは「明日の」達成目標を立てる材料とし、技術向上の励みとした。

◆おわりに

 インドネシアは結核対策分野では決して国際的に孤立しているわけではない。これまでに様々な形で様々な人たちが技術や知識を得る 多くの機会を与えられてきたと思われる。 それらはこれまでどう生かされてきたのであろう。
 「不思議の国」インドネシアである。


Updated 00/12/08