大阪の結核
―その現況と対策にむけて
〜よっしゃやりまひょまかしとき〜

2000年4月16日/大阪府立国際会議場(大阪市)

 2000年4月16 日、大阪府立国際会議場にて 「大阪の結核―その現況と対策にむけて―」 と題するシンポジウムが、第75回日本結核病 学会総会の主催により500名以上の参加を 得て開催された。プログラムは座長を国立療 養所刀根山病院長の小倉剛先生、大阪市立総 合医療センター感染症センター部長兼大阪市 環境保健局感染症対策室長の阪上賀洋先生が 務め、第1部講演、第2部総合討論の2部構 成で進められた。
講演1 「結核とは」
国立療養所刀根山病院長  小倉 剛

 座長の小倉院長は「結核とはどのような病 気か」概論を述べ、大学での結核教育の不十 分さと医師に診断能力が不足しているという 現状を訴えた。
講演2 「世界の結核、日本の結核、そして大 阪の結核」
大阪大学医学部講師  高鳥毛敏雄

 世界の結核の問題には都市化とスラム、ア フリカを中心としたHIVとの複合感染など がある。また、先進国でもアメリカで 1980年代に結核が再興しており、ヨー ロッパでは東欧を中心として増加している。
 翻って大阪の結核は、80年頃から結核罹患 率が減少しておらず、新登録患者のうち特定 2 区の占める割合が増加している。そういっ た地域に住む住所不定の結核患者を含め、す べての結核患者は治療を受ける権利があるた め、福祉などと連携を取りDOTなどの治療 を進めていくべきである。
講演3 「専門医の立場からみた大阪の結核の 特徴」
大阪府立羽曳野病院第一内科部長  高嶋哲也

 大阪の結核の特徴を治療成績の面から見る と、再治療例は全国6.3%に対して大阪府 17.6%、大阪市11.8%と高い。治療成功 率が全国80.9%に対して大阪府は86.1% と高いが、大阪市は75.5%、全国ワースト 3 位であり、脱落中断は全国一多い。大阪府 の治療成績には地域格差が大きいことも特徴 である。
 また、初回耐性が多く、多剤耐性患者も増 加傾向にあり、羽曳野病院の成績では初回治 療患者の6人に1人が何らかの薬剤に耐性で あった。
講演4 「保健所の立場からみた大阪の結核の 特徴」
 (1)茨木市医師会副会長  辰見宣夫

 茨木市の特徴として、年齢階級別結核罹患 率では20代と50代以上に二つの山が見られる。 高齢者の受診・診断の遅れも多い。治療サブ ノートを使って治療に当たっている。
 (2)保健婦の立場で
大阪市環境保健局 感染症対策室予防課主査  有馬和代

 大阪市では今年度から24保健所が統合し大 阪市保健所の1保健所体制となった。また、 保健所別の罹患率ワースト10に大阪市内の保 健所が97年は5 保健所、98年は7保健所入っ た。大阪市全体の行旅患者の割合は 97 年に 20.7%だったのが98年には23.7%と増加 している。
 そこで、大阪市では昨年11月から行旅患者 を対象にあいりんでDOTSを始めているが、 患者に「役所の人が来てくれるのがうれしい」 と言われ、DOTSには人間的なつながりが 第一であることを実感している。なお、大阪 市は保健婦の患者本人面接100%を目標に 保健婦の活動を強化していく方針である。
講演5 「なぜ大阪では結核が減らないのか」
結核予防会大阪府支部結核研究所顧問 亀田和彦

 なぜ大阪の結核が減らないかを考えてみる と以下の3点が挙げられる。 @ 社会経済的弱 者を含め多様な人々が出入りしやすい社会的 背景―市の人口260万人のうち1日の流動 人口は130万人である。大都市の結核は住 所不定者よりもむしろ飯場を転々とする40〜 50代男性に多いことが問題である。 A 一般市 民の性格として、商人の町大阪の人々は、形 にとらわれず損得で物事を決める、健康に気 を遣わない、続けて物事ができない、決まり 事を守らないといった特徴がある―一般市民 の治療中断率は7%(全国4%)、住民検診 受診率はたった4.5%である。 B行政シス テムの問題―市内の公的結核病院が少ない。 他の地域との連携不足。
講演6 「新しい結核対策都市におけるDOTSの試み」
結核研究所国際協力部長  下内 昭

 ニューヨークなどでは都市におけるDOT が成功している。日本でも大阪市をはじめ何 カ所かで開始されているが、今後は、住所不 定者等に対し、国立国際医療センターなどで 試みられている入院中のDOTの実施や宿泊 場所の確保も有効なのではないか。ただし、 退院後の管理や医療、保健所、福祉の連携が 不可欠である。また、行政が結核制圧に責任 あるということを自覚し、年1回でも全管内 保健所の報告会を行ってはどうだろうか。
講演7 「行政面からの今後の取り組みについ て」
(1)大阪府保健衛生部保健予防課 感染症対策室長  一居 誠
 大阪府ではこれまで特対で専門医育成、集 団感染対策援助チームの組織、院内感染対策 講習などの事業を行ってきた。大阪府独自の 対策としては、小規模零細企業の検診受診率 が低いことを考慮し、従業員20人未満の企業 を対象に調査や街頭検診を行っている。
 また、大阪市、堺市、東大阪市との連携強 化も課題である。
(2)大阪市環境保健局感染症対策室保健主幹  巽 陽一  大阪市では大阪市版ストップ結核作戦を立 ち上げ、10年間で罹患率半減、塗抹陽性罹患 率の半減、小児結核ゼロを目標としている。 現在市内全結核患者2700人の分析を行っ ており、行旅患者が多いという問題に対して はあいりんでのDOTS、越年検診を実施し ている。
第2部 総合討論
 総合討論では大阪市保健所の統合について、 住民検診の受診率の低さ、大阪市内の菌陽性 患者収容病院や透析を行う必要がある結核患 者収容病院の確保、医師の診断ミスなどにつ いて質問・意見が交わされた。
 また、DOTSに関しては以前から東京都 山谷地区で実施して いる渋谷診療所今村 名誉所長からのアド バイスや、あいりん の住所不定者を支援 しているボランティ アの参加者などから 意見が出されたが、 そういった意見も取 り入れながら関係者 がいっしょになって 進めていくことが確 認された。
 最後に、今回の結核病学会総会の会長であ る大阪府立羽曳野病院露口院長から、大阪府 内の医療機関を整備し、それぞれの地域で患 者発見から治療までできるようにすること、 大阪市と大阪府、保健所と病院、診療所、他 の保健所、また、看護婦と保健婦の間でそれ ぞれ連携を強化することの重要性が強調され た。
 また、まとめの言葉として「よっしゃや りまひょまかしとき」と大阪弁で結核対策 への決意を述べ、大きな盛り上がりのうちに この会議は幕を閉じた。

文責 編集部

大 阪 市 あ い り ん 訪 問

 第75回日本結核病学会総会の前日、 2000年4月17日に大阪市の関係者4名の案 内により、結核予防会関係者10名が 参加して、あいりんの訪問が行われた。
 はじめに愛隣総合センター内にあ る労働福祉センターと、あいりんに 住む住所不定者に医療を提供してい る社会福祉法人大阪社会医療セン ターを訪問した。午前の診療時間中 で、病棟には患者があふれていた。
 大阪社会医療センターは昭和45年 に設立され、100床の病床を有す るが、平成11年度の年間外来患者は 約11万人、入院患者は約2万7千人 にのぼる。住所不定者が高齢化し、 生活習慣病などの疾病にかかる人が 増えているという。1年間(平成11年)で社会医療センターから西成保 健所分室へ判定を依頼した胸部X 線 写真は518件で、結果は要医療 191件(入院160 、通院31)、 要観察208件、治療不要118件、 要精査1件で、結核 患者の7割は他疾患 を合併しているとの ことだった。
 続いて炊き出しの 現場などを通りながら、あいりんの 住所不定者が無料で宿泊することが できる「あいりん臨時夜間緊急避難 所」を訪問。ここの管理運営をして いる特定非営利活動法人釜ヶ崎支援 機構は、あいりんの高齢者に清掃な どの仕事を与えるといった事業も 行っており、住所不定者の社会的処 遇の改善や自立支援を行っている。 あいりんの労働者はこのように手厚 い福祉により守られており、DOT S事業も福祉をはじめとする様々な 機関との連携により初めて実施する ことができるのだと実感した。
 最後に、今年度より統合された大 阪市保健所(大阪市大医学部附属病 院内)を訪問した。
 1999年の6月にもあいりんを取材さ せていただいたが、1年足らずのう ちにDOTSを含め、新たな対策が 動き出しているとの手応えを感じた。

文責 編集部


Updated 00/10/13