結核の血清診断




螺良 英郎 結核予防会大阪府支部長

螺良 英郎


結核の診断
 
結核と診断するには種々の段階と手順がある。しかし決め手となるのは結核菌の検出証明である。すべての感染症診断、特に確診となると原因(起炎)菌(微生物)を正確に検出することが重要となる。しかし実際の臨床診断に当たっては決して容易に原因菌が検出されるわけではない。個々の症例は多種多彩であって、どの感染症の診断に当たっても、原因菌の検出以外にあらゆる診断法、手法を活用している。すなわち、多角的に総合して得られたいろいろの情報を、分析、考察して判断している。
 近年、鋭敏な核酸増幅法(PCR・MTD等)の開発応用によって塗抹、培養陰性例であっても極めて感度よく結核菌の存在を知る様になった。とはいえ核酸増幅法の診断能力にも限界がある。遺伝子操作による診断法は第1に高価である。結核多発地域は先進国、開発途上国を問わず医療コストを削減すべき地域であって、結核の診断は、安価に容易にできるだけ多数の人々がスクリーニングを受けやすいメリットがなくてはならない。第2に設備器具への投資が必要で、高度の技術を駆使する人材に恵まれていなければならない。

■結核診断法の理想
 
多数の対象者を短時間にサーベイして、結核か否か、活動性結核か非活動性(陳旧性)であるのかを早期スクリーニング診断する為には、簡単な検査法であらねばならない。しかも感度(sensitivity)が高く、他疾病との鑑別上、特異性(specificity)も高くなくてはならない。
 結核菌検査には塗抹・培養・核酸増幅法があり、それぞれの診断法には意義、価値があるが、全く新しい検査法として血清診断の研究が進められている。血清診断法は補助的診断の域を出ないとする見解もあるが、結核診断は多角集学的であるべきだろう。そのためにはいろいろの診断情報が多くあった方がよい。こういう点からも血清診断の持つ意義を考察していかねばならない。また、結核症の時代の流れによる病態の変貌に応じての血清診断のニーズも考慮しなければならない。

■血清診断への期待
 
血清診断は結核の臨床においてどういう点で期待されているか、その理想とする目標、ゴールはどこにあるかが、最も関心の寄せられる点であろう。
 大体結核免疫は細胞性免疫であって、ツベルクリンたんぱくに対する免疫反応が特異的であるとされている。すなわちツベルクリン(PPD)皮内反応でもって見る遅延型アレルギー反応が結核の診断のスタンダードになっている。しかし、近年の結核症の疫学、診断対策上にいくつかの問題が生じてきた。それは何らかの原因により細胞性免疫反応が抑制され、結核感染に際して、ツベルクリン反応の診断的価値が低くなったことである。その原因の第1が、HIV感染(AIDS)による細胞性免疫の抑制、欠損で、結核症と非定型抗酸菌症が問題となってきたことである。第2に、強力な免疫抑制剤の臨床導入による日和見感染の1つとしての抗酸菌症である。第3に、同じく抗がん剤の一部による免疫抑制、さらに広く宿主の老化、医原的要因による免疫抑制状態が多くなったことである。

 かかる免疫抑制宿主での結核症の病型は肺結核よりも肺外結核(粟粒結核、骨結核等)に増えてきている。肺結核であれば喀痰からの抗酸菌の検出診断が可能である。しかし、肺外、特に播種性結核では結核菌の検出が容易でない。さらに免疫抑制状態宿主での潜在結核(latent tuberculosis)を知る上では、ツ反は陰性化し偽陰性であるので、別の診断法が必要になってきたためである。そうした結核症の病態の変貌によって期待される様になったのが血清診断法であるといってよい。

■血清診断法の原理
表1血清診断のためこれまで研究されてきた主な抗原
図1抗酸菌の細胞壁成分
図2マイコドット反応の測定法

 血清診断法は体液性免疫反応である。その抗原は結核菌の菌体成分と菌由来の物質である。その研究の歴史は古くから重ねられており、かつて、Middlebrook-Dubos 反応や高橋反応等があった。
 結核菌の菌体成分、細胞壁成分の生化学的分析、精製に関する膨大な生化学的、免疫学的研究成果の蓄積は到底紹介し得ないが、その主なものをまとめて図説する(表1・図1)
 目下たんぱく抗原、糖脂質、cord factor 等の抗原を用いて血清診断法の研究が進められている。これらの抗原に対する抗体を検出する検査法も、近年ELISA 法やimmunoblot 法をはじめ、鋭敏な免疫血清診断手技が可能となってきた。精度管理も上昇し、かつ実際応用への医療経済効果も見込める様になりつつある。その代表的な3つに限って以下紹介する。
@リポアラビノマンナン(Lipoarabinomannan.LAM )を抗原とした血清診断法の概要
 
抗酸菌細胞壁因来の抗原性の高いLAMを抗原とし、これをプラスチックコームに吸着させたものである固相化抗原と被検血清とを混和して生じた免疫複合体を、呈色反応で目視で判定する(図2)。結核症との特異性は96〜98%、感受性が78%であった。免疫抑制下の潜在結核のスクリーニングに役立ち得るか、検討が必要であろう。
Aマイコーキット(Pathozyme- Myco kit: OMEGA Diagnostics 社,スコットランド)
 
抗原は2つでM.tuberculosis H37RA の細胞壁より抽出精製されたものと、M.tuberculosis complex に特異的な38KDa たんぱくを抗原とし、測定法はELISA 法による。感度は44.8%、特異度は98%といわれる。
BTBGL
 
結核菌よりの糖脂質でcord factor のTDM をはじめ、複数の抗原物質に対する血清抗体を検出するもの。感度は67 〜85%で、特異性は94〜96 %である。

■まとめ
 
血清診断法については、抗酸菌由来のたんぱく質と糖、脂質たんぱく質の複合体等を抗原として、血清中の抗体価から結核感染の有無を診断することを目標に研究が展開され、現在1〜2の診断法が実用化の域にある。検査手段が容易で安価であることが望ましい。感度と特異性が問題で、それにはcut off 値の設定が課題である。
 感染のごく初期には診断意義が乏しいが、抗体が産生される時期からは有用となる。菌陰性ないし菌検出不能例の肺外結核、播種性粟粒結核での診断に役立つことが望まれる。免疫抑制宿主での潜在結核や、結核性かどうかの指標としての診断価値も期待される。
 限られた診断能力ではあるが、より特異な抗原を開発することが大切だろう。血清診断の利点は採血だけの患者負担で済むことによる。いずれにしてもより優れた検査手技の開発によって、血清診断法が結核対策に役立っていくことを願うと同時に、これらについての基礎臨床研究の推進が望まれる。


〔血清診断に関する主要参考文献〕
1 .Chan,E.D.et al.Am J Respir Crit Care Med,161:1713,2000
2 .近藤有好ほか 結核76 :603,2001
3 .螺良英郎ほか 結核72 :611,1997
4 .前倉亮治 結核67 :775,1992
5 .Lodes,M.J.et al Jclin Microbiol.39:2485,2001
6 .Keane J.et al NEJM 345:1098,2001



updated 02/02/25