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結核研究所副所長 |
平成14年のTSRU会議は4月4日〜6日,ベトナムのハノイで開催された。世話役はベトナム国立結核研究所所長のコー博士であった。韓国,ドイツ,フィンランド,日本(東京),スイスと毎年先進諸国を回っていた本会議が,創設以降初めて途上国で開かれたことになる。
TSRU とは,Tuberculosis Surveillance Research Unit (結核サーベイランス研究会)の略号で,世界の結核疫学専門家の研究会である。1967年オランダ結核予防会とWHOのかけ声のもとで,IUATLD
(国際結核肺疾患予防連合)の活動として設立された。主に先進国の結核予防会や組織がメンバーとなっていて,毎年1回メンバー諸国の持ち回りで会議が開催される。いわゆる国際学会に比べ,40〜50名程度の顔見知りの多い家族的な集まりであるが,内容は先鋭的で,世界的な結核疫学の顔ぶれによる議論が展開されるのが特徴である。研究途中や未発表の論文の内容が徹底して議論される。
今回は,オランダ,英国,米国,スイス,ノルウェー,中国,韓国,タンザニアなどからと地元のベトナムからの参加者を加えて総勢50人程度,日本からは,結核研究所国際協力部山田紀男氏,カンボジア在住JICAプロジェクトの小野崎郁史氏,マニラ在住WHO西太平洋地域の葛西健氏が参加した。プログラムの内容を概観すると,以下のとおりである。
1 .サーベイランス:
@世界のDOTS の現状(WHO)
AEpi - Info を用いた電子的患者登録(CDC
)
B結核登録の記入再現性(オランダ)
C結核サーベイランスデータの分析(中国)
2 .薬剤耐性サーベイランス及びツベルクリン反応調査:
@治療結果と薬剤耐性結核(ドイツ)
A抗結核薬剤耐性のサーベイランス(スイス)
Bカンボジアの抗結核薬剤耐性調査(山田)
C地域の結核発生と小児の感染(南アフリカ)
Dツ反応分布の数学的解析モデル(オランダ)
Eジプチの結核感染率(フランス)
3 .結核対策の効果:
@ベ トナムの6地区での10年間の対策効果と感染危険率の傾向
A慢性排菌患者の分析(ベトナム)
B疫学状況把握のための結核患者の年齢構成の傾向(スイス)
C結核患者の死亡と対策効果指標(WHO
)
D中国の結核実態調査
E南アフリカ都市部の結核
4 .分子疫学及びモデル分析:
@RFLPパターンの安定性(オランダ)
ARFLP
パターン変化の数学的分析(オランダ)
B治療失敗・再発と初回耐性(オランダ)
C南アフリカ高まん延地区における結核感染リスク
DHIV
流行地域での結核予防と治療(英国)
5 .その他:
@ベ トナムの結核対策,
A韓国の結核患者の受療行動,
B バングラデシュ都市のDOTSシステム構築(石川)
Cインドネシアにおける4
剤合剤の効果(オランダ)
参加者全員で記念撮影
●興味ある議論●
ベトナムの結核疫学
ベトナムでの実施ということもあり,ベトナムの結核に関する発表がいくつかあった。そのうち興味深かったのは,これまでの結核対策の疫学指標への影響の分析であった。WHOの集計によれば,ベトナムはWHOの目標(80%以上の治療成功と75%以上の患者発見率)を達成した国であるが,新患者登録率では減少が見られていない。6
つの地域のツ反応調査では,小学生の既感染率の減少が観察されたのは1地域のみであった。これには,BCG などによるツ反応検査の解釈の問題と,私的医療機関でかなりの患者が治療されている状況下での結核対策の効果,都市化(都市への人口移動)の影響などが考えられる。
ツベルクリン反応検査に関して
BCG及び非定型抗酸菌感染のツ反応検査への影響に対して,いくつかの解決方法が検討されてきている。これまでのところ,結核の自然感染によるツ反応分布を数学的モデルにより推定する方法,BCG接種から時間が経過するとBCG接種群と非接種群との差がなくなるという仮説,既感染率そのものは実測できないが,年間感染危険率がある程度高いところでは,BCG接種群であっても既感染率の年次推移は推定できる等である。
現在は非定型抗酸菌と結核菌の自然感染が混在している場合の数学的なモデルに関して,発表が2題あった。これについては現在コンピューターソフトウェアの開発を行っており,近く入手可能になると期待されている。将来的には,BCG接種による反応が混在している集団でのモデル開発を目指しているようである。ツベルクリンに関しては,ツベルクリンに代わる感染検査法の話題もあり,今後の検討課題として取り上げられた。
患者発見の指標
WHOの参加者から世界の結核対策の現状分析があったが,患者発見の指標の検討が1つの焦点であった。WHOの目標の1つは75%の患者発見率であるが,この指標には,罹患率の推定が必要である。しかし現在その推定の方法は確立していない。そのため,患者発見を反映するような別の指標について討論があった。例えば,塗抹検査中の塗抹陽性率(患者発見のプログラムが進行すれば,重症で見つかる患者が減少するという仮説)などが挙げられた。これには患者発見の遅れなども活用できると思われるが,いずれにしても単一の指標では評価できないので,いくつかを組み合わせて検討する必要がある。
その他
中国から2000年の結核実態調査の報告があった。これによると,全国平均で塗抹陽性結核の有病率は人口10万対97で,1990年の調査の134
から27.6%減少した。減少率は世界銀行のプロジェクト地域が他の地域に比し高かった。ベトナムでも現在の疫学状況を把握するため,有病率調査が企画されているということである。RFLPに関しては,患者個人の中でパターンの安定性に関するもの,疫学調査への応用に関して発表があった。
RFLP パターンの解釈は複雑であるため,今後の十分な検討が必要になろう。
●全体の印象
ホスト側ベトナムの出席者は,結核研究所で研修を受けた人たちが多く,心強く感じた。TSRUの良い点は,未発表のデータや研究中の課題・テーマに関して十分な討議が行われることであり,対策の基礎となる疫学的なテーマの掘り下げもなされ,多くのアイデアが生まれる。例えば,「患者の年齢構成は平均値で見るか,中央値でとるか」,「結核死亡は対策の失敗である」等々。結核疫学の専門家を志すなら,この会議に参加することをお勧めしたい。帰途,南のホーチミン市に立ち寄り,結核センターや保健所でのDOTSの見学をしたが,そこでもレバ・トゥン医師をはじめ,結核研究所の研修生たちの活躍に感銘を覚えた。来年は4月上旬にタンザニアで開催される予定である。
ハノイにある結核研究所。 コー所長と共に | ホーチミンの結核センター前。 |
updated 02/10/03