第4回世界結核会議

平成14年 6月 3日〜 5日/ワシントン



世界からの結核制圧を目指して

  結核予防会顧問  島尾 忠男

■■会議開催の背景

 平成14年6月3日から5日まで,米国のワシントンDCで第4回世界結核会議が開催された。主催,共催に米国のNIH(国立保健研究所),CDC(疾病対策予防センター),USAID(国際援助庁),国際機関としてはStop TB や関連する諸組織,TDR(熱帯性疾患研究研修機構)やIUATLD(国際結核肺疾患予防連合),それに米国内のいくつかの関連学会や協会,さらにロックフェラー財団やゲイツ財団も名を連ねた豪華版で,実務はNIH とCDCが担当していた。
 古知新博士がWHO本部の結核担当課長に1989年に就任し,2年間の準備期間の後,91年の世界保健総会で結核対策強化の決議が採択された。2000年までに,全世界で発見される新しい塗抹陽性肺結核患者の85%以上を治せるようにし,世界で発生する患者の70%以上を把握するという目標を掲げ,これを実現する手段としては, @結核の多い国の対策の支援, A対策を効率よく行うための研究, B研究開発の推進を掲げた。米国内では90年代初期にニューヨーク市を中心に多剤耐性結核菌による院内感染が多発し,結核が再度増加,これに対応するために結核対策と研究開発のための予算が急増された。このような事情を背景に,第3回会議は92年にNIHのあるワシントンDC郊外のベセスダで開催され,今後の活動の方向について協議されたとのことである。
 今回の会議はその後10年間の成果を確認し,今後何をするべきかを協議するために開催された。会場は市内のマリオット・ウオードマンパーク・ホテルで,参加者は600名を超え,開発途上国からも多くの参加者がみられた。

■■10 年間の研究の進歩

 英国王立科学大学分子微生物学,感染症センターのヤング博士が見事な総説を行った。主なものを取り上げると,92年には薬剤耐性の分子生物学的な研究で,結核菌の耐性は伝達されず,単剤耐性の連鎖で多剤耐性が発生することが分かり,耐性検査の迅速化が行われた。93年には結核菌の指紋法が開発され,94年にはそれを群別することによって,新しい感染による発病か再燃かを判別するなど,分子疫学的な研究が可能になった。98年には結核菌の全遺伝子が解明され,99年には世界で使用されている種々のBCGワクチン菌株の系統樹が解明された。
 今後の課題としては,薬ではまず細胞壁合成阻害剤の開発,10年先には分裂しない菌に効く薬の開発を挙げ,診断では免疫を利用する診断法とツベルクリンに代わる感染の検出法の開発を,ワクチンでは自然免疫を上回るワクチンの開発が課題である。世の中の出来事との対比でユーモラスに話を進めたヤング博士の講演の中で,2001年の出来事としてイチローの活躍を紹介したのが印象的であった。

■■10 年間の対策の進歩

 この10年間は,当初示した2000年までの目標は達成されなかったとはいえ,結核対策が飛躍的に強化された10年であることが,多くの演者によって示された。93年に結核の非常事態宣言が出され,94 年には, @結核対策が優先施策であることを政府が公約し, A患者の発見は有症状者の痰の塗抹検査で行い,B標準処方で服薬を見守りながら確実に治療を行い,C薬剤の供給が国の隅々まで遅滞なく行われる体制を整備し, D患者の発生状況や治療成績を把握できる制度を整備することを内容とする,新しい結核対策の基本的な考え方が示された。95年にはこの新しい対策にDOTS(ドッツ)対策という名称が与えられ,DOTS対策の全世界への早急な普及が最優先課題となった。
 10年前にはしっかりした結核対策を行っていた国は15カ国に過ぎなかったのが,現在では148カ国がDOTS 対策を行っている。しかし,世界で発生していると推定される塗抹陽性の肺結核患者の中で,DOTS対策を行っている地域で発見されている患者の割合は95年の11%から,2000年には27%まで到達したに過ぎず,これを加速して,2005年までに発生患者の70%をDOTS 対策実施地域で発見し,その85%を治せる体制を整え,維持しないと,「2010年までに患者数や死亡を半減する」というG8 サミットが2000年に沖縄で示した目標には到達できない。そのために,結核患者数が多い23カ国に重点を置いて,国際機関や先進国の協力の下に対策の強化が進められている。

■■対策を支える熱意ある指導者

 結核対策の進歩と強化に関連する多くの報告の中で,最も印象深かったのはフリーデン博士の講演であった。彼は90年初頭にニューヨーク市で多剤耐性菌による院内感染を中心に結核が急増した時期に,結核対策の責任者となり,結核診療を担当する医師に対する個別の指導を含む適切な処方の普及,直接保健職員が見守りながら行う確実な服薬,患者1人ごとに治療成績の点検を厳格に行い,流行を制圧した実績を持っており,その後WHOの職員としてインドでDOTS対策の普及に努め,最近帰国してニューヨーク市の衛生局長として活躍している。
 博士は経験に基づいて次の点を強調した。治療を見守ることは,友好的に行わねばならないが,ぜひ必要で,それなしには治る率は70%を上回ることはない。家族に見守る役を担当させてはだめで,発生した患者を治すのは国の責任であり,地域の自覚と支援が必要である。抗結核薬の価格が低下してきている現状で,薬を第一線まで確実に配布するのは政府と援助機関の責任であり,熱意ある担当者を養成せねばならない。多剤耐性患者は対策の精度が悪いと容易に発生するが,その治療は容易ではない。多剤耐性患者の治療は最優先課題ではない。発生させないため,1人1人の患者を確実に治療することのほうが大切である。対策を維持し続けることは大切であるが,その見通しがないからといって,対策を始めない理由にはならない。対策を始めながら,啓発活動によって維持することが大切である。対策成功の鍵は業務の適切な指導,管理であり,職員の研修を繰り返し,対策の内容をよく理解した熱意のある人材がそろえば,成功する。博士の発言は,実績に基づき,発生した患者はすべて治さずにはおくものかという決意と熱意に満ちたもので,参加者に強い感銘を与えた。
 マラウイで結核とエイズ対策に従事している英国のハリース博士は,結核対策の効果を上げるための研究の実例を紹介した。塗抹陽性肺結核患者の治療終了後の再発率が5〜6%とやや高かったので,新患の中に実際には再治療の患者が含まれていないかと考え,問診や記録の点検を行ったところかなり再治療の患者が含まれていることが明らかにされ,新患の再発率は2〜3%で,治療に問題はないことが分かった。また,患者発見後当初2カ月間は入院させていたが,エイズの流行と共に結核の発生が増え,病床の利用率が100%を超えてしまった。この事態に対応するため,当初の入院を2週間とし,その後は自宅で治療してもよいよう保健所を整備したところ,半数以上が在宅で治療を続けるようになり,治療成績は低下せず,病床利用率は58%に低下した。このような実際的な研究によって,対策を改善しながら,成果を保つことができる。多くの問題を抱える途上国にとって,博士のような熱意のある,優れた 助言者の存在は大きい。

■■今後の課題

 研究面ではかなりの成果が過去10年間で得られており,新薬やより強力なワクチン,的確で迅速な診断法の開発に対する期待は大きいが,どれくらいが今後10年に実現するであろうか。一方,対策の面では,2010年までの患者や死亡の半減という目標の達成には,結核患者の多い国を重点に,DOTS 対策をいかに早く普及できるかが鍵となるであろう。先進国では発生する患者の半数以上を占める外国生まれの患者への対策,日本のような中蔓延国では,高齢者対策,社会的に恵まれない者への対策の強化が課題であろう。


updated 02/10/03