IUATLD(国際結核肺疾患予防連合)
ヨーロッパ地区会議に参加して

結核研究所副所長  石川信克

 平成12年4月12日〜15日、ハンガリーのブ タペストで開かれたIUATLDヨーロッパ 地区会議に参加しました。この会議は、ヨー ロッパで開かれた第1回のIUATLDの学 会であったこと、冷戦終結後ヨーロッパがま とまろうとする気運の中、東西ヨーロッパの 中心であるハンガリーで開かれたこと、ハン ガリー呼吸器学会(第51回)との合同で行な われたこと、またWHO、欧州 呼吸器学会、ハンガリー保健省 の後援で行われたことなど、 様々な意義と期待が含まれてい ました。また、IUATLDの理事会や教育 委員会、ストップTBなどの重要な会議も併 せて開催されたため、日本からの出席も要請 されました。
 会議の主な課題は結核・喘息・たばこの三 つで、結核分野では、東ヨーロッパの結核問 題に重点が置かれ、特に「ロシアの結核問題」、 それに付随して「刑務所の結核」が大きな焦点でした。

ドナウ川両岸に建ち並ぶ壮麗な建造物

増悪している旧ソ連・東欧の結核問題

 多くの旧ソ連・東欧諸国では結核の新発生 が増えています。その要因として、 @社会経済的な落ち込みによる失業率増加、薬の不足、 アルコールや薬物依存並びに犯罪の増加、 A対策の弱さ―喀痰検査でなくX線優先、入院 安静中心、一般医療に組み込まれていない等、 旧態然とした方策が採られていること、 B旧ソ連諸国での犯罪の増加と刑務所での結核増 加、特に刑務所が多剤耐性結核患者の「製造 工場」化していること、 C東欧諸国全体における多剤耐性結核患者の増加が挙げられます。
 特に最大の人口(一億五千万人)を持つロ シアで結核の罹患率、死亡率が増えているこ とはヨーロッパ全体の脅威です。罹患率は現 在85で死亡率は20と、10年前の3倍近くに なっています。治癒率は50%程度です。また 人間ばかりでなく牛の結核も増えているそう です。
 これらの対策として、 @DOTSを広く早 く推進し、治癒率を上げるシステムの構築、 A地域や開業医への協力要請、 B刑務所の結 核対策の保健システムへの一元化、 C国際的な支援が必須であることが強調されました。 ロシアではいくつかの地域や刑務所でDOT Sが進められており、成果が出ていることは うれしいことですが、まだ先は長い感じがし ます。
 西欧諸国の結核は、移民、特に地球的国際 化による途上国からの人口流入と旧ソ連諸国 からの流入に大きな影響を受けているため、 自国のみの対策では間に合わなくなってきて います。これは、今後の日本の結核対策でも ますます重要な課題となると思われました。

喘息と喫煙の問題

 「喘息」では、最近なぜ先進国でアトピー が増えているかの議論がされました。環境 (家屋の材料など)を含む感作因子に加え、 それらに対する人間の過敏な反応の増加、食 物の変化(新鮮な野菜や果物、生肉の減少) や土から離れた生活習慣、ペット、解熱剤の 使用などの促進因子が取り上げられました。 シュタイナー学校の子供や兄弟の多い子供に アトピーが少ないなどの、興味ある観察もあ りました。
 「喫煙」では、たばこは個人の自由な意思 に基づき吸っているとは言えず、実のところ、 たばこに含まれる依存性物質により、そう仕 向けられ、騙されていること、なぜなら喫煙 者の6〜8割が禁煙したいと願っているのに 止められないでいるという激しい議論がなさ れました。

技術的課題から、より政治的課題になった結核

 ストップTBとしては、アムステルダムで の世界閣僚会議以降3 週間目であったため、 特に新しいことはありませんでしたが、WH Oの責任者、古知新先生は、「今や結核は技 術から政治的な課題となった。すなわち、D OTSをいかに広く強力に進めてゆくか、維 持してゆくか、政治的、予算的課題がますま す重要になった」と述べました。またヨー ロッパの医師への挑戦として、 @胸部専門医たちにいかに結核への興味を持ってもらうか、 A結核・胸部疾患をいかに技術的問題から政 治的問題にしていくか、 B保健セクター改革(保健分野の合理化)の流れの中で、結核を 重要な公衆衛生の課題にできるかを呼びかけ られました。

 ブタとペストという二つの町からなるこの 美しい都市の中心にはドナウ川が流れ、それ を見下ろす丘には桜の花も咲いていました。 この中欧の街の一隅で、冷戦後のヨーロッパ 諸国が抱える大きな結核問題やその取り組み から多くのことを学ぶことが出来ました。


Updated 00/10/13