「感染症の予防及び感染症の患者に対する
医療に関する法律案」の読み方

 厚生省は平成10年3月11日、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(案)」を国会に提出した。これは、100年以上前に制定された伝染病予防法を廃止して新しい法律にするとともに、別に制定されていた性病予防法及びエイズ予防法を組み込んだものである。また、併せて検疫法及び狂犬病予防法を改正し、国内感染症対策との連携を図ることとした。
 なお、結核予防法については、今までどおりの形で存続するものとされた。これは、結核が現在もわが国最大の感染症であり、また、結核予防法自体がすでに結核について完結した体系を有しており、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(案)」にないような、予防接種、定期検診等の内容も含まれるためである。
 それでは、この新法案について、概要を紹介する。

▼新法制定の理由

@現代における感染症の脅威

 1970年以降、世界では少なくとも30以上のこれまで知られなかった感染症(「新興感染症」)が出現した。その主なものは、エボラ出血熱(76年)、エイズ(82年)、そしてここ数年日本を騒がせている0157感染症(82年)などである。
 また、それと並行して、近い将来克服されると考えられてきた結核、マラリアなどの感染症(「再興感染症」)が、人類に再び脅威を与えている。
 WHO(世界保健機関)が、「我々は、今や地球規模で感染症による危機感に瀕している。もはやどの国も安全ではない」との警告を発していることからもうかがえるように、現代は、感染症に対するきちんとした対応策が必要とされている時代である。

A感染症を取り巻く状況の変化

 現行の伝染病予防法は明治30(1897)年に制定されたものである。当時は不十分な医療体制、治療法の未開発、医療保険制度も整備されていないという状況の中で大規模な伝染病の発生が起こるなど、伝染病を取り巻く状況は今と全く異なっていた。そのため、伝染病予防法は、患者をほかの国民から切り離すことに重点が置かれていた。
 しかし、医療が進歩し、衛生水準が大きく向上、国民の健康に対する意識が高まってきた今、制定当時の制度は現状にそぐわない。また、患者に対する行動制限に際し、人権尊重の観点からの体系的な手続き保障規程が設けられていない。それに加えて、航空機による大量迅速輸送が可能になるなど、海外から感染症が入ってくる可能性が高まっている。
 このような状況の変化に対応するため、感染症対策の再構築が必要となってきたのである。

▼見直しの方向

  伝染病予防法から新法への見直しの方向について、大きく分けて5つの点が挙げられる。

@感染症の発生・拡大に備えた事前対応型行政の構築

 伝染病予防法では、ある伝染病が発生したら、そこで初めて対処して行くという形をとっていた。新法案ではこれを改め、危機管理の観点から事前対応型の制度を構築し、早急に感染症に対応できる体制を整えた。
 その具体策としては、●感染症発生動向調査体制の整備・確立、●国、都道府県における総合的な取り組みの推進(国が感染症予防の基本指針を作り、都道府県が予防計画をあらかじめ策定、公表し、関係各方面の連携を図る)が挙げられる。
 また、特に総合的に予防のための施策を推進する必要のある感染症については、国が個別の指針を必要に応じて作っていくこととし、インフルエンザ、性感染症、エイズについて、特定感染症予防指針を策定する予定である。

A感染症類型と医療体制の再整理

 伝染病予防法では法定伝染病、指定伝染病、届出対象疾患の3項目に分類されていた。それらに性病予防法に定められた感染症及びエイズを加え、分類し直したものが、左記の定義・類型の表である。
 この中で、新感染症とは、今までに人類が遭遇したことのない未知の感染症が発生した場合に備えて掲げている項目である。また、各類型は感染力と感染した場合の重篤性等から総合的に判断した危険度に応じて分類しており、医療体制・医療費負担もそれに対応した形になっている。指定感染症とは、既知の感染症の中で緊急の対応の必要が生じた場合に指定するもので、1年限りで法に規定する各種措置のうち、必要なものを行えるようにする。
 入院費、治療費については、伝染病予防法では、患者の意思にかかわらず確実に入院させるため、公費負担が必要となっていた。しかし、新法案では一般の疾病と同様にまず医療保険を適用し、その基盤の上に公費負担を組み合わせることとした。
《参考》結核、精神及び麻薬の公費負担制度は平成7年、保険優先に改正。

B患者等の人権尊重に配慮した入院手続きの整備

 入院等については、表にある類型に応じて行う。患者の意思に基づく入院を促す入院勧告制度を導入し、人権尊重に配慮したことが特徴である。まず、都道府県知事(保健所長)による72時間を限度とする入院を行い、その後保健所ごとに設置する感染症の診査に関する協議会の意見を聴いた上で10日間を限度とした入院を行い、更に、必要なら10日ごとに、 前述の協議会の意見を聴いたうえで入院の延長を行う。また、30日を超える長期入院患者から行政不服審査請求があった場合、5日以内に裁決を行う手続きの特例を規定している。

C感染症の蔓延防止に資する必要十分な消毒等の措置の整備

 ここでは、1類感染症〜3類感染症の蔓延防止のための消毒等の措置や、1類感染症の蔓延防止のための建物に対する立ち入り制限等の措置を規定している。

D検疫体制・動物由来感染症対策の整備

 検疫法の中で、従来の検疫対象感染症に1類感染症を追加し、感染症新法においてはサルなどの輸入検疫等を新しく設置した。また、狂犬病予防法の対象動物として、犬だけではなく、猫等も追加することとした。

▼まとめ

 伝染病予防法制定から100年が過ぎ、感染症はもとより医療全体を取り巻く状況は大きく変化している。今回の法改正は、まさに必要とされていたものであり、今後の感染症対策に大きな前進が期待できる。


表 感染性類型と医療体制


Updated 98/6/22