最近の結核集団感染の動向

 

結核予防会会長 青木 正和

 

結核集団感染の多発

 今年の6月、7月には連日のように、結核集団感染事件の発生が新聞に報じられた。表1 最近5年間の結核集団感染事例一体、どうしてこんなに多発しているのだろうか、と誰もが不思議に感じたに違いない。厚生省が7月26日に発表した資料によると、最近5年間の集団感染事件の発生状況は表1の通りである。報告件数の増加は著明で、1994年には11件だったのが、97年には42件、98年には44件へと、この数年で4倍に増えているのである。年間44件の発生ということは、平均して8.2日に1件発生していることとなるので、同じ事例の経過が2回、3回と報告されると、ある時期にはほとんど毎日のように報道されることになってしまうのである。

 世界中どこの国でも、結核がある程度減って結核未感染者の比率が高くなると集団感染が発生するようになる。例えばオランダでは60年頃から報告が増えている。わが国では70年頃から時々報告されるようになり、最近になって著しく増えてきたのである。

 

成人集団での発生の増加

 はじめの頃見られた結核集団感染事件は、幼稚園、小学校、あるいは中学、高校など、高校生くらいまでの若年者の事例が大部分であった。ところが最近では次第に成人集団での発生が増え、最近5年間の事例では図1に見るように、半数以上が成人集団での発生となっているのである。図1 最近5年間の結核集団感染の発生場所今では20歳代、30歳代の人たちはもちろん、40、50歳になっても大部分の人が未感染のため、結核菌を吸い込めば感染する可能性が高く、従って集団感染を起こす可能性が高くなってきたのである。

 こういう傾向は今後さらに進むだろう。小学校や中学校の児童・生徒はほとんど100%が未感染なので、感染源に気づかず にいれば今後も集団感染となることは言うまでもない。しかし、感染源となる患者が発生する確率は、病院や事務所など成人集団のほうが圧倒的に多いので、成人集団での事例が今後はますます増えることとなるだろう。

 


結核集団感染の多様性

 成人の大部分が結核未感染となり、60歳を超える高齢者でも未感染者の割合が以前よりずっと多くなったので、今までは結核集団発生が起こるとは考えられなかった集団での事例が見られるようになった。最近報告されただけでも、サウナ、老人施設、簡易宿泊施設、刑務所など多様であり、さらに、小さな町工場などを巻き込んで発生した地域の事例、遊技場や飲食店を中心とする地域での集団感染など、対応が非常に難しい例が少なくないことに注意しなければならない。米国からは飛行機や列車の乗客同士の結核感染も報告されている。
 オランダでは93年に、スコットランドから出稼ぎにきた労働者が感染源となり、オランダ全国にまたがる8つの市・町で合計49人が発病、276人が感染した大規模な集団感染事件が発生した。合計6,519人の検診を行い、英国との国際協カを行って感染源を突き止めたという(Int J Tubercl Lung Dis. 1: 239-245, 1997)。BCG接種が行われておらず、全国の新登録患者の結核菌すべてについてRFLP分析を行っているオランダだからできた対応であるが、結核がさらに少なくなると、結核の感染はますます特定の感染源の周りに限定される傾向を帯びてくるのだろう。集団感染対策と接触者検診は、わが国でもさらにずっと重要になる。

 

発生場所別の特徴

 表2 わが国の集団感染事件の発病者数94年から98年までの5年間に発生した132件の集団感染事例で、発生場所別に発病者数、化学予防実施者数などを見ると表2のとおりである。1件あたりの平均発病者数は、病院の院内感染では9.2人だったのに対し、小学校、中学校での集団感染例では0.5ないし0.6人で15分の1以下である。施設、事業所では7.3人あるいは5.5人で両者の中間である。

 一方、予防内服を指示された者の数を見ると、発病者数とは大分傾向が異なる。小学校・幼稚園では2件だけの平均であるが化学予防とされた者の数は43.0人で最も多く、地域での集団感染例での4.6人、事業所での事例の平均8.9人と大きく違っている。つまり、学校での集団感染事例では感染源が先に発見され、集団感染を疑って検診を実施し、幸い発病者は多くなかったがツ反応が大きいものが多く、化学予防が多くなっている。これに対し、事業所、病院など成人集団での集団感染では、何人かの発病者が先に発見され、その後になって対応が行われていることが推定される。

 

 
精神病院での院内感染

 この5年間の集団感染事例の24.2%(32件)が院内感染事例であり、この中の1例では多剤耐性結核のため看護婦が1人死亡したことに、世間から厳しい批判が寄せられている。わが国の病院の建物の現状、菌陽性の結核患者の多さなどを考えると、院内感染の完全な防止はなかなか難しいことであるが、何とかして対応策を進めたいものである。つい2年程前までどの病院もほとんど関心を持っていなかったのに、この約一年間の各病院での院内感染防止策の進展をみると、希望が持てると考えている。
 病院での集団感染32件のうち実に15件(46.9%)が精神病院で発生していることにも注意しなければならない。わが国の病院総数のうち精神病院は11.0%を占めるのみであることを考えると、46.9%という数は異常に多いと言わなければならない。精神病院には長期入院の高齢者が多いこと、入院患者の胸部X線検査は設備、保険上の制約などから実施しにくいこと、病棟の構造上の問題、咳などがあっても患者が訴えないことなど、対応の難しさはあるが、この実情は何とかして改善しなければならない。

 

終わりに

 わが国では、感染源となる恐れが高い塗抹陽性の患者は、まだ当分年間一万人あまり発生し続けるだろう。一方、国民の中の未感染者の比率はますます高くなるだろう。ビルや家屋の気密性はさらに高くなり、空気感染する結核の感染は起こりやすくなる可能性もある。結核集団感染に対する国民の目はますます厳しくなるだろう。今こそ関係者は集団感染の予防、事後措置の徹底などに総力を挙げて取り組むべき時と考えている。

 
Updated 00/07/13