日本一高い罹患率と有病率、特定地域での蔓延―深刻な結核問題を抱える大阪市が、今、強力な対策に乗り出そうとしている。
今回、いよいよ本格的に動き出した大阪市の対策と、高蔓延地域の状況を取材したので報告する。
図1 結核疫学指標の推移 1970〜97年
大阪市の結核の現状―著しい行旅患者の影響―
地域格差が大きく、西側が高いといわれている日本の結核だが、大阪市はすべての指標が全国平均を上回り、1997年の全結核罹患率は人ロ10万対103.8となっている(図1)。この原因としては様々なことが考えられるが、一つには罹患率が506.6に上る西成保健所、260.7の浪速保健所を中心とした、その周辺にまたがる結核高蔓延地域の問題がある(図2)。
西成区の「あいりん」と呼ばれる地域をはじめとして、この地域は住所不定者(行旅〈路〉者)が非常に多い。大阪市全体の新登録患者のうち、行旅者の割合は約20%にのぼり、市の中心部に偏在している。また、高罹患率地域は大阪市のみならず大阪府下、兵庫県、和歌山県の湾岸地域にまたがっており、行旅患者の移動との関わりも推察される。一方、行旅患者を除いた一般患者の罹患率は82.3、全国の2.4倍であることから、大阪市の結核は行旅者だけの問題ではないとも言えよう。
また、男性が相対的に多く、97年の50〜54歳の患者で見ると、男性は女性の7倍にもなる。女性の行旅者がほとんどいないことの影響もあるのだろう。
あいりんの現状―罹患率1573.3―
「あいりん」とは西成区全域の8.4%にまたがる一帯をいう。人口は97年末現在で約3万人と推定され、このうち約2万千人が日雇い労働者であり、数千人ものテント生活者を含む。
66年「釜ケ崎」から「愛隣(現在はあいりんとひらがな表記)」と改称されてから、国・府・市が一体となった対策が進められ、労働福祉センター、職業安定所、社会医療センターなどを備えた「愛隣総合センター」が地域の中心となっている。ここでは日雇いの仕事が紹介されているが、現在の不況の下、仕事は大幅に減り、簡易宿泊所(1泊1000円〜2000円程度)にすら宿泊できず、テント生活に流れた人も大勢いる。また、平均年齢は50歳以上と高齢化も進んでいる。
あいりんの結核の状況を見ると、97年の新登録結核患者数は472人。人口を3万人とすると、罹患率は1573.3にもなる。また、94〜95年のあいりんの行旅患者613人のうち治療脱落、中断の割合は19.7%、その他の地域での行旅患者脱落率は34.8%にものぼる。全国で脱落の割合は4.3%、大阪市でも6.7%であるから、行旅患者の治療中断率はかなり高いと言える。
図2 大阪市内保健所別結核罹患率 1997年
あいりんでの結核対策(図3)
あいりんには大阪市立更生相談所があり、各種相談や、施設入所、入院などの保護の決定・実施を行っている。この中に西成保健所分室が設置されており、73年には結核相談が開始され、90年からは専門医による診察が週5日行われている。
この西成分室で結核と診断された患者は、おもに大阪府下の民間病院に紹介され、生活保護により入院することになる。行旅患者は95.7%が入院治療となっている(大阪市一般58.5%)。また、総合センター内にある大阪社会医療センターで結核と診断され、分室に紹介される場合もある。どちらの場合も診察費などはすべて無料である。それ以外にも倒れて救急車で病院にかつぎ込まれたり、本人自ら119番に通報する場合もあるという。しか し元来束縛されることが嫌いな人々であるため、治療を続けてもらうことがなかなか難しい。西成分室の保健婦は3名であり、初回面接は分室診療所内でできるが、その後の面接や脱落後の対応は困難である。
図3 あいりんの結核患者発見から入院まで
また、73年から毎月1回、あいりん総合センター前で結核の無料住民検診が行われている。97年には1730人が受診し、要医療者率は1.9%と、通常の市民検診の30倍程度にのぼった。年末には越年対策として巡回相談を実施し、行旅者を保護施設に入所させているが、その際に検診を実施している。97年は254人が受診、要医療者率は3.2%であった。
また、行旅者の多くはアルコール摂取による糖尿病、肝臓疾患を患っており、結核患者の63.1%が合併症を持っているという。
早朝の「愛隣総合センター」前。日雇いの仕事を求める人々でにぎわっている
大阪市の対策―本格的に強化―
さて、このような現状を受け、大阪市はこれまで行ってきた対策をさらに充実させるため、重点施策を打ち出した。本年度は97年の新登録患者2695人全員のプロフィール、発病に至った経過、使用薬剤などを詳細に調査・分析し、その上で基本指針を作成する予定である。また、あいりんにおけるDOTSの試行、越年対策時の結核検診の実施を重点的に行う。結核発生動向調査解析小委員会も、さらに強化していく。
あいりんでのDOTSは可能か?
大阪市では、保護施設に入所している結核患者からDOTSを試行的に進めていく計画である。今後、医療機関と連携し、入院したものの中途退院した患者やその恐れのある患者に対するDOTSを検討するようである。
しかし、こうした患者の多くが肝障害、高血圧を含む循環器系疾患、糖尿病といった合併症を持っているため、結核以外の疾病の治療も必要なのではないか、また、厳しい社会経済的背景を持つこうした患者に、どの程度のインセンティブ(食物など、患者が薬を飲んだことに対するメリットとして与えられるもの)でもってDOTSに協力してもらえるのかといった問題、塗抹陽性患者の外来治療が可能なのかどうか、結核予防法との整合性はとれるのか、また、ニューヨークのように拘束といった法的な手段を持たない限り成功は難しいといった意見があり、慎重に議論が進められているところである。
結核発生動向調査解析評価小委員会
大阪市では結核発生動向調査について、毎月の成績を評価、分析し、あわせて若年者、デインジャーグループ、化学予防対象の新登録患者について、個別に症例検討を行っている。大阪市内の専門家、3保健所長などを委員とし、それ以外の大阪市内の全保健所長がオブザーバーとなり、会議に参加している。
症例検討では、すべてのケースを事前に感染症対策室予防課が検討し、問題があるケースを重点的に分析するようにしている。毎月の会議準備に予防課職員はてんてこ舞いであるが、こういったきめ細かな検討を通じて市内全保健所の対策の統一をはかり、各保健所も相談の場を持てるということで、非常に有意義な会議となっている。
RFLP分析の実施
大阪市では、96年から環境科学研究所に委託し、結核菌のRFLP分析を行っている。現在までに83検体の分析を行っており、今後も積極的に実施することとしている。今までのところ、同一菌株が特に多いということはないとのことである。将来的には近畿圏全域で分析を行い、全体での菌株の分布や菌の種類などを分析していけば、今後の対策への大きな足がかりとなろう。
大阪市・大阪府の連携強化
このように、大阪市内の連絡はかなり緊密に行われている。そこで、次のステップとして大阪府下、さらには兵庫県、和歌山県など大阪湾岸地域での連携が求められる。平成10年10月、初めて大阪市と大阪府の「結核対策連絡会議」が開催され、今後の方針が話し合われた。今後本格的に協議を進めていく予定である。また、広域圏ごとの組織作りが進むなか、近畿地区では「近畿地区結核対策推進会議」を今年度設置することとしており、より一層の連携強化が期待される。
おわりに今回大阪市を取材させていただき、担当職員の方々の熱心さとフットワークの軽さに脱帽した。大阪市はここ1〜2年の間に急速な勢いで対策が進んでいるようである。平成12年度には1保健所体制となる予定で、市としてさらに統一化された対策が可能になる。
あいりんを始めとして難しい問題は山積みだが、必要な予算が与えられ、市内、近畿圏域での連携がゆきとどけば改善の道は開けるとの、力強い手応えを感じた。国としても特定地域でのDOTSを強化するとの方針が出されており、必要な人員や予算が確保されることを望む。
最後に、今回の取材にあたりいろいろとお取りはからいくださった感染症対策室の巽先生をはじめ職員の方々、結核予防会大阪府支部の方々に感謝申し上げます。
大阪市感染症対策室の職員の方々。
複十字誌編集部