第29回IUATLD(国際結核肺疾患予防連合)
世界大会に出席して


1998年11月23日〜26日/バンコク

結核研究所国際協力部 部長 下内 昭

はじめに

 本大会は4年に1回開かれる会議であるが、タイ、バンコクというアジアの観光地で開催されたこともあって、97カ国から約2千人(そのうちタイから500人、日本からは50人ほど)が集まり、かつてない規模になった。会議はシャングリラホテルで開かれ、大きな河がそばを流れ、プールもあり、雰囲気は開放的であった。しかし、ホテルでこれだけの人数が集まると廊下がいつも満員で大変である。会議は朝8時半から夕方6時までだが、その他にもサテライトシンポジウムとして有志が集まり、非常に忙しい会議であった。開会式は23日の夜にタイの王女シリドーン妃殿下のご挨拶で始まり、WHOのブルント事務総長がビデオメッセージでDOTSの重要性を強調した。

大会前の活動

 活動としては開会式の前からも、すでにいくつかの集会が持たれ、結核研究所からは、数名が22日に「結核の研修のあり方」についての討議に参加した。23日には丸一日、若い人材のために結核予防会主催によるセミナー「結核と結核対策の新しい概念」が、結核研究所山下研修部長により「結核対策での保健婦による患者管理」が、それぞれの卒後教育のコースとして開催された。
 午後からは結核研究所で実施している各国におけるDOTS研究をまとめるために、オランダの結核予防会と共催で「各国のDOTSの経験」に関するワークショップを開いた。特にインドネシアのセレベスで、週1回は保健スタッフが監督するが、その他の日は地域ボランティアに任せて85%の治癒率を達成したという報告が印象的であった。どの会も熱心な発表や討議があり、有意義であった。

基調講演

 基調講演は開会式直後にグロス氏がコッホ記念講演として、化学療法の進歩を振り返った。2日目の朝は、青木理事長が20世紀の結核などに関する研究および対策の進歩をまとめられた。3日目は米国のスモール氏がDNA指紋法や遺伝子分析による疫学研究の発展による対策の進歩を期待し、21世紀の終わりには結核を制圧できるようにすべきだと述べた。最終日はタイのパソコーン氏がタイでは結核とHIVの合併感染によって、一時減少していた結核が再び増加に転じていることを述べ、効果的対策をすぐに強化しなければ今後問題がもっと大きくなると警告を発した。

結研国際研修同窓会

 本会議には結核研究所の国際研修卒業生の参加者が多く、彼らを対象として夜にパーティを開催したところ、70名以上の出席者があった。国の結核対策課長になっている方が7人ほど来ておられ、研修コースが世界の結核対策に貢献していることがよく実感できた。

興味あるテーマ

 次に私が参加したセッションから学んだことをあげてみる。

(1) 多剤耐性菌結核

 最近WHOがまとめた、各国における多剤耐性率が報告され、特にエストニアやロシアが高いことが明らかにされた。また、高い多剤耐性率は結核対策が十分でないことと関連がある。すなわち、標準的治療が実施されていない、あるいは患者の薬の服用が十分でないことに原因があり、解決法としてはまず、DOTSの実施が先決であることが強調された。
 興味深かったのは、米国のアイスマン氏と、以前ニューヨークで働いていて、現在WHO勤務でインドに赴任しているフリーデン氏の発表である。アイスマン氏が多剤耐性菌結核治療の権威として発表し、色々な薬剤の組み合わせが、また外科治療も効果があることを報告したが、臨床医の参加者は米国のより先進的な治療法を聞こうと、同氏に質問を浴びせた。しかし、別のセッションで、フリーデン氏が自らを省みて、いくら多剤耐性菌結核を完壁に治療しても、片一方でいい加減な治療、患者管理により多剤耐性を作り出していれば、決して多剤耐性の患者が減らないことを数学モデルで示し、多剤耐性患者の治療には通常の百〜千倍の費用がかかることを強調した。すると、そのあとにアイスマン氏が、スライドを使うのをやめて、参加者にDOTSを実施することが最も重要だと述べ、フ リーデン氏に同調した。この会議を通じて、開発途上国の呼吸器専門家がDOTSの重要性を認識することは、総合病院や開業医が多い都市部でDOTSを成功させるために、非常に重要であると思われた。

(2) 結核・エイズ患者の地域ケア

 サハラ砂漠より南のアフリカでは、エイズ患者が増えたため結核も増加しはじめ、かつては、最初の2ヵ月は入院させていた国も、患者が多すぎて病院に収容できなくなり、地域で治療するように方向転換せざるを得なくなった。この場合にも、地域のボランティア、伝統医療従事者などを利用せざるを得なくなっている。今のところ、南アフリカではモデルプロジェクトは成功しているという報告であった。しかし、果たして特別な予算がなくてどれだけプログラムの質が維持できるかを懸念する質問があがっていた。

(3) ツベルクリン反応の二段階検査

 ポスター展示場では、現場からの貴重な報告が多くあった。その中で、最近日本でも院内感染対策として注目されている、新規採用職員に対するツ反の二段階検査の報告者と議論する機会を得た。米国では、理論的には前回のツ反から1年以上経っている時には反応が落ちている可能性があるので、二段階で実施することにしているが、実際には多くの場合は2回できていないそうである。また、イスラエルでは5年間隔で同じ対象に二段階検査を繰り返し実施したということであったので、どのぐらいの割合でツ反が小さくなるか後からデータを送っていただくことにした。このように議論をじっくりできるのはポスター発表の良さである。

(4) 喘息の治療および予防

 子供の喘息の治療は最近では気管支の炎症をおさえることがまず基本で、副腎ホルモンの定期的吸入を実施し、発作時に気管支拡張剤を吸入する方式が、学問的には主流になっているそうである。また、予防方法としては危険要因を除くことが提唱された。オーストラリアではその内容として重要な順に(1)ハウスダストを減らす、(2)魚の摂取量を多くする、(3)母乳を推進する、(4)親が禁煙する、であった。これらは一般的な健康習慣にも通じるので、すぐに実施すべきではないかと発表者は提言していた。

おわりに

 初めての参加であったが、世界での問題が一望できたのが最も良かった点である。今後、どのような方向の研究に重点を置けばよいか示唆が与えられた。


Updated 99/06/24