これからの結核対策にはさらに社会動員が必要
IUATLD国際ワークショップ「民間組織と社会動員」に参加して

2004年9月17日〜19日/バンコク

結核研究所副所長
結核予防会国際部長

石川 信克

(この会議は平成16年9月に国際結核肺疾患予防連合(IUATLD)が南米に続いてバンコクで行ったもので,イラク,インド,ネパール,ケニア,インドネシア,フィリピン,タイ,メキシコ,バングラデシュ,IUATLDから15名,日本からは筆者とタイ研究プロジェクトの山田紀男氏が参加した。)

 WHOや各国行政はストップ結核のかけ声のもとで結核対策DOTSを推し進めてきましたが,その成果はかなり上がっているとはいえ,世界的には未だ結核患者の4割程度にしか及んでいません。このままでは,2005年までに患者の7割を見つけ,その85%を治癒させるというWHO総会の世界目標,2010年までに結核死亡や有病者を半分にするとしたG8の沖縄感染症対策強化目標,2015年までに結核を含む感染症を半減するとした国連ミレニアム開発目標のいずれをも達成できそうにありません。これらの目標は,結核による人間の苦悩を地球上からできるだけ早く無くすことは技術的に可能であるが,ある一定期間にやらねば効果が上がらない,という認識に基づくものです。

 結核対策の壁 ―資金と関心
 世界の結核患者の8割は,22の高負担国に集中していますが,DOTSはこれらの国はもとより,150以上の国で採用されています。しかし治癒率はかろうじて80%近い国が多いとはいえ,患者発見数は,発生予測患者の4割程度です。85%の治癒率,70%の発見率を達成するためにはまだ壁が高いようで,それを超えるためには,予算,人々の関心はさらに必要です。これらはいかにして増強できるのでしょうか。

 新しい技術と資源の開発
 その解決には,医学的技術だけでなく,中央から末端に至る政治家・政策決定者への働きかけ,メディアの動員,住民の動員,すべての関係諸機関諸団体の連携(パートナシップ)を強化せねばなりません。これらの社会動員は民間組織(こそ)が推進の役割を担うことができます。そのためにはアドボカシーといわれる分野の強化,住民参加の促進,国際的な運動への参加や展開,経験の学び合い,従来の概念にとらわれない様々な関連組織の発掘と連携が必要です。
 今回特別テーマとして,アドボカシー,都市の結核,貧困と結核,HIVと結核,マスコミとマスメディアに関する講義で最新の考え方を学びました。フィリピンの民間結核連合のアドバイザーであるアドボカシー専門家の,いかにしてキャッチフレーズを作るか,などの話が斬新でした。

 日本の結核予防会の働き
 筆者は,アジア地域の社会動員の実態の報告を依頼され,まず日本の経験を紹介しました。まず現状の(1)行政への支援として,全国大会の開催や優良市町村表彰,結核予防婦人会の活動やシール募金などの活動を紹介しました。特に有名な女優や芸術家によるボランティア協力があることは参加者の関心を呼びました。課題として,(2)疫学的には中まん延国から低まん延国に移行し,罹患の中心が若年者から高齢者に移行しているが,撲滅にはまだ半世紀が必要で,そのための関心の維持(アドボカシー活動)が必要であることを述べました。

 民間組織(NGO)と専門家集団の役割
 会議の成果の例としてグループ討議で整理した課題をに示します。NGOの役割にはまずアドボカシーがあり,行政的,政治的動員は,今後の対策拡大には欠かせません。国レベルから,県,市町村レベルに至るそれぞれの段階での政治的関心の向上が必要であり,そのツールとしてマスメディアの利用は欠かせません。そのための技術と基本メッセージなどの準備が必要です。次に資金動員で,お金を動員する専門的ノウハウが必要です。ほとんどの国でシールは労多くして収入が少なく,他の方法も考えねばなりません。あるNGOはドナー連絡室を持ち計画的な収入増加を計っています。資金源は複数の方が安全です(花びらコンセプト)。そのための計画づくり,可能性のある資金源・財団のリストづくり,申請技術の向上,契約,モニター,正確で時を得た報告(経理報告書,活動報告書の作成),他のNGOや組織との協力等,専門性を高めねばなりません。ビジネスをして収入を上げることもあります。タイのエイズ団体では,コンドームショップや特殊な食堂や患者による手工芸品の経営をしています。
 また, 専門家達(集団)を組織し,意図的に対策に動員することが重要です。人材の育成・確保,オピニオンリーダーとしての信用性等は,対策の拡大に欠かせません。多くの国では,大学や専門医達,医師会等は対策と関係が薄いようです。

図.花びらコンセプト
 (複数のドナー・資金源)
表. 討議内容の例
A) 民間組織の役割 B) 専門家の役割
  (医師・看護師・研究者等)
 @ 地域住民の結核に関する意識向上
 A アドボカシー(メディア・政治家への働きかけ)
 B 資金の動員
 C 結核対策の実践と改善
 D ネットワークと連携
 E NGO間の調整
 F 患者の参加とエンパワー
 G 専門家参加の促進
 H 政府の見張り役(watchdog)
 @ 政府の政策決定への参加
 A 教育啓発活動(出版・メディア)
 B 教育カリキュラムの作成
 C 教育活動
 D 対策に必要な研究の実施
 E 他組織との連携

 新しい世界の動き
 会議に参加したメンバーは,地域開発,ハンセン病,メディア,アドボカシー,結核連携組織等,従来の結核予防会よりも小規模で,結核以外の活動を専門にしていたが,最近結核を活動に取り入れた団体からの参加者が多く,資金集めの方法も様々で,面白い視点が見られました。結核には素人でも若さと新しい視点があります。ストップ結核は,多様な資金源と資金動員の方法を持って多角的に展開していくのが世界的な流れではないかと実感しました。従来の結核関係者は資金集めがやや遠慮がちで地味だ,もっと大胆な戦略が必要,という挑戦も受けました。
 日本の結核予防会も,誇るべき特色ある動きもありますが,日本や世界の結核撲滅のために,従来のやり方を全面的に見直し,大きな政策(ポリシー)の革新を行わねばなりません。そのためにアドボカシー専門家や社会動員に意欲的な若い人材の雇用,世界的資金動員も含めた資金調達の新しい戦略を取り入れる必要があります。また,従来の結核予防会の枠を超えた諸機関の連合・連携体「Stop TB,Japan」の構想を進め,世界の動きと連動した幅広い運動を展開する必要があるでしょう。

(この会議の主スポンサーは米国国際開発庁(USAID)であった。)


updated 05/3/14