結核予防会全国支部長会議 講演要旨
結核対策をめぐる新たな技術的課題への対応を
結核研究所長 森 亨
結核予防法の大改正の国会審議が目前に予定されており、本来ならばその内容がここで採り上げられるべきところであるが、本稿作成時点(1月中旬)では、具体的なことはまだ明らかにされていない。そこで、ここでは最近の結核対策をめぐるやや技術的な話題を採り上げることとしたい。
〜罹患率の低下傾向〜
2002年末時点の結核発生動向調査の成績が昨年9月公表された。それによると結核罹患率は「緊急事態宣言」が出された1999年の後、3年続けてかなりの幅で減少を持続したことが明らかとなった。(対前年低下率は2000年10%、2001年10%、2002年8%)。これで罹患率の傾向線はやっと1996年以後の逆転上昇の影響を脱出し、1980年から1996年頃までのゆっくりした(平均低下率3.6%)傾向線の延長に戻ったことになる(図1)。今後、この数年のややスピーディな低下が継続することを期待したい。ただ、5年、10年くらいのスパンで予測すると、今の結核超ハイリスク世代である高齢者世代の死亡漸滅と共に罹患率低下はやや加速するが、この3年間の低下を維持するほどではない、ということになる。ちなみに2003年の月報の積み上げから見た2003年の罹患率は24.8で、これは対前年比4%減に留まっている。要するに緊急事態宣言以後も日本の結核罹患率の傾向は大局的に見て変わっておらず、宣言で呼びかけられた対策強化への姿勢は維持されなければならない。
〜集団感染・院内感染事例から〜
表1は厚生労働省に届けられた、2002年から2003年5月に発生した集団感染の要約である。目立つのは学校と並んで、より年長者の集団での発生事例が多いことである。特に単なる「感染者」のみでなく、二次発病例を伴った事例は圧倒的に学校以外で多い。また無視できないのは「その他の集団」に含まれているなかに、飲食店やサウナ等、不特定の人々の集まる場所での発生事例があることである。これは一面RFLP分析(結核菌の指紋分析)の普及のために、そのような感染伝播が確認されやすくなったということもあるが、成人未感染者の増加、飛沫核感染を助長する不衛生な環境・対人接触の増加を考えなければならない。このような問題への対応は困難ではあるが、今後保健所、それも広域にわたる保健所の連携によって、また決然とした「積極的疫学調査」の姿勢によって対応がなされなければならない。
さらに似た問題は院内感染からも提起されている。昨年関東地方のある病院から報告された事例では入院患者13人、病院職員7人が巻きこまれていた(結核死亡3人)。ここで気になるのは入院患者の年齢は大半が70歳、80歳という高齢者だということである。これまでは院内で結核患者が発生しても感染を受けるのは若い病院職員が中心で、患者同士というケースは多くはなかった。中高齢の患者は既感染者が多いから新たな感染・発病は問題にならない、と見ていたのである。またそれで事実上もよかったと思われる。しかし、上記のような事例を目のあたりにすると、「時代は変わった」、と考えざるを得ない。
表2はいくつかの年代における年齢階級別結核既感染率の推定である。2000年では60〜64歳の既感染率は42%にすぎないことが分かる。70〜74歳でも62%である。つまり高齢者でも未感染の割合がかなり高くなっており、入院患者のように免疫が抑制されている可能性がある場合には、結核感染の影響は出やすくなっていると考えなければならない。今後は入院患者からの結核発生に際しては、初発患者の接触者であれば、患者(退院患者もあろう)を含めた接触者対応(追跡と健診、これに基づく化学予防など)の徹底が必要であり、これも保健所への大きな課題である。
〜学校健診の成績〜
新結核予防制度の前倒し実施として導入された学校結核健診制度の初年度が過ぎようとしている。文部科学省は昨年いくつかの県市での健診の実施状況に関する情報を集めた。その要点をまとめたのが表3である。問診や診察、そして委員会による検討を経て精密検査を指示された者の割合は0.52%であった。旧制度で精密検査を指示された小中学校1年生、2年生は小中学生全体の約1.1%だったので、その半分の割合にあたる。やや気になるのは、精密検査指示率が、調査に協力した県市の間で最大0.82%から最小0.11%までとばらついていることである。同様のことは要検討とされる割合等々でも見られ、地域によって制度基準の適用にばらつきがあることが知られる。このようなばらるきは県市内の市町村によってはもっと大きいものがあると考えられる。その原因が対象集団の結核リスクの差によるものであれば問題はないが、基準の適用の差による部分はできるだけ小さくなるように、このような調査(もともとこの集計様式は制度のなかで定式化されているので、学校・市町村から県市へは報告されているはず)の結果が現場に還元され、次年度の実施に生かされることが必要である。
〜予防接種の新しい実施体制〜
昨年11月、予防接種の新しい実施体制の一環として「予防接種ガイドライン」、「予防接種と子どもの健康」が改訂された(いずれも予防接種リサーチセンター刊行)。それぞれ接種する側(医師、市町村)、接種を受ける側(保護者)向けの実際上の指示や考え方を述べたものである。BCG接種については再接種・小中学生の接種がなくなったことについての記述の変更が主な改訂箇所だが、副反応への対応などについても細かい変更・補充を加えた。
なお、直接接種(BCG接種に先立って行ってきたツベルクリン反応検査を省略する接種方式)が決まれば、BCG接種の個別化はいっそう進むことが考えられる。その場合には接種担当医師の技術水準の向上と安全な接種の確保が特に重要な課題となる。
〜結核感染診断の新技術〜
BCG既接種者において新たな結核感染が起こった場合、従来のツベルクリン反応検査では、正確な感染の診断を行うことはかなり難しかった。これを克服する方法が全血インターフェロンγ測定による方法(クウォンティフェロン第二世代)である。いまだ日本では未承認であるが、近い将来広く使われるようになると思われる。これはツベルクリン反応検査やX線撮影と並んで特に接触者健診において強力な武器となるはずであり、この健診を受託する施設においては、この検査を自ら実施できる体制を整えることが望まれる。ELISA装置のある検査機関なら実施可能である。結核研究所では、そのような施設のための測定法に関する研修会も計画している。
〜予防投薬の対象枠拡大〜
中高齢者のリスク者に結核発病が集中している現在、そのような人々への化学予防を積極的に進めることは「提言」でも述べられているところである。さらに近頃レミケード、エンブレルという新しい免疫抑制剤が抗リウマチ剤として健保承認され、新たなリスク集団が生まれつつある。このような事態に鑑みて、現在29歳までに制限されている化学予防(マル初)の対象年齢枠の廃止を急ぐ必要がある。これ自体は法改正を必要としない(医療の基準の改定が必要)ので、関係者の一致した声があれば実現はそれほど困難ではないと思われる。最大の問題は広く分布するリスク者を診療する医師(糖尿病専門医、リウマチ専門医など)に対するこの治療の必要性についての啓発であろう。
このように次々と浮上してくる技術面での新たな課題は、各地域(県市)によっても質・量ともにさまざまなものがあろう。これに効果的に対応するためにも、「提言」で謳われ、結核予防法改定の焦点のひとつともなっている「地域結核対策計画の策定」が実効あるものとなるように、そしてそれにおいて結核予防会支部が本来の役割を発揮されるようご期待申し上げたい。
Updated04/04/02