大阪市保健所における結核診査協議会
−その経験からの提言−




結核予防会大阪府支部
結核研究所顧問  亀田 和彦


 大阪市では平成12年度より新しい地域保健体制の下、それまでの22保健所を1保健所とし、もとの保健所は保健センターと呼称され、1つとなった大阪市保健所に結核診査協議会(以下診査会)が新設された。それを機会に同診査会の機能を補充するため、保健センター市内東西南北の4つの保健医療圏ごとに各ブロックから2つと、西成保健センター、西成行旅、一般行旅の計11専門部会が設置され、1診査会11専門部会体制となった。診査会は毎週1回開催、新体制になった当初は診査件数1回約150〜200、所要時間4時間以上にも及んだが、3年経過した現在では70〜130件に減少、2〜3時間の診査で終了できるようになっている。以下、大阪市診査会での裁定のめやすとしている「診査基準」の概要と実際的な運用を紹介し、併せて診査会統合による利点などを述べ参考に供したい。

A 診査基準

I 34条、35条の申請そのものについて
1.34条、35条共通で不合格とするもの
 @塗抹陰性で胸部X線上治療が必要と思われる所見のないもの
 A前回の申請時3ヵ月のみ、または今回限りとしていたにもかかわらず再申請され、かつ主治医からの治療継続の必要性についての記載のないもの
2.34条申請について
 a 不合格とするもの
  @菌陰性、標準治療完了例に対するINH単独投与の申請
  A経過良好の初回例の標準治療期間を超えた申請(後述)
  B過去2回以上の治療を繰り返している塗抹陰性、かつX線上硬化巣のみの例(行旅者に多い)
 b 3ヵ月の期限つきで合格とするもの
  @再治療の初回申請で塗抹陰性でX線上硬化に傾いた病巣のみの例は、培養結果が判明するまでの3ヵ月
  A非結核性疾患も疑われる例
3.35条申請について
 a 不合格とするもの(ただし34条で合格)
  @塗抹陰性でX線上からも排菌の可能性が低いもの
  A菌陰性持続の良好な経過中塗抹のみ、あるいはPCRなど核酸増幅法のみで陽性となったもの
  B34条で治療が開始され期待通り経過しているにもかかわらず、2ヵ月後に治療開始時の培養が陽性と
   判明したとの理由で35条への切り替え申請が出されたもの(34条のまま継続)
 b 3ヵ月の期限つきで合格とするもの
  @初回申請(再治療の初回申請も含む)PCRなどの核酸増幅法のみ陽性のもの
  A塗抹陰性であるがX線所見から培養では陽性となる可能性が高いと思われるもの
    (空洞があるか、なくとも広がり2以上のものなど)
  B胃液、あるいは気管支洗浄液、擦過材料からのみの菌陽性のもの
  C35条の継続申請で、すでに2〜3ヵ月培養陰性が確認されており今後も陰性持続すると思われるもの

II 申請薬剤について
 肺結核に対する単剤使用、耐性薬剤の使用、3ヵ月以上にわたるPZAの使用、80歳以上の高齢者に対するSM、PZAの使用、多剤耐性持続排菌例に対する無効多剤長期使用、不必要な5剤使用などは好ましくない処方と考えて不合格とする。初回塗抹陰性例に対してINH、RFPの2剤申請が出た場合はINHの未治療耐性を考慮して、ほかに1剤を加えた3剤使用を指導する。

III 初感染結核に対する予防内服(マル初)の34条申請
 BCG歴のない乳幼児、未就学児のツ反10mm以上、小中学生20mm以上のものは排菌者との接触が明らかでなくても合格とするが、BCG歴のあるものはツ反陽性で排菌者と接触があれば合格、接触がなければ不合格とする。
 マル初の申請書に記載されているツ反の判定記録が不適正と思われることがしばしばあるので、申請の適否を決定するために必要なツ反判定技術と記載方法の教育が必要と思われる。

IV 病型分類(学会分類)について
 @専門部会と診査会の判定が大きく食い違う場合のみ訂正する。
 A胸水貯溜のPl型が軽度の癒着、肥厚のみとなったものはV型とし、膿胸となったものはPlem型とする。
 B正面X線写真では所見がなくてもCTで浸潤影があれば0型(CTIII型)、正面X線写真では浸潤影のみでも
   CTで空洞が見られればIII型(CTII型)と、CT像をかっこ内に追記する。
 C治療中はIII型、治療終了すればIV型としがちであるが、治療中、後にかかわらず病巣周辺にボケ像があれば
   III型、なければIV型とする。

V 治療終了の時期に対する助言
1.初回治療例
 @経過良好で既に標準治療期間を超えた例に対する新たな申請は不合格とする。ただし不規則治療に陥っていたことが明らかな例(副作用によるものも含む)、INH、RFPいずれかに耐性があった例、糖尿病など合併症のある例、他疾患のためステロイド剤使用中の例などはこの限りではない。
 A2回目の申請時(35条から34条への切り替え申請の場合も)、今回の申請切れの時点で標準治療期間を満たす場合は今回限りの承認とする。
 B今回で治療終了予定との記載のある場合は記載通り終了を勧める。
2.再治療例
 @すべての薬剤に感受性があり経過良好な例は初回例と同様2クールまで。
 AINH、RFPのいずれかに耐性のあった例では菌陰性化後1.5年、両剤に耐性のあった例では陰性化後2年の治療。
 BINH、RFP以外の多剤にも耐性のある持続排菌例が陰性化した場合はその後2年の治療、陰性化しない場合は外科治療の検討を勧める。外科治療も不可能な例にはINH単独投与を助言する。
3.非定型抗酸菌陽性例(AM)
 診査会における本症の扱いについては告示、疑義解釈の形での公式指示は出されていないが、第一病名肺結核、第二病名非定型抗酸菌陽性例として申請が出された場合は34条で承認する(35条は対象にならない)。AM特にMAC症では、肺結核のような決定的な処方と必要治療期間が明らかでないためフリーパスで承認していたが、平成15年からはRFP、EB、KM(SM)と、抗結核薬ではないがCAMなど使用されて菌が1年以上陰性が続いておれば、治療を終了して観察に切り替えてもよいのではないかと助言、M.kansasii症は菌陰性化後1〜1.5年で終了を助言する方針とした。
4.肺外結核
 申請書のみでは詳細が把握し難い場合が多いので、1年を越す継続申請には主治医に治療終了の時期の目安を問い合わせるのも1つの方法と考える。腸結核には著効あるSMを、髄膜炎には髄液移行性良好なPZAの併用を指導する。

B 診査会統合による利点

 @事前に行われる各部会での情報把握と予備的検討により適切な診査ができる。
 A診査基準に従って行われるため診査会、部会ともほぼ統一された考え方が浸透し、患者管理と治療の基本方針に共通認識が得られ、医療機関に対する指導も容易になった。
 B保健所で大阪市全域の患者を掌握できることが大きな利点で、最も成果を上げたのは不必要な治療が少なくなったことである。平成12年度と14年度を比較したに見られるごとく全体の診査件数は20.8%減少し、特に西成行旅で37.9%、一般行旅で44.5%の減少を見た。また、診査件数に対する不承認率も少なくなり、これも行旅群に著明であった。これは大阪市に多い行旅者が救急搬送された場合(なかには自分で救急車を呼ぶ者もいる)、受け入れた医療機関が胸部X線上複雑な古い結核の陰影があるとの理由のみでその都度行っていた再登録、再あるいは再々治療の申請に対して、それまでは各保健所で承認するのが常であったが、新体表 平成12年度・14年度大阪市結核診査協議会診査件数内訳制になってからの診査会では排菌の認められない例はすべて不承認と裁定したことによるものであり、過去3年間の統計に見られる大阪市の結核罹患率の減少にも少なからず寄与したものと思われる。
 C診査会で市全域の患者の胸部X線写真を見ることにより、個々の肺結核の進展度、つまり結核症の病期病相を形態学的に知ることができ、どんな人が(職業、生活環境など)どんなステージの結核で発見されているかの視点から大阪市の結核問題を多角的に考えることができ、結核対策を進める上でも貴重な示唆が得られることはきわめて興味深い。

C 診査委員、事務執務者の大変さ

 件数が多く診査会が毎週開催のため、診査委員の負担も大きい。最近は件数が減ったとはいえ1回70〜130件、診査に3時間近くを要し疲労度もかなりのものである。保健所側も事前準備、診査中のフィルムの出し入れ、事後の処理まで大変な仕事量である。平成15年度より原則として各部会からセンター長が出席し、事前討議の内容の説明を行うこととなったが(14年度までは任意参加)、それまでは大阪市保健所撫井賀代医師と西淀川保健センター甲田伸一所長が全部会で得た情報、事前にすませた主治医とのやりとりまでを伝える役を果たしていた。過去のスムーズな診査会の運用は2人の努力なくしてはあり得ないものであった。
 診査会の「大変さ」は件数の多いことによるものではあるが、職種、立場を問わず誰もが全国一悪いと言われ続けている大阪市の結核事情の改善を図るには、診査会機能の活性化こそが最重要との認識に立って診査会を支えていることが、「大変さ」をカバーしてきたと言える。

あとがき

 診査会は1951年に設置されて以来、結核予防法を通してわが国の結核医療水準の向上と適正医療の普及に大きく寄与してきたが、化学療法、菌検査技術の進歩と疫学的様相の変貌を背景に、患者管理の考え方も昔とは大きく変化した。この間にあって結核専門医の減少、一般医の結核離れ、保健所の管理機能の低下もあり、今日的な結核対策の理解も混乱し、全国的には診査会の対応にも格差が生じていると思われる。このような時代であればこそ保健所と医療機関との橋渡しをすべき診査会の役割はきわめて大であって、全国の診査会が可能な限り統一した考え方(基準)で運用がなされることが望まれる。また各地の診査会では件数も減り、かつ結核専門医も少なくなっているので、地域ごとに診査会を統合しコンパクトなものにすれば、診査会の機能をより効率よく発揮できると思われる。実際的な運用面では学問的な解釈と行政的な解釈との間のギャップ、申請書類上の治療内容と実際の臨床の場での治療との間にギャップがあることも否定できず、したがって診査会からの助言、指導通り実行されているかどうかの問題もあろうが、診査会の統合は既に神戸市も成果を上げており、我々大阪市の経験からも大きな利益をもたらすことは明らかである。1回40件程度までであれば1時間あまりの診査ですまし得ると思われるので、全国的な診査基準の作成と可能な限りの診査会の統合を望みたい。
 結核予防会大阪府支部では筆者が大阪市保健所の診査委員長、増田國次相談診療所長が行旅専門部会の委員、ほかに相談診療所、堺高島屋内診療所、大阪病院から計6名の医師が大阪府下の保健所で診査委員として活躍中である。わが国の結核対策の中心的役割を担う結核予防会の医師は、それぞれの府県の診査会にあってもリーダーとして適正な治療と患者管理の普及に努力し、従前にも増して結核対策への新しい歩みを続けていきたいものである。


Updated03/08/14