シンポジウム 「アジアの結核」

座長・執筆

結核研究所国際協力部副部長
須知 雅史

はじめに

 総会初日の午後、シンポジウム「アジアの結核」が行われた。本シンポジウムでは、世界の結核患者発生数の60%以上を占めるアジアのフィリピン、ネパール、カンボディア、中国、ベトナムの5カ国の結核対策責任者を招き、各国における結核の現状とその対策の実際、WHOの推奨する結核対策戦略であるDOTS戦略の進展、そして、それぞれの結核対策の特徴に焦点が当てられた。

世界の結核とその対策の現

 建野正毅座長(国立国際医療センター)による挨拶の後、共同座長の筆者から、DOTS戦略のおさらい、世界の結核の現状とその対策の実際が報告された。2000年では、148の国と地域においてDOTS戦略が採用され、世界人口の55%がDOTSサービスを受けることができる地域に居住していた。全結核推計患者発生数の42%、約367万人がWHOに報告され、そのうち198万人がDOTS戦略を実施している地域からであった。喀痰塗抹陽性結核では推計患者発生数の40%、約153万人が報告され、そのうち102万人、推計患者発生数の27%がDOTS地域からであった。99年に発見された新・喀痰塗抹陽性患者の治療成功率は80%であった。
 また、参加者の理解を容易にするため、患者発見率(報告数/喀痰塗抹陽性推計患者発生数)及びDOTS患者発見率(DOTS地域からの報告数/喀痰塗抹陽性推計患者発生数)の定義について確認が行われた。

フィリピン:パイロット地域の構築と拡大、維持クリスティーナ・B・ギャンゴ氏(フィリピン)

 まず、フィリピン共和国セブ州衛生部のクリスティーナ・B・ギャンゴ技術課長より、パイロット地域活動に焦点を当てた報告があった。フィリピンでは、1968年から結核対策が一般保健医療サービス(特に保健所)において実施されていたが、93年に実施されたWHOによる外部評価においてその問題点を指摘され、診断精度、患者管理、そして対策の評価のための記録・報告の向上を目指した対策指針の改定を行った。94年から、日本の国際協力事業団(JICA)の協力のもとにセブ州においてその試行が行われた。その施行に先立ち、地方自治体への詳細な説明、保健医療施設の現状分析、必要資機材の提供、すべての医療従事者に対する研修が注意深く実施された。その結果、3回の喀痰塗抹検査実施の導入(90%に)、有症状被検者中の高い塗抹陽性率(3%から10%に)、そして高い治癒率(50%から80%に)が示され、この新しい対策指針はセブ州全域に段階的に拡大されることとなったことなどを報告した。
 新しい指針の導入以降、上記の良好な成績は維持・向上され、3回の喀痰塗抹検査の実施は97%、有症状被検者中の塗抹陽性率は19%、治癒率は90%を超え、塗抹陽性患者届出率(人口10万対)は99年の98.5をピークに減少に転じ、01年には81.2となった。さらに、服薬確認のために地域の保健ボランティアが訓練され、85%の患者の服薬確認がボランティアによってなされている。95年からは塗抹スライドの質を含む喀痰塗抹検査の精度管理が導入され、偽陰性、偽陽性がモニターされるようになった。また、01年からは私的医療機関との連携のもとに結核診査会が活動を始め、塗抹陰性患者のレントゲン診断の向上を図っている。これらの成功により、セブ州で試行が始まった新しい結核対策指針は、全国で実施されるに至ったという、パイロット活動の成功例が紹介された。

ネパール:交ディル・シン・バム氏(ネパール)通困難な地域におけるDOTS

 続いて、ネパール王国国立結核センターのディル・シン・バム所長が、医療サービスに到達困難な状況下におけるDOTSに焦点を当て報告した。ネパールでのDOTS実施においては、移民、貧困、言語、性といった社会文化的な、そして地理、気候といった環境的な、様々な障壁が存在することがまず紹介された。しかし、厳密な服薬確認の重要性は変わらず、治癒率35%の「服薬確認無し」、同60%の「家族による服薬確認」に比し、「医療従事者による服薬確認」では治癒率90%を達成できることから、様々な取り組みがなされてきた。その具体例として、様々なグループの人々を巻き込んだDOTS委員会の重要性について述べられた。これは、ソーシャルワーカー、政治指導者、住民指導者、医療従事者、ジャーナリスト、教師や、地方自治体、NGO、医学教育機関の代表、そして結核患者などを含む、やる気のある人から構成される組織である。この組織はどの治療センターにも設立され、診療所や病院などのあらゆる政府系医療機関、そしてNGOや私的医療機関、難民キャンプをも巻き込んだ広範な施設において服薬確認の実施を可能とした。これらの活動のために、日本をはじめとする支援国、現地NGOや国際NGO、婦人会などの積極的な取り組みが重要であったことも報告した。
 そして、これらの取り組みにより人口の85%がDOTS戦略の恩恵を受けることが可能で、患者発見率は69%、治療成功率は90%に達するまでになった。しかし、今後の課題として、いかに現在の好成績を維持するか、より地理的条件の厳しい地域への拡大、検査室ネットワークや薬剤供給システムの向上、人的資源の確保などが示された。

カンボディア:Hタン・イエン・マオ氏(カンボディア)IV/TBと保健機構改革

 続いて、カンボディア王国国立結核・ハンセン病対策センターのタン・イエン・マオ所長が、HIV/TBと保健機構改革について報告した。カンボディアは、推定罹患率は人口10万対540とされアジアでは最悪であるが、1994年からDOTS戦略が導入され、98年には公立病院を中心に全国に普及し、90%以上の高い治癒率を達成した。しかし、90年代に入りHIV感染が急速に拡大し、結核の状況を悪化させている。96年から保健機構改革が実施され、公立病院の減少と保健所の増加は、当初は結核対策施設の減少という悪影響を及ぼしたが、現在WHOとJICAとの協力のもとで行われている結核対策の保健所への導入の試みは、患者発見の向上をもたらすことを示唆していると報告した。
 91年に初めてHIV感染者が報告され、結核患者中のHIV陽性者の割合は95年の2.5%から99年の7.9%へと急速に増加している。この現状に対し、結核対策のもとにHIV/TBの委員会を設置し、また国家エイズ対策との連携を開始した。また、国立結核・ハンセン病対策センターにおけるHIV陽性者に対する結核健診の試行を開始したことなども紹介した。

中国:世銀プロジェクトと実態調査ドアンム・ホンジン氏(中国)

 さらに、中華人民共和国国立結核対策センターのドアンム・ホンジン前所長が、大規模な成功を収めた世界銀行プロジェクトと最新の実態調査の結果について報告した。1990年以前の中国では、患者の85%が適切な患者管理を受けることなく治療され、多くの患者が治療から脱落していた。しかし、91年に結核対策規則が導入され、92年から世界銀行の借款を活用した、DOTS戦略に基づく新たな結核対策を開始した。無料による診断と服薬確認下における標準短期化学療法が導入され、80年に52%だった治癒率が94年には90%まで改善した。そして、92年から99年にかけて140万人の塗抹陽性結核患者が発見され、その治癒率は93.6%であったことが紹介された。
 2000年に第4回全国実態調査が実施され、活動性結核有病率は人口10万対367(約500万人)、菌陽性肺結核有病率は同160(約200万人)、塗抹陽性肺結核有病率は同122(約150万人)、結核死亡率は同9.8(年間約13万人)であったことが報告された。現在、DOTS戦略を利用可能な地域に住む人々は人口64%、そしてDOTS患者発見率は34%であると報告した。
 今後の課題として、世界銀行、英国、日本などによるDOTS戦略地域の拡大、既存の結核対策の質の維持などを示した。最後に、実態調査の結果から1990年から2000年までの世界銀行プロジェクト地域とその他の地域の有病率減少に触れ、例えば塗抹陽性結核でみると世界銀行プロジェクト地域では人口10万対142から同79へ大きく減少したのに比し、その他の地域では同130から114とわずかな減少にとどまり、かつ逆転した点を紹介し、DOTS戦略に基づいた結核対策の有効性を明確に示した。

ベトナム:WHOレ・バ・トゥン氏(ベトナム)世界目標達成までの道のり

 最後に、ベトナム社会主義共和国ファム・ゴ・タック結核肺疾患センターのレ・バ・トゥン顧問が、治癒率85%、患者発見率70%の世界目標を達成した数少ない国であるベトナムの例を紹介した。ベトナムでは、1957年からWHOの勧告に従い結核対策が始められ、86年からは服薬確認下での標準化学療法(リファンピシンを含まない9カ月療法)を用いた新しい結核対策が、郡そして州単位に段階的に導入された。さらに、89年からは短期化学療法が導入され、標準化学療法と徐々に入れ替えられた。さらに95年、政府は国家・州結核対策運営委員会を設置し、塗抹陽性結核患者の発見・治癒、結核対策従事者の管理能力、すべての結核対策関連機関の連携などの強化が図られた。そして2000年には、人口の99.8%がDOTS戦略を利用でき、患者発見率は80%、治癒率は89年の85.3%から99年の90.3%と良好な状態を維持し、WHOの世界目標を達成していることを紹介した。これは、結核対策に対する政府や自治体の積極的な関与と共に、WHO、国際結核肺疾患予防連合、オランダ王立結核予防会など多くの機関との国際的な連携によるものであると強調した。今後の課題として、都市を中心として、私的医療機関の取り込みやAIDSなど他のプログラムとの連携などが必要であることを示した。

おわりに

 これらの国々は、社会基盤が脆弱で、医療資源も十分ではない。しかしそのような状況の中で、DOTS戦略の導入と普及に成功している国々であり、また、高い治療成功率も維持している。本シンポジウムを通じ、これら様々な国の経験から学ぶものは大きいと考えられ、今後のわが国の結核対策にとっても参考になることを期待したい。


Updated 02/10/18