招請講演「21世紀のアジア結核制圧戦略」


世界保健機関
西太平洋地域事務局長
(WHO/WPRO Regional Director)

尾身 茂
プロフィール
1978   :自治医科大学卒業
1978-86 :東京都衛生局医務部医系技官
1986-89 :自治医科大学予防生態学教室助手
1989-90 :厚生省保険局医療課 医療指導監査室
       特別医療指導監査官
1990-93 :WHO西太平洋地域事務局 拡大予防接種
       計画課課長補佐
1993-95 :同事務局 拡大予防接種計画課長
1995   :同事務局 感染症対策部長
1998   :自治医科大学 公衆衛生学教授に就任
1999   :第5代WHO西太平洋地域事務局長に就任


講演要旨

結核研究所国際協力部企画調査科
大角 晃弘


 尾身事務局長は、前半に「変化する世界の状況に対応するための公衆衛生分野における課題」、後半に「世界の結核の現状と西太平洋地域における結核対策に関する戦略(Stop TB Special Project in WPRO)」の内容で、2部に分けて講演を行われた。

変化する世界の状況に対応するための公衆衛生分野における課題

 本テーマでは、第1に、世界人口の急激な増加、人口の急激な高齢化、世界的規模の人口移動等の、人口に関する変化に対して私たちがいかに対応すべきかという課題、第2に、疾患の内容が感染症から慢性疾患へ移行しつつある疾病の疫学的変化に対して、私たちがいかに対応すべきかという課題、第3に、都市化の進行と地球温暖化等の社会経済と環境の変化に対して、私たちがいかに対応すべきがという課題を挙げておられた。
 また新しい課題として、以下の4つを挙げておられた。第1に、人権擁護の視点の重要化、地方分権の進行、NGOの役割の重要化、公的機関から私的機関への役割移行等に対していかに対応すべきか、第2に、予防サービスを軽視した治療中心の保護サービスから、疾病予防を中心とした保健サービスへの移行という流れに対していかに対応すべきか、第3に、一般住民が保健サービスに求める質が高度化しつつあることに対していかに対応すべきか、そして第4に、現状のニーズに適応した必要財源の確保をいかにすべきかという事柄である。

世界の結核の現状と西太平洋地域における結核対策に関する戦略
(Stop TB special project in WPRO)

 後半は、結核に関する問題について、世界と西太平洋との2つの視点で話をされた。今世界中で毎秒1人の新結核患者が発生し、その約8割は23カ国の結核高負担国で発生している。また毎日約5,000人の結核患者が死亡し、この約98%は開発途上国で起こっている。さらに1994年から98年までの期間に72カ国で実施された結核菌薬剤感受性調査の結果では、そのうち63カ国で多剤耐性菌が認められていた等の、世界の結核に関する現状をまとめて話された。
 次に、西太平洋地域における結核の現状については、同地域における15歳以上65歳未満の年齢層において、結核が感染症によるDALY(Disability-adjusted life year)損失及び死亡の主な原因であることを指摘しておられた。さらに、「貧困問題が結核まん延を助長し、結核まん延状況が貧困問題を増大させる」という貧困問題と結核問題の密接な関係を指摘し、その根拠として、都市貧困層では結核患者発生がそれ以外の地域の約2倍であること、貧困層の人々は保健サービスに結びつきにくいこと、結核は患者家族の年間総収入の2割から3割を減少させる等の情報を紹介されていた。
 このような大きな社会問題である結核に対する手法としてはDOTS戦略があり、本戦略を導入することによって、中国では結核患者有病率の減少が顕著に認められたことを話された(DOTS戦略導入地域では36.8%の減少、非導入地域では3.2%の減少)。またDOTS戦略を柱とする結核対策は、費用対効果分析によると最も効率的な対策の1つであることが示されていることも話され、DOTS戦略が実際の結核患者減少効果の面や経済効率の面からも高く評価されていることを指摘しておられた。
 このように結核まん延状況と有効な戦略とが存在している中で、西太平洋地域事務局では、1)この地域で世界全体の約3割の結核患者が発生していること、2)結核が貧困問題と密接に関連しておりその経済的負の影響が大きいこと、3)費用対効果が大きく経済的に効率的な結核対策手法(DOTS戦略)が確立していること、4)西太平洋地域内共通の大きな問題であること、5)20世紀以降現在に至るまで未解決な重要課題であること等を鑑みて、結核対策を最重要課題と位置付け、重点的に対策を実施するように所属国に働きかけている。また西太平洋地域事務局としては、99年9月に「西太平洋地域における結核危機」を宣言して、結核対策をこの地域における特別計画として位置付け、2000年2月には第1回結核対策専門家諮問委員会(TAG)を開催して、2010年までに結核の罹患や死亡を半減させることを目標とした地域戦略(Regional Strategic Plan)を策定。さらに、現在この戦略を基にして作成された結核高負担国の5カ年計画に沿って、地域内におけるDOTS拡大を加速している状況であることを紹介しておられた。
 最後に、次世代の子供たちにどのような世界を残すのかは、今生きている私たちの重大な責任であり、世界中で最大規模の感染症である結核に対して、DOTS戦略を柱とする確固たる結核対策をすべての国で実行していくことが、将来を担う子供たちに対する私たちの果たすべき重大な任務であることを指摘して、講演を終えられた。


Updated 02/10/18