第77回日本結核病学会総会
招請講演「現代の薬剤耐性結核の問題と そのコントロールについて」 - Current Problems of Drug- Resistant Tuberculosis and its Control- |
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1964 :Master of Science 1966 :Bachelor of Public Health 1972 :Doctor of Science 1972- 74 :米国N I H 客員研究員 1976- 79 :米国FDA 客員研究員 1979- 96 :大韓結核予防会結核研究院細菌学教室主任 1996- 98 :大韓結核予防会結核研究院副院長 1999- 2001 :大韓結核予防会結核研究院院長 世界保健機関及び同西太平洋地域における結核対策技術顧問 結核予防会結核研究所結核対策トレーニングコース講師 |
疫学研究部 臨床学科 御手洗 聡 |
非常に低い多剤耐性結核の治癒率
現在世界では毎年約800万人の新規結核患者が発生し,1700万人が罹患しており,200万人が死亡している。結核の現況は徐々に悪化しており,多くの発展途上国では効果的な結核対策の欠如のため,結核のまん延をコントロールできないでいる。また,効果的でない対策はかえって多剤耐性結核を生み出してしまう。薬剤耐性結核は特に治療が困難であり,耐性結核を作り出し,かつ拡散・まん延させてしまうサイクルが完成してしまうと多剤耐性結核患者を増加させることになる。
実際に短期化学療法では,初回治療でも再治療でも,耐性薬剤数が増加するに従って治癒率が低下することが示されている。薬剤耐性がない初回治療患者では85.0%が治癒するが,4剤耐性では50.8%まで低下する。特に再治療例で4剤に耐性がある場合には,治癒率は24.5%にすぎない。
ここで言う短期化学療法は,イソニコチン酸ヒドラジド(INH),リファンピシン(RFP),ピラジナミド(PZA)及びエタンブトール(EB)(あるいはストレプトマイシン(SM))による6カ月あるいは8カ月治療を標準とする。少なくともINHとRFPに耐性を有する多剤耐性結核の場合,治療は極めて困難であり,しばしば慢性化する。初回治療多剤耐性の6〜8カ月の治療期間では治癒率は27〜52%程度であり,再治療ではさらに悪い成績である。このように,多剤耐性結核は1度成立してしまうと治療が困難であり,しかるにいかなる状況下でも多剤耐性結核を作らないことが最も重要となる。
薬剤耐性の機構
薬剤耐性はいつでもどこでも発生しうる。図1 に薬剤耐性結核の発生機序を示しているが,最初に自然に発生した薬剤耐性変異株が,不適当・不定期な治療によって選択される。これは獲得耐性であるが,やがてその耐性株は他者に新たな感染を引き起こし,初回耐性患者を発生させる。これがさらに次に伝搬すると,耐性菌感染の拡散が始まることになる。結核患者の管理の失敗や診断・治療の遅れがこれを助長する。
次に,結核菌の薬剤耐性機構はどうなっているであろうか。各抗結核薬は結核菌の細胞壁・細胞膜を通過して,それぞれの標的部位に作用する。菌体内に入った薬剤を外に汲み出す機構や,薬剤の活性化を阻害する機構,さらには標的となる物質を変化させて作用を回避する機構などが分かっており,それぞれに対応する遺伝子なども解析が進んでいる。しかし責任遺伝子が特定されていない耐性機構も未だ存在し,今後の研究が期待される。
薬剤感受性検査そのものについて言うと,INH とRFPについては結果の信頼性は極めて高いと言える。しかし,いくつかの薬剤(特に二次薬)では耐性の基準がはっきりしていない,あるいは物理的化学的環境による結果の不確定性がある等の理由から,結果が信頼できるとは言えない場合がある。
薬剤耐性基準を設定するのは容易ではないが,もしその基準が臨床病態を反映していなければ検査は無意味である。INHでは,臨床経過等から感受性と思われる菌株と,耐性と思われる菌株のそれぞれについて最小発育阻止濃度(MIC)を測定すると,濃度が0.2μg/mlでそれらの2種類の株を区別する力(discrimination power )が最大になる。言い換えれば,その濃度で検査を行えば,感受性か耐性かを最も効率良く区別することができることになる。また,この濃度でのそれぞれの耐性の比率をみると,1.0%において最も効率よく両者を区別することが可能となる。SMでも同様のことが言える。
しかしEBのように,2つの検査室の間で基準とすべき濃度が異なる場合がある(図2)。
このように,薬剤感受性検査は環境によって変化することがあることを知るべきである。また,INHではdiscrimination
power が大きいのに比べて,EBではそれが小さいことも特徴の1つである。これは,INHやRFPでは実際の薬剤血中濃度(最大値)はMICの80〜100倍であり,薬剤感受性結果は信頼性が高いのに対して,EBやニューキノロンでは薬剤血中濃度がMICに近いためである。
世界の疫学的状況
薬剤耐性結核の疫学的状況を知るため,世界保健機関(WHO)と国際結核肺疾患予防連合(IUATLD)が1984年に世界規模の薬剤耐性サーベイランスを企画し,実施のためのガイドラインを作成した。これに従ってこれまで72カ国でサーベイランスが実施され,97年と2000年に結果が発表されている。
初回治療患者の場合
それによると,初回治療患者においてINH,RFP,EB及びSMのいずれか1剤でも耐性を有する結核菌は1.7〜40.6%(平均11.1%)に認められており,多剤耐性菌は0〜14.1%(平均1.1%)存在している。いくつかの例外はあるものの,一般的には1剤でも耐性を示す薬剤耐性(anyresistance)と多剤耐性率は相関している。エストニアや中国の河南省などは,耐性が高率に認められる地域である。INH耐性が最も頻繁に認められ,SM耐性がそれに続いている。これは,それらの薬剤が最も広く使用された結果である。
再治療患者の場合
再治療患者では,1剤でも耐性を有する結核菌の頻度は8.3〜68.5%(平均25.2%)と極めて高く,多剤耐性は0〜48.2%(平均8.7%)である。80%の国々が3.1〜28.1%の多剤耐性頻度の中にあり,再治療患者における薬剤耐性は,それが全体を正しく反映しているものであれば,結核対策の有効性を評価する良い指標となる。結核対策が有効に機能していれば再治療のほとんどは再発であり,耐性頻度は低くあるべきである。しかし,プログラムがうまく機能していない場合は治療失敗が増加し,再治療例が増加する。
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図2 EBにおける薬剤耐性基準の検査室間での相違 | 図3 韓国における患者管理の改善と薬剤耐性に及ぼす影響 |
効果的な対策はDOTS
では,薬剤耐性の問題にはどのような対策が最も効果的であり,その発生を抑えるのに有効であるか。対策は極めて単純であり,要するに治癒率を高めればよい。これには直接監視下療法(DOTS)が有効であり,Weisらの報告では,DOTS採用以前には20.9%あった治療失敗・再発がDOTS採用により5.5%にまで低下し,これに伴って獲得耐性も10.3%から1.4%にまで低下している。同様の報告は数多くあり,これからの結核対策で何をなすべきかは明白である。