第53回結核予防全国大会

結核予防会全国支部長会議への提言

あらたな結核対策策定をめぐる動向

結核研究所長  森 亨


強固になった「ストップ結核運動」
 2001年10月、同時テロの硝煙の残るワシントンで「ストップ結核パートナーズ・フォーラム」が開かれた。
世界中から結核対策の協力に関係する政府・非政府・国際機関、そのスポンサー機関が一堂に会して、貧困・開発障害問題の一部分として結核への一致した戦いを宣言した(詳細複十字誌283号参照)。これと並行して九州・沖縄G8サミットに端を発する感染症対策への先進国の積極関与の動きはアナン国連事務総長の肝いりで「対エイズ・結核・マラリア闘争世界基金」として一層具体化し、年額100億円単位の基金の使い方を管理する機関が稼働を始めた。アジアでもこれに先立ち、WHO西太平洋地域事務局が結核対策をポリオ根絶以後の最優先施策として標的に定め、具体的な戦略を展開している。2002年2月には大阪で地域内の高まん延国、中まん延国の対策責任者を招請して専門家との共同討議を行い、今後のそれぞれの国の対策への決意を確認したところである(この会議にあわせて世界主要都市と日本の大都市の首長による結核対策会議も厚生労働省の主催で開かれた)。
 この様に世界の結核対策は年々ますます熱くなっており、その中で日本に期待されるところも大きくなっている。

結核緊急実態調査

 国内では1999年の「緊急事態宣言」を受けて、結核問題や対策の状況を発生動向調査よりさらに詳しく把握することを目的に、「結核緊急実態調査」が地方自治体の協力の下に実施された。その結果も既に複十字誌279号に詳しく報告されているが、特に重要な所見を掲げれば以下のようになる。
1 )登録の状況
@人口動態統計(死亡診断書)を基にした結核死亡数(2,795)と結核予防法上の届出を基にした結核死亡数(1,826)の間のずれから、969(人口動態結核死亡の34.7%)が届出漏れである可能性が示唆された。
A登録後の転症などで結核診断が否定された例は、全国で4,612名(平成10年の新規登録患者数41,033名の11.2%に相当、0〜14歳では20.1%、15歳以上の11.2%)と推計された(過剰登録の可能性)。活動性結核でないとされた登録患者の訂正後の診断は、0〜14歳では「マル初」、15歳以上では肺非定型抗酸菌症、肺癌が多かった。
2 )医療
@治療方式を見ると、喀痰塗抹陽性初回治療患者で世界的標準治療であるPZAを含む方式が使われていたのは55%で、特に高齢者で少なかった。
A治療期間が12カ月を超える者は0〜14歳で21%、15歳以上で30%、また入院期間が6カ月を超える者は0〜14歳で13%、15歳以上で18%と、いずれも基準ないし「世界的標準」を超える不必要な治療や入院が目立った。
B治療効果を見ると、15歳以上の喀痰塗抹陽性者では「治療成功」は76%に留まっていた。高齢者では治療成功が少なく死亡が多かった。
C結核以外の医療問題をもつ患者が多かった(糖尿病が11%、悪性腫瘍が4%等)。これら基礎疾患を有する者は喀痰塗抹陽性で発見される割合が高かった(糖尿病では48%−結核患者全体では34%)。
3 )ツ反検査・BCG接種
@4歳までの初回ツ反検査はほぼ全員に行われていたが、生後6カ月までに行われている者が50%、1歳までが81%で、早期接種への改善の余地が見られた。
ABCG接種の技術評価ではBCG針痕数を観察したが、地域的ばらつきが大きかった。
4 )健康診断
@0〜14歳の結核患者の12%、15歳以上の者全体では14%がそれぞれ定期健診で発見されていた(学校健診発見は15〜19歳で29%、職場健診発見は20歳代24%、30歳代21%、40歳代17%、50歳代14%、また住民健診発見4%)。
A定期外健康診断で発見された患者は、0〜14歳で39%、15歳以上で3%であった。
5 )予防内服
マル初(予防内服対象)例について、感染源との接触の有無、BCG接種歴、ツ反発赤径等から適応条件を検証すると、全体の23%が「適用基準」外となる可能性があった。特に0〜4歳ではその割合が65%と大きい。
6 )対応困難例
@治療中断:15歳以上の患者で治療経過中に「治療中断」したと判定された者は全体で12%いたが、そのうち26%が「生活保護法申請中の者」、25%が「住所不定・ホームレス経験あり」であった。
A慢性排菌者:2年以上登録(=治療)されており、現在治療中、かつ過去1年間に排菌が確認されている者は全国で1,234名で、これらのうち62%が多剤耐性(INH+RFPに耐性)であった。慢性排菌化したと思われる要因としては、「不規則な服薬、自己中断」(38%)、「治療方針の失敗(=薬剤の1剤ずつの追加)」(30%)が多かった。

結核対策の抜本的な見直し

 この様な調査の成績やこれまでの審議会の意見(99年6月「21世紀に向けての結核対策」など)に基づき、2001年7月、厚生労働省は結核対策の抜本的な見直しを、省庁再編後新たに発足した厚生科学審議会感染症分科会結核部会(部会長は筆者)に諮問した。部会では、論点を以下の様に大きく4つの重点課題に分けて議論している(本稿執筆の2002年1月時)。具体的な討論資料の準備には厚生労働省の係官が当たったが、ほかに専門家として結核研究所職員が分担して参加した。
1 )社会的な背景を踏まえた結核の疫学像の変化と対策の基本的考え方
・人権への配慮とまん延防止対策の両立
・まん延状況の把握(発生動向調査、届け出と登録)
・重点的な対象群
・地域格差を踏まえた対応
・国際協力
・研究開発
・人的移動の高速化、広域化(国際化)への対応
2 )結核発病の予防・早期発見
・ B C G接種のあり方(効果と副反応について証拠に基づいた検討、世界的な傾向、地域格差への配慮)
・予防内服のあり方(対象者選定基準、適切な投与方法、薬剤耐性菌感染への対応、実施主体等の役割分担)
・早期発見(発見率の低い年齢層の検診の枠組み、高罹患率地域での重点的な実施、ハイリスク集団対象の定期検診)
・定期外検診(感染の判断基準と事後措置、検査実施の強制力、実施主体等と役割分担)
3 )結核患者に対する医療の提供
・結核医療と一般医療(患者数と医療提供側の数的バランス・患者病態の多様化・医療従事者への教育などを視点に入れて検討、結核医療を高度医療として位置づけるか否か)
・結核患者の状況に応じた適切な医療提供の確保(結核と基礎疾患双方への医療の両立、感染性に応じた対応、患者の社会経済的背景の考慮、医師の教育・支援体制)
・人権保障を踏まえた入院手続き等(患者と同時に感染を受ける可能性のある者の人権の両立、強制力の必要性等)
・公的関与の必要性・程度
・確実な医療の完遂(治療経過の把握、発見当初の治療の確保、患者の状況に応じたフォロー方法)
4 )行政機関・医療機関等の役割
・国及び地方自治体の責務
・行政機関と医療機関等の役割分担(行政の役割の明確化、保健所と医療機関の役割分担、保健所保健婦等による家庭訪問、管理検診、結核指定医療機関の役割と指定、市町村の役割)
・地域特性等を踏まえた対策の推進方策
 部会ではこれらの議論に加えて関係機関・識者の意見を聞き、その後、今年3月末までには最終的に報告書を取りまとめる予定である。 その後これに基づいてさらに具体的な検討を進め(結核予防法の改正・廃止なども含めて)、感染症新法が見直され施行される2004年4月にあわせて結核対策の再出発を目指している。

結核予防会(支部)の関わり

 今回の対策の見直しは、健康診断や予防接種等の大幅な制度改定があり得る点で、結核予防会事業に重大な影響が予想される。同時に県・市レベルの結核専門機関として結核予防会支部は、地域格差対応(対策計画の策定、特別事業の実施など)への関与、行政機関への技術支援(従来の定期検診に代わるハイリスク検診や定期外検診の受託、職員・医療従事者の研修・啓発や派遣など)、行政や一般医療機関との役割分担といった面でも十分な機能を発揮することが期待されることになろう。



updated 02/04/15