国連エイズ特別総会に出席して

結核予防会顧問・エイズ予防財団理事長 島尾忠男 



国連本部ビルの“レッドリボン”
会期中、国連本部ビル壁面にはエイズ予防のシンボルマーク“レッドリボン”が現れた。日本代表団顧問中村安秀大阪大学教授と共に(左筆者)


特定疾患を対象とした初めての特別総会
 国連のエイズ特別総会は2001年6月25〜27日の3日間ニューヨークの国連本部で開催され,各国代表のほかにNGOの代表も参加し,参加総数は3,000名に達した。特別総会は今回が26回目であるが,特定の疾病を対象に開催されたのは今回が初めてであり,エイズの流行がいかに全世界にとって大きな問題であるかを示している。

エイズ流行の現状
 流行が始まってからの20年間に,全世界では5,800万人,世界の人口の1%近い人が感染し,そのうち2,200万人は既に亡くなり,3,600万人が生存している。結核の場合には感染と発病は明瞭に異なっており,全世界での感染性の患者は数百万人と推定されているのに対して,エイズの場合には感染した人はエイズを発症していなくても感染源にはなりうるので,感染している人が3,600万人いることがいかに大きな問題であるかを理解していただけると思う。
 さらに,先進国では次々と開発される抗エイズ薬の併用で,根治はできないが,血中のウイルス量を急速に減らせることが明らかになり,エイズ感染の進行を抑え,亡くなる方の数は急速に減少した。ところが,多くの開発途上国では薬価が高く,薬の使用は困難で,多くのエイズ患者が死亡している。その中には国の中核を成す公務員や教員も多く含まれ,また母親の死亡による孤児も多く発生し,平均余命が短縮して40歳を割る国も見られる惨状であり,途上国でも薬を使えるようにという声は日増しに強くなってきている。
 薬価を下げ途上国でも使えるようにすることは当然として,ただ薬価を下げただけでは問題は解決しない。服用法が難しく,副作用も少なくない抗エイズ薬なので,ただ薬を持ち込むだけでは30年前に結核対策が犯した過ちを繰り返し,不規則な服用,効果の低下,耐性の発生という事態を招くことは必須であり,カウンセリングが十分に行える体制を整備しながら,抗エイズ薬を導入する必要がある。このような背景で開催されたのが,今回の特別総会である。

日本代表団

 日本は森喜朗前総理を団長に,植竹外務副大臣ほか政府代表3名,政府代表代理5名,随員14名,顧問5名からなる代表団が出席し,筆者は顧問の1人として今回の特別総会に参加した。
 本会議場では午前,午後,夜と3回に分けて全体会議が開かれ,各国代表が演説を行った。第3日は各国代表の演説は午後6時で終了し,引き続き決議採択の全体会議に移行した。総会と平行して4つのラウンド・テーブル・ディスカッション,重要な課題についての特別行事などが行われた。森日本主席代表の演説は第1日正午過ぎに予定されていたが,前の代表演説が時間を超過した影響を受けて,午後1時過ぎに行われた。
 森日本主席代表は,昨年の沖縄でのG8サミットで日本が提唱してエイズ,結核,マラリアなど感染症対策に対する先進諸国の資金面,技術面からの協力を呼びかけ,同意を得,さらに12月には再度沖縄でG8代表,途上国代表や国際機関,NGOを招いて感染症対策沖縄国際会議を開催して協力の具体化を進めたこと,また今年になってアフリカ3カ国を訪問して感染症対策の実情を見聞した経験から,引き続きエイズなど感染症に対する協力を強化し,またアナン国連事務総長の提唱した保健基金へも相当額の協力を行うことを述べ,基金の適切な運営を求めた。

最後の全体会議…宣言の採択
 第3日午後6時からの最終全体会議では,4つのラウンド・テーブル・ディカッションの内容紹介が座長から行われ,その後宣言案の審議に入った。
 宣言の原案を起草する際に中心となったオーストラリアのウェンズレイ大使とセネガルのカー大使が発言。ウェンズレイ大使は,宣言案の11章の冒頭に要点を記載し,また時期を指定した目標を示した。人権の尊重,性の問題,文化,宗教の違いの中で,実行できることを記載し,その際に弱者の尊重を基本に置いたと発言し,カー大使は宣言案の内容を要約して紹介した。
 議長から満場一致で宣言の採択を提案し,反対なく宣言を採択した。

宣言の概要
前文 エイズのまん延状況が深刻な事態にあることを述べた後,タイやウガンダ,セネガルなどでは対策に成功しているが,その背景には政府の強い意思とリーダーシップ,しっかりした対策の樹立と広報活動,地域,市民社会,エイズ感染者,弱者との提携,人権の尊重があることを強調。これを全世界に拡大したい。途上国の債務を破棄し,これをエイズを含む保健医療に使えるようにアピール。エイズ感染者,若者,市民社会がエイズ対策に積極的に発言し参加することを要望。以下の各章で,各国政府に原則として2003年までに計画を立て,2005年から実行することを要請。

リーダーシップ 社会のすべてのレベルでの強いリーダーシップが対策成功の鍵。政府のリーダーシップが基本で,これに市民社会,実業界,民間が協力する形が望ましい。

予防は対策の主役 15〜24歳のエイズ感染を,高度まん延国では2005年までに,全世界で2010年までに25%減らすことが目標。2005年までに15〜24歳の若者の90%に情報提供と教育の機会を与え,2010年までにこれを95%に拡大し,乳児の感染を2005年までに20%,2010年までに50%減らすことが目標。

ケア,サポートと治療は対策の基本 抗エイズ薬を途上国でも使えるようにし,患者や家族に対して精神的,社会的なケアもできるようにする。

エイズと人権 エイズ感染者の人権を尊重することによって,エイズ対策が加速される。あらゆる差別の撤廃が目標で,被害を最も強く受けている女性,少女の人権尊重が特に重要。

弱者は対策の最重点対象 危険な性行動や薬物を静脈内に注射する者に対する対策の強化が必要。

孤児対策 感染している孤児に対するケア,教育などを含む対策の実施。

社会経済的な影響の軽減 エイズ対策への予算の配分は,持続する開発への投資である。エイズ流行の社会経済的な影響を評価し,それに対する対策を樹立する。

研究開発の重要性 いまだエイズを治す薬はなく,ワクチンもない。これらの開発には,総合的な研究能力の整備と協力が必要。

紛争・災害地域のエイズ 紛争や災害はエイズ流行の拡大をもたらす。国際機関からNGOまでを動員しての支援が必要。軍隊やPKO要員に対する教育にエイズ対策を含めることも必要。

対策の強化には新たな財源が必要
 新たな,持続的な財源が対策の強化に必要。エイズ対策に実施には毎年70〜100億ドルが必要。GNPの0.7%をODA予算に支出し,0.15〜0.2%は開発途上国の援助に向けることが望ましい。援助の重点はアフリカ,カリブ海諸国。途上国の債務の棚上げも必要。世界エイズ保健基金の募金を2002年から開始する。

勢いの維持と事業の進展状況の追跡が必要 国,地域,世界のレベルで事業を維持し,その成果を評価することが必要。

日本代表団席



日本代表団席




総会での感想
 今回の特別総会では,宗教や基本的な理念が関与する事項に関しては,合意が困難であるということを痛感させられた。最も合意が困難なのは,宗教的,思想的な信条に関する部分である。
 実際にはほとんどの人が性行動を行い,時には悩み,苦しんでいる。しかし,一般的に言えば,いまだ日本でも,また国際的にも,性について社会でオープンに議論できる雰囲気は生まれていない。特に男性同士の性行為に対する感情は宗教によってかなり異なり,存在を認めない場合すらある。国際的な場で,また日本国内で,性の問題について1日も早く,まじめに,オープンに議論できるようにしたいものである。

  


Updated 01/10/05