勢いつく「ストップ結核」運動
一昨年暮れに発表されたWHOグループの推定によれば,世界の結核患者の状況は,既感染者は世界人口の30%,発生患者数800万人,死亡者数200万人とされる。これまでの発表から微妙な修正がされているが,発生患者の95%,死亡者の99%が発展途上国から出ていて,結核が健康を巡る大きな南北不平等の1つであることに変わりはない。1990年代以降,これら多くの途上国でもWHOや国際社会そして自国の努力によって本格的な対策努力は始まったが,中にはHIV流行などのために爆発的な増加を見せている国や地域もある。
一方,これを攻める気運の高まりはますます勢いづいている。90年代後半に本格的な世界展開に入ったDOTS戦略は着実に拡大した。これをさらに加速し,向上させるためにWHOが中心となり多くの政府(日本ではJICAなど),非政府組織(同結核予防会など)を糾合して「ストップ結核運動」(Stop TB Initiative)が一昨年発足し,組織構成などについて試行錯誤を重ねてきたが,どうやらこれも落着し,並行して進められてきた活動の本格的な展開に入ろうとしている。このような活動の資金源(語弊を怖れず言えば)の1つが昨年の沖縄G8サミットにおける感染症対策協議,その中で行われた向こう5年間に結核,エイズ,マラリア(寄生虫症)に3,000億円を拠出する,という決定である。対策のエネルギーもそして先立つモノも,5年前には考えられなかった景色が目の前に広がってしまった感がある。G8に見るように,日本や結核予防会の関与もますます重くなっている。
このような結核対策をめぐるグローバルな気運の盛り上がりは,同時に基礎分野を含めて対策技術の研究を大いに刺激しており,その成果も着実に上がっている。日本の動向
国内でも99年の「緊急事態宣言」で結核への世間一般の関心は高くなった。同時に97年以来の結核罹患率の逆転上昇が続く中,結核の高齢者や生活困窮者への集中化や集団感染,院内感染などの問題がますますあらわになっている。75年に新登録患者中の30%を占めていただけの60歳以上の患者の割合が99年の統計では60%にならんとしている。また働き盛り(30〜59歳)の男性患者のうち,「無職で医療費支払い区分が生活保護」の者の割合は,全国で10%(87年には5%)であるが,13大都市では20%であり,87年以降上昇を続けている(図)。さらにこれらを代表するホームレスの患者の治療成績は極めて厳しい。
図
30-50歳患者中に占める
男性・無職・生保患者
の割合の推移
これに対して,国では公衆衛生審議会結核予防部会の結核対策緊急検討班の報告を受けて,@高齢者等の結核対策の強化(結核発病高危険群対策),A都市部における結核対策の強化(日本版21世紀型DOTS戦略)を策定し,都道府県にその実施を呼び掛けている(結核対策特別促進事業枠を利用した事業の取り組み)。
@については,高齢者あるいは糖尿病等リスク個人に対して,化学予防を含めた発病予防及び早期発見のための方策を提案している。特に化学予防に対しては,その実施上の問題点を探るために国がモデル方式を示し,これによる試行を県市に呼び掛けている。
Aについては,13大都市を中心に,生活困窮者を中心とした結核患者の治療を確実に行うため,面前服薬指導を核としたDOTS戦略を実施することであるが,そのために地域及び全国のDOTS推進協議会の設置などもうたわれている。この事業については既に東京都,同新宿区,神奈川県横浜市,同川崎市,大阪市が取り組みを始めており,担当者の話し合いも実施された。結核緊急実態調査
さらに厚生労働省は都道府県の協力の下,結核緊急実態調査を実施して,日本の結核問題を様々な角度から評価し,新たな対策の立案への準備をしている。これは主として登録患者に関する情報で発生動向調査で扱われていないものを保健所の協力の下に調査するもので,調査の主な焦点は,@治療経過の分析(コホート分析による治療成績の評価,治療内容−使用薬剤や入院期間,全治療期間など−),A小児結核の実態,B化学予防の実施状況,B慢性排菌患者の実態(これには患者の菌株の中央での薬剤耐性検査などを含む),などである。さらにこのほかに,人口動態統計で結核死亡となっている者のうち,どの程度が生前登録されていたかを見ることによって「患者発生届け」の実施状況を見ようとする調査(死亡調査),またBCG接種やツベルクリン反応検査の実施体制,BCG接種の技術評価なども合わせて行われる。この調査の設計,集計・解析には結核研究所が所を挙げて取り組んでいる。調査の結果は今年度末までに明らかになるが,従来の発生動向調査や地域保健事業報告などで知り得なかった結核対策の実態が明らかにされることと期待される。地域結核対策計画の策定
実態調査で一層明確になることと思われるが,結核の蔓延状況や対策の普及状況の地域格差はますます大きくなっている。これまでのような全国一律の対策は効果・効率の上で許されなくなろう。これまでにも一部の地域で行われていたような「地域結核対策計画」(名称は何でもいいが)が策定され実施されることが必要である。これを促進するために一昨年から地区別講習会(全国を7地区に分け,地区内の都道府県の持ち回りで当番県が開催県となり,医師,保健婦,放射線技師などの対策技術者を対象に最新の対策について行う研修)の折の半日を各都道府県市が実施している事業の紹介・検討に充てている。また結核研究所ではこの全国版を全国結核対策協議会として昨年度から実施している。このような機会を活用して各県市が地域の実情に即した対策を企画し,推進するようになることを望みたい。